毒はいつ盛られたか【調査編】
「さて」
と俺の目の前でレストン隊長は脚を組む。
さすがに制服は着ているが、元々か男物なのか色々な部分のサイズが合ってない。
パッツンパッツンである。脚線美の誘惑である。
思わず前屈みになりそうな俺は、男として正常だと思う。
全員の身体検査が終わった後、1人ひとり尋問となった。
なぜか俺は最後に回された。
そして尋問自体はすぐ終わった。
なにせ話すことは、ほとんどナイ。
館に入りました。
お茶を飲みました。
子爵が現れたと思ったらお茶飲んで倒れました。
以上。
「君はこの事件をどう思う?」
誠に遺憾に存じます。
「これは質問が悪かった」
レストンは組んだ脚を直し、身を乗り出す。
サイズが合ってない胸の部分が強調される。
「君は、誰が犯人だと考えている?」
いやそんな誰とも考えてないよ!
「レストン様」
なぜか同席している執事が口を挟む。
「さすがに情報が少なすぎるかと」
レストンと執事の視線が交差する。
「私が知り得たことを申し上げても?」
「許可する」
「ご主人様には、敵が多ございました」
まーそーだろーなー
「幼い頃から、何度も毒を盛られて来たそうでございます」
来たそう?
「私がこの館にお勤めするようになったのは、1週間ほど前からでございますゆえ」
なんか、館が建てられた時から居たような雰囲気だったが、勤続たった1週間だったのか。
「そのため、毒殺には特にご注意なさっていました」
多数のカップを用意して、客が飲んでから自分のカップを選ぶ、とか?
「お気づきでしたか」
実は今、気づきました。
子爵がどのカップを選ぶか分からなければ、狙って毒を入れることはできない。
全てのカップに毒を入れれば、先に飲んだ客が毒に当たる。
菓子が出なかったのも、毒殺を避けるためか?
「いえ、それは近寄るだけで、体調が悪くなるからでございます」
拒食症か?
「偏食の気味はございました」
さて。
聞いてみたいことはあるが、ここから先に踏み込んで良いものか悪いものか。
「モリス様は、パーティ・ジュニエの事件を解決された、と伺っております」
早耳だな。
「情報を収集するのも、執事の勤めですゆえ」
「実は捜査が行き詰まっていてな」
レストンが口を挟む。
「治安部隊による保護下で起きた事件だ。早急に解決しなければ私も罰を受ける」
罰くらい全然余裕そうだが、レストンは肩を竦め――
「もし、君がこの事件を解決してくれたなら、私ができることなら何でもしよう」
ん?
今、何でもするって言ったよね!
いやいや、落ち着け俺。
さすがに男爵様相手に、それはダメ。
それ以前に、相手は泣く子も黙る治安部隊の鬼隊長だ。
俺もまだまだ命は惜しい。
さて、
じゃ、毒物鑑定の結果を教えて下さい。
「床に溢れた紅茶には、マカクの実の毒が入っていたようでございます」
“マカクの実の毒”
どんな毒か不明だが、そんな時に使える固有能力を俺は持っている。
叡智
ネット百科事典みたいな能力だ。
制約はあるが、大抵の知識はこれで得ることができる。
叡智によれば、マカクの実の毒とはストリキニーネのことだった。
ストリキニーネは神経毒の一種だ。
致死量は3~10mg。
全身が痙攣し、死に至る。
非常に苦い。
あれ?
「そう、もしその毒が入っていたなら、ご主人様はすぐ吐き出されたでしょう」
「そして避毒の指輪が救ったはずだ」
その上、レストンが解毒と全快を唱えた。
どうあっても、子爵が死ぬわけはない。
「子爵の遺体を改めさせて貰った。外傷は無かったが、全身に発疹が認められた。病ではなく、何らかの毒物によるものと考えられる」
と、レストンが言う。
「そして皆も見ていた通り、子爵は紅茶以外のものを口にしていない」
子爵は覚悟の自殺で、解毒と全快の祈りが失敗し――
レストンが鬼の目で俺を睨んだ。
「避毒の指輪も失敗したと?」
いえなんでもありません。
方法から犯人を突き止めるのは難しそうだ。
動機を考えてみよう。
「先程申しました通り、ご主人様は敵が多ございました」
「とはいえ、あの場にいた者で動機がある者は限られる」
子爵の妾――横でお尻触られてた美女、ルイース。
館のメイドで、ルイースの妹のロイス。
元々、ルイースもメイドだったが、子爵に見初められ――つか毒牙にかかった。
恋人だった前任の執事は、毒殺未遂の疑いをかけられ街を追放。協力者の疑いをかけられた彼女は、子爵の”温情”により館に引き取られ現在に至る。
さらに子爵は、妹のロイスの方まで狙っていたらしい。
大悪人である。死んで当然とは言わんが、同情はしかねる。
「カップに紅茶を注いだのは、ロイスでございます」
毒を入れることができたわけだ。
「ただその場合、どうやって子爵のカップにだけ毒を入れたかが不明だ」
カップ選んだのは子爵だしね。
ただ、特定のカップを選ばせる方法が無いではない。
俺は執事を見る。
「子爵は、左利きだったのでは?」
紅茶を振舞われた際、シノブがカップ選びに迷っていた。
戻ってきた時、彼女は選んだカップを左手に持っていた。そして子爵も。
現代日本の既製品ではありえないが、この世界のカップは手作りだ。多くは右手で持ちやすく作ってある。そのカップは、左手では持ちにくい。
だが、2人はわざわざ左手で持っていた。
つまり、左利き用のカップが用意されており、シノブと子爵はそれを選んだということだ。
同じパーティの俺は、シノブが左利きであることを知っていた。
「残念ながら、子爵は右利きだ」
俺の名推理は、あっけなくレストンにダメ出しを食らった。
「ご主人様は、毒殺者を欺くため、わざと左手でカップを持っておりました」
じゃ、シノブが持ってたカップは?
