誰が善人を殺したか【調査編】
迷宮で化物に倒され、死ぬことはままある。
それは仕方がない。そのリスクを負って探索するのが、俺たちだ。
だが、化物ではなく人間に殺されたとなれば、これは大問題だ。
化物という共通の敵に対し、人間は――ンゴイブのような亜人を含む――協力し合って探索している。
確かに、罠や安全地帯の場所は他パーティに教えない。だがそれは、あくまで"競争"であって"敵対"じゃない。
俺たちクィンクは、リーダを失ったジュニエを無事に連れ帰ろうとした。
ベテラン揃いのセニトゥは、探索を切り上げて同行してくれた。
敵は化物。人間同士は協力。
そこは大事なところだ。
もし、
自パーティや他パーティに、意図的に危害を加える者が居たなら、
そんな者が居たら、とても探索などやってられない。
教会での"復活"というチートがあるにせよ、完璧じゃない。
探索者にとって死は――"復活の失敗"という本当の死は、常に身近にある。
だから、これは探索者ギルド存続に係る重大事だ。
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「化物に殺られたんじゃないってのは、確かなの?」
日本酒に切り替えたシノブが言う。
迷宮内の化物は、倒すと塵に還る。
アインと化物が相打ちになれば、アインの遺体だけが残ったことに説明がつく。
だが、
「アインの後頭部は、モーニングスターの一撃で陥没していたわい。それは間違いない」
モーニングスターを得物としているチョムスが言う。
「モーニングスターを使う化物など、おらんじゃろう」
メイスの先に鎖で繋がれた棘付きの鉄球。
遠心力を利用して、その鉄球を相手に叩き込むモーニングスターは、習得が難しい。
迷宮内では様々な化物が現れるが、習得が困難な武具を使う化物は見たことがない。少なくともモーニングスターを使う化物は、俺も聞いたことがない。
「じゃ、罠は?」
「あのエリアにそんな罠が仕掛けられてないことは、僕が確認したよ」
シノブの問いに、今度はマルクが応える。
化物でなく罠もない。
と、なれば答えは限られる。
「でも!」
シノブがテーブルをブッ叩く。
「ジェロニムがアインを殺しただなんて、私は絶対信じない!」
シノブの叫びは、皆のしらけた視線で返された。
「あ、あれ?」
なんかヘンだぞ、そんな顔をするシノブ。
「確かに、ジェロニムはジュニエの僧侶だ」
ンゴイブ、チョムス、マルクに"お前が説明しろ"と視線を向けられて、俺はしぶしぶ口を開く。
「そして、モーニングスターは僧侶の武器だ」
「でもジェロニムは、アインのことを尊敬していた!」
叫ぶシノブを手振りで黙らせる。
「だが、ジェロニムの得物はメイスだった」
カッチ、コッチ、カッチ、コッチ
ぽん。
数秒後、シノブが手を叩いた。
「そっか!」
頭痛が痛い…
シノブ以外の3人がそんな表情で眉間を揉んでいる。
シノブは有能な探索者で、優秀な侍で、頼りになる仲間だし、顔も美人だ。
ただ、色々と残念な女なのだ。
だからマルク、"ヒューマンの知能は、ちょっとどぅなんだよぉ"という目で俺を見るのは止めてくれ。そもそもシノブはハーフエルフだ。
「でもジェロニムでないなら、モーニングスターを持っていたのは…」
そう呟くと、シノブはハッと何かに気づいてしまった顔で、チョムスを見つめる。
見る見る顔色が青くなっていく。
「まさかッ、チョムスがッ」
「んなワケあるかーーーッ!」
思わずツッこんでしまった。
不覚だ。修行が足りん。
「チョムスは俺たちとずっと一緒に居て、お前も見てただろう」
俺の言葉に、こっくり頷くシノブ。
「彼にモーニングスターを振るうチャンスは有ったか?」
「ない」
数秒後、ハッと何かに気づいた顔をするシノブ。
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「ナンコツ揚げと生中2ツ、お待ちっ!」
この店のナンコツ揚げは、歯ざわりがなんとも美味い。
ソースをかける者が多いが、俺はそのまま頂く。
口に残る仄かな塩味と油を、冷えたビールで流し込む。
くぅ~~~~っ!!
「じゃぁ、アインを殺したのはセニトゥの僧侶?」
シノブの問いに、首を横に振るンゴイブ。
否と応えは返したものの、それ以上説明する気がないンゴイブの代わりに、チョムスが口を開く。
「セニトゥの僧侶はモーニングスターを持っとった。だが、離れすぎとる」
殺害が可能か不可能か、というなら可能ではある。
闇領域でアインを殺害し、急いでその場を離れる。
そして何食わぬ顔で、こちらに向かってくる。
「もしそうなら、セニトゥ全員が共犯者だねぇ」
マルクが羽つき餃子を摘みながら言う。
「さすがに、そんなワケないよね」
ちなみに、この店には醤油も、ラー油まであるのだ。
異世界でも餃子が食べられる。ありがたき幸せ。
つくづく俺は幸運だと思う。
「そしてセニトゥの僧侶のカレンは、最近アインと付き合いだしたばっかりじゃ。動機がないな」
ガタンッ!!
俺の言葉に、椅子を蹴倒して立ち上がるシノブ。
どした?
「そんな…」
その一言だけを呟き、崩れ落ちるシノブ。
テーブルの下からすすり泣く声がする。
ああ、そういうことか。
この女、かなり惚れっぽいのだ。
しかもイケメンに弱い。
アインはエルフで、もちろんイケメンである。
ちなみにジェロニムもエルフ。イケメン。
「でもそうなると、誰がアインを殺ったんだろう?」
"ず~~~ん"と音がしそうなほど落ち込んでいるシノブを無視して、マルクが話を戻す。
「アインを復活させても、背後から襲われたんでは顔を見とらんだろうしの」
チョムスも、流石に無視を決める。
ンゴイブは、店員が持ってきた大根サラダ(大)に夢中になっている。
テーブルの下から声が出る。
「あんな良い人を殺そうだなんて、誰が思うの?」
失恋した惚れっぽい侍なら、思うかもしれん。
冗談はさておき、確かにアインは良いヤツだ。
レベルはさほど高くないが、慎重で面倒見の良い彼は、ひよっこ探求者の育成に力を注いでいる。
ジュニエのメンバも、アイン以外はレベル3~5程度のひよっこだ。
現在、高レベルの者にも、その昔、彼に世話になった者は多い。
だから迷宮内でも、ジュニエを俺たちの後ろに配置し、俺たちが露払いを行うつもりだった。
ふと、違和感を感じた。
さてみなさん。
ここで数分お時間拝借し、アインが死んだ経緯を考えて頂きたい。
とはいえ数分以上考え込む価値は、多分ナイ…