毒はいつ盛られたか【事件編】
フェンダニット--被害者は、いつ"毒"を盛られたか?
そこを考えてください。
「リッチモンド子爵邸へようこそ」
屈強なドアマンがどデカい扉を開くと、タキシードを着た紳士が俺たちを出迎えた。
「私は当家の執事、セバスチャンと申します」
凄いぞ、執事って本当に居たんだ!
俺たちがなぜ、こんなハイソな館に居るのか?
それは、俺たちが迷宮で発見した魔道具のためだ。
避毒の指輪――それが魔道具に付けられた名だ。
その名の通り、身に付けた者は毒状態にならない。
鑑定後、オークションに出したところ異様な高値で売れた。
パーティ全員がホクホク顔である。
その上で、購入者から館に招待されたワケだ。
そりゃもう返事は、YESかハイか喜んで!の3択。
さぞかし美味いもん食えるだろうと、皆が腹を空かして参上した。
「お茶を用意しております。主人が参りますまで、こちらでお寛ぎ下さい」
と執事は言う。
ちょっと遅いが、アフタヌーン・ティの時間帯だ。
今日は暑いため、テーブルには氷を入れたカップが並び、そこに若いメイドが紅茶を注いでいく。
カップは手作りの高級品で、シノブは多数のカップを前に迷っていたが、ようやく決まって持ってきた。
氷は透明度が高く、紅茶は薫り高く、さぞかし高級品なのだろう。
でもさ、アフタヌーン・ティには軽食やお菓子、ジャムにスコーンとか、甘くて美味しいものがつきものじゃん。
なのに紅茶だけ?
皆の落胆を察したのか、執事が小さな声で言う。
「主人は甘いものが苦手でして、近寄ることも嫌がるのです」
えー
「その代わり、と言ってはなんですが、ハイ・ティにはご期待下さい」
よっしゃー!
ハイ・ティは夕方のお茶で、どちらかと言えばお茶より食事がメイン。
自信ありげな執事の表情からみて、かなり張り込んでると見た!
間違っても、鰻のゼリー寄せみたいな不味いものは出ないだろう。
「最近の貴族の流行は、バターをたっぷり使ったクロワッサンらしいぞ」
炭水化物好きなシノブが目を輝かせる。
リリリリン
鈴のような音が聞こえた。
「当家の主人、リッチモンド伯が参りました」
執事の紹介に扉が開くと、そこには酷く痩せた男が立っていた。
その男は痩せてはいるが元気で――というか精力的である。
左手は真っ白な猫を抱き、右手は隣に立つ肉感的な美女の腰に手を回している。でも、そこ腰というよりお尻…
「本日は素晴らしい館にお招きいただき、光栄です」
チョムスが如才なく跪き、首を垂れる。
俺たちもあたふたと真似をする。
「いや、こちらこそ良いものを提供して貰った。これで長年の懸念事項が1つ無くなった」
猫を床に下ろしたリッチモンド子爵の指には、避毒の指輪が輝いている。
マルクが事前に噂を収集したところ、この子爵、度々命を狙われているらしい。それも毒殺ばかり。
復活ができるこの世界でも、例外はある。その1つが毒だ。
毒で死んだ場合は、復活が難しい。極端に成功率が下がる。
つまり誰かが本気で子爵を殺しにかかっている。らしい。
まぁこんな豪勢な館に住み、あんな美人のお尻を触りまくってるんだ。敵はさぞかし多かろう。
猫はしばらく俺たちの方を見ていたが、ひょいと椅子に乗ると、そこで体を丸くする。
いかにも血統書付き。間違ってもモフらせてくれない、気位の高い猫である。
「これで後は、この館を継ぐ後継者だけだな。ヌフフ」
と子爵は笑い、こちらの目を気にして拒もうとする美女の唇を、無理やり舐る。
悪人だ。こいつは悪い男だ。
猫好きに悪人はいないはずだが、こいつは例外。
「おお、客人を立たせたままで失礼した。どうぞ座ってくれたまえ」
子爵はテーブルから、自らカップを選ぶ。
執事が引いた椅子に座ると、膝の上に乗って来た猫を撫で、ゆったり構える。
「パーティ・クィンク、君たちの噂は私のところまで届いている」
左手でカップを持ち、右手を美女のお尻に伸ばす。
その美女の表情は固く、どうやら子爵を嫌っていることが分かる。
「ハイ・ティーにはまだ時間が早い。それまでの間、君たちの探索と、この指輪を得た時のことを教えてくれまいか」
「はっ」
と頭を下げるチョムスと、リュートを取り出し爪弾きながら物語るマルク。
「それは今から3日前の探索でした。我々はいつも通り装備を確認した後――
「新たに見つかった転移魔法陣を使い、8階層へと降りた我々は――」
パリーン
今から佳境に入るマルクの物語は、何かが割れる物音で遮られた。
子爵が身を震わせ、顔を引きつらせていた。
パリーン
再びカップが割れる音が響き、傍の美女が支えようと伸ばした手も届かず、子爵は椅子から床に崩れ落ちた。
ヒューッ ヒューッ
喘息のような呼吸音が聞こえる。
「皆、動くなッ!」
聞き慣れぬ、だが命令し慣れた声が響き、同じ声が神へ祈る。
「解毒」
聖なる光が子爵を包む。だが、効果が無い。
「全快」
再び聖なる光が子爵を照らし――不意に消え去った。
子爵は今、黄泉へと旅立ったのだ。
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「この部屋に居る者、この館に居る者、私が許可するまで一歩も外に出すな」
伴って来た隊員に指示をすると、そいつは、6フィート2インチの長身を俺たちに向け、言った。
「無論、君たちも例外ではない」
俺たち探求者は迷宮内で経験を積み、常人には及びもつかない身体能力、魔力を得ている。
かく言う俺も、魔術師でありながら、普通の男なら片手であしらえる程だ。
そんな者が溢れるこの街で、秩序を保つのは並大抵のことではない。
何よりも力が必要だ。探求者すら及ばぬ程の絶対的な力。
治安部隊――ひたすら自らの力を高め、街を守る貴族の一団。
彼らは、俺たち探求者から見ても化物だ。
特に目の前に立つ隊長のレストン。その名は畏怖と共に語られる。
身体中に盛り上がった筋肉。
鋭い眼光。
左頬に走るのは火傷か刀傷か判らない。
そんな奴に”外に出るな”と言われたら、どうするか?