「罠として、1セットだけ用意している左手用カップでございます」
ぐぅ…
「子爵は左手でカップを持っていたため、右手にいたルイースには毒を入れる機会は無かった」
でも、ちょっと目を離したスキとか。
「ルイースとロイス両名は監視対象だ。私自身、ルイースを監視していた。彼女が毒を入れる機会は無かったと断言できる」
思い悩む俺を見て、レストンは眉を顰める。
「むぅ、やはり難しいか。罰を覚悟せねばならんな」
ちなみに、罰ってどんなの?
「裸にされ、鞭打ちだ」
なんだってー
「私も敵が多いからな、そんな私の姿を見て溜飲を下げる者も多いだろう」
この気の強そうな美女が、裸にされて鞭打たれ屈辱に顔を歪める。
そんな貴女の姿を見てみたい――いやそうでなく。
あー、前任の執事が追放された時って、どんな毒が使われたんですか?
こうなったら、どんな情報でも欲しい。
「前菜として出た海老のフリットに何らかの毒が混入された、と記録されている」
「全ての料理は、仕入、調理、盛付まで執事が監視し、毒味も行なっておりました」
毒殺を恐れる子爵が選んだ執事は料理と医療に造詣が深く、ルイースも元々は医学生だったらしい。
その時は、徹底的な調査にも関わらず毒物が混入した様子はなく、残った料理からも毒物は検出されなかったらしい。
「その時にも、子爵の全身には発疹が現れ、解毒の祈りは効かなかったらしい」
そもそも、解毒や全快、避毒の指輪が効かない毒ってあるのか?
「無い。神学的には、聖なるグスニ神が毒と定められた全てから癒すとされている」
グスニ神が、うっかり漏らしちゃった毒があって――などと言えば俺の命はナイ。この地では全知全能の神さまグスニ神さまだ。
海老のフリットかー
フリットとフライって、違う物なのかなー
頭が煮詰まって、余計なことを考え出す。
叡智でフリットを検索する。
フライはパン粉を使うが、フリットは卵白を泡立てたメレンゲを使うらしい。正直、美味ければどーでも良い。
ついでに、ハイ・ティーのメニューを聞いてみた。
メインはローストビーフ。その他には牛肉の赤ワイン煮込み、ソーセージにマッシュポテト、ブイヤベース。
カリッと焼かれたバゲットに付け合わせのオリーブオイル、
氷に盛られた海の幸、新鮮なサラダ…
ん?
バゲット?
最近の貴族の流行は、バターをたっぷり使ったクロワッサンと聞きましたが?
「主人がバターを苦手にしておりまして」
好き嫌いの多い貴族である。それでバターじゃなくオリーブオイルか…
立食パーティーで良く出るパスタやグラタンもナシ。
「立食パーティーに出席された事が?」
あ、元の世界で。仕事で安いパーティに出た事が何度か。
まーパスタやグラタンも直ぐに無くなって、残ってるのは柿ピーくらいでした。
「柿ピー?」
日本固有のツマミで、柿の種にピーナツを…いや俺は何を関係無いこと言ってるのか。
毒殺ドクサツ…頭を切り替えようとする。
「柿の種は存じ上げませんが、ピーナツなら仕入れております」
珍しいの仕入れたね執事さん。それもハイ・ティーに出る予定だったの?
「いえ、ルイース様が御用命で」
ピーナツを?
子爵夫人になろうと言う人が?
そりゃ随分と庶民的な。
ふと、違和感を感じた。
さてみなさん。
ここで数分お時間拝借し、子爵がいつ毒を盛られたか考えて頂きたい。
ただ、ノックスの十戒に反してる気が…
【解決編】は明日(7/21)投稿します