そりゃもう応えは、YESかハイか喜んで!の3択。
「レストン様、当家には毒物鑑定の設備がございます。よろしければ」
と執事が床に溢れた紅茶に視線を走らせる。
あのレストンに少しも物怖じせず話しかける執事。流石である。
でも主人が殺されちゃったから、きっとクビなんだろーなー。
レストンが頷くと、執事の元にメイドが走り、毒物鑑定の道具を渡す。
道具と言ってもピペットである。
化学分析など無いこの世界、毒物鑑定の設備ってのはつまりネズミのことだ。
毒物と思しきモノをネズミに飲ませ、死んだら毒物。生きてたら無害。
毒物鑑定のため、執事は退席する。治安部隊員が2人付き添い、逃亡や証拠隠滅などしないか見張るようだ。
「リッチモンド伯を毒殺した者が居る」
レストンが言う。
「我々治安部隊が子爵から依頼を受け、身辺警護を行なっていたにも関わらず、だ」
なのに、まんまと殺られちゃったねー
「我々は必ず犯人を捕まえる。皆にも協力頂きたい」
氷のような視線で俺たちを見つめる。
「男は右の部屋で、女は左の部屋で、徹底した身体検査をさせて頂く」
レストンはそう言い、俺たちを連れて右の部屋へ。
シノブは左の部屋へ。
誰もシノブを止めようとしないのは、事前に調査をしていたんだろーなー
「さて、まず服を全て脱いで貰おう」
そう言いレストンは、自分から制服を脱ぎだす。
ちょっと待って!
アナタ、なんで脱いでんのよ!
「君たちにだけ身体検査をするのではない。我々も全員、相互に検査する」
言ってることは立派である。
そして制服を脱いだレストンの胸は――
シルクの下着を見事なまでに築き上げていた。
立派である。
アナタ、脱ぐんだったら左の部屋でしょ!
そう、皆の畏怖の対象。治安部隊隊長にしてトリムレストン男爵。レストン・バーンウェルは、女性だ。
「後で左の部屋へも行く。だが」
レストンは俺たちを睨め付ける。
「この館の女主人、メイド達は事前に身元を確認した者たちだけだ。治安部隊の隊員たちは言うまでもない」
となれば――
と、レストンは俺たちを見渡す。
「怪しむべきは先ずお前たち」
なんの躊躇も見せずスラックスを降ろすと、テーブルに放り投げる。
「私が自ら身体検査する」
シルクの下着――上の方がスラックスの後を追う。
ブルンッ!
何の音かは聞くな。言えぬ。言えぬのだ。
18禁になってしまうのだ。
ちなみに、シルク越しにも判ってはいたが、相当なものであった。
シルクの下着――下の方が宙を舞う前に、俺は背を向けた。
紳士だからだ。決してヘタレだからじゃないぞ!
紳士と書いてモリスと読む。それが俺だ。
「どうじゃ、ケツの穴ん中も見るのか?」
「それは不要だ。お前たちの行動は全て監視していた」
「じゃ、パンツまで脱がせる必要は無いんじゃねぇ?」
チョムスとマルクが身体検査を受けている。
チョムスはご老体ゆえ、女性の身体に反応は示さぬ模様。特に別種族には。
マルクは同族にしか興味は無く、盛り上がった胸部には興味ナシ。
蜥蜴人のンゴイブは、嗜みとして服を着ているだけで本来は裸で生活している種族だ。そもそも卵生なので、おっぱいなどナイ。
「む、お前まだスボンも脱いどらんのか」
レストンが俺の背後から言う。
何か丸い弾力のあるモノが首筋に当たってるんですけど!
「さっさと脱げ!」
ええい、ままよ!
だが、捜査の鬼である隊長は、ズボンと下着を脱いだだけでは許してくれなかった。
前に回られ手を取られ、強引に股間から引き剥がされる。
「む、こ…れは…」
「なんじゃ!」
「隊長、何か⁉︎」
周りの視線が俺たち2人に突き刺さる。
「いやこいつ、なかなかの凶器の持ち主だった////」
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――もう、お婿に行けない…
徹底的に調べられ、返却された服を身につけるが、皆の視線が痛い。
レストンは身体検査の続きをおこなうため、一糸纏わぬ姿で左側の部屋へ向かった。痴女である。
残された者たちは服を着た。
なんとも言えない空気が漂う。
「お主の好みがワシには分からん」
チョムスが沈黙を破る。
「じゃが、それでもお主は仲間じゃ。大切な仲間と思っとる」
いや、そんなイイ話で纏めなきゃならん程のことじゃないだろ!
「モリス。ボクは一種、君を尊敬したよ」
滅多に聞けない真面目な声でマルクが言う。
「ツヨイ女、好ム。俺ワカル」
滅多に聞けないンゴイブの長文発言である。
いや皆、種族が違うからそう思うかも知れないけど、ヒューマンの男としては普通の反応だから!
そこの治安部隊員!
プルプル首を横に振らない!
畏怖の眼差しで俺を見るな!
俺を、俺を見るなーーー