誰が善人を殺したか【事件編】
ハウダニット--被害者はどのような方法で殺されたのか。
そこを考えてください。
「そろそろヤバそうじゃ。撤収しよう」
パーティのリーダ、チョムスが言う。
実際、そのとおりだ。
俺はレベル6の魔術師だ。つまり、地下6階層が妥当なレベルということだ。
俺たちのパーティ――パーティ・クィンク――の中で、最も成長が早いマルクでも、レベル8。
パーティ全体の力量としては、背伸びしても7階層がギリギリだ。
なのに俺たちが居るのは8階層。
なぜ8階層に居るかと言うと、罠に引っかかったからだ。
6階層を探索していた際、急に視界がブレたと思ったら別の場所に居た。
俺の"座標検知"で、ここが8階層だということが判明した。
アミアンの迷宮に仕掛けられた罠の1つ、転移魔法陣だ。
探索者が上に乗ると発動し、問答無用で定められた場所にスッ飛ばす。
飛ばされた先に、元の位置に戻る魔法陣はない。
つかそんなモノがあったら、元の位置と飛ばされ先の間で無限ループが発生する。はずだ。
ちなみに、発動した瞬間に飛ばされるため研究もできず、誰かが再現できたという話は聞いていない。
迷宮には転移魔法陣だけでなく、様々な罠が仕掛けられている。
迷宮の地図はある程度共有されているが、罠や安全地帯、化物が集中して現れるエリアなどは、実際に探索しなければ判らない。
それがパーティのノウハウとなり、パーティ全体の力量に繋がる。
迷宮で生き延びるために最も重要なのは、個々人のレベルではない。
パーティ全体の力量だ。
その力量が、俺たちには足りない。
俺たちのパーティでは、8階層の探索はムリ。
だが、多少のムリをしなければ、力量を伸ばせないことも事実だ。
不幸中の幸い、俺たちが飛ばされた場所は7階層への階段近くだった。
俺たちは階段へ向かう道々探索を行い、化物と3回会敵した。
全ての化物を倒し、金とアイテムを取得した。誰も死んでいない。
が、
"そろそろヤバい"とチョムスは言ったが、俺としては正直"かなりヤバい"。
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この角を曲がれば階段が見えるはず、という場所で先頭のマルクが手を挙げ、俺たちを止めた。
「角の向こうに誰かいるよ」
"誰か"、つまり化物ではなく他のパーティだ。
次の瞬間、転ぶように俺たちの前に現れたのは、5名の探索者たちだった。
日本刀を鞘に戻しながら、シノブが言う。
「見た顔だ。パーティ・ジュニエか」
探索者ギルドや居酒屋で、何度か顔を合わせたパーティだった。
ただしリーダ、アインの姿が見えない。
「さ、さっきまで一緒に居たんです…」
魔術師の小娘が言う。
探索中に闇領域に入り、そこを出たら俺たちと出会ったらしい。
そして、アインの姿は無かった。
俺たちはパーティ・ジュニエと場所を入れ替え、距離を取る。
別パーティと混在した状態で化物と会敵するのは、極めて危険だ。
戦闘時には、剣の軌道、誰がどのような呪文を発動させるか、そこらへんを阿吽の呼吸で連携する。
もし、呼吸が合わなければ自爆する。
剣は他の探索者に突き刺さり、発動させた魔術が探索者を襲う。
レベル10探索者の寄せ集めパーティは、レベル5探索者の呼吸の合ったパーティに劣ると言われている。
迷宮とは、そういう場所だ。
角を曲がる。
と、すぐ目の前に闇領域があった。
チョムスが胸の前で指を組み、祈る。
「来光」
聖なるグロム神、4身1体の神への祈りが届き、光が闇領域を祓う。
一時的ではあるが遠くまで、7階層への階段まで見通せるようになる。
俺の目に最初に映ったのは、遠くからこちらに向かってくる3組目のパーティだった。
俺の目に2番目に映ったのは、すぐ側で倒れているアインの遺体だった。
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「ゔ~~~っ!疲れたー」
シノブが大きな音を立てて椅子に座り、テーブルに突っ伏す。
ここは俺たちの行きつけ居酒屋、ヘウレケ。
俺たちは、ようやっとここに辿り着いた。
7階層への階段方面から来たのは、ベテラン揃いのパーティ・セニトゥ。
状況を説明し、クィンク、セニトゥ、ジュニエの3パーティが一列になって迷宮から脱出したのは、もう4時間も前の話だ。
そこからが長かった。
「まったくだよぅ。奴ら、どんだけ取り調べれば気が済むんだよぅ!」
マルクもボヤく。
「そう言うな。奴らとて、好きで取り調べているわけではない」
とりなすチョムス。
奴ら――この街の平和を守る治安部隊だ。
その名は、口にすることも憚られる。
この街に於いて警察及び検察の役割を果たす彼らは、かなりの権力を持っている。
そして、持っているのは権力だけじゃ無い。
レベルを上げ、高い身体能力や魔術を意のままにする探求者。彼らを抑えるに足る力を持っている。
たとえ高レベル探求者であっても、彼らの一兵卒に敵わない。
絶対的な実力差がそこにある。
まだ何か言いたげなマルクだったが、次の瞬間、治安部隊も取り調べも頭からフッ飛んだ。
「中生5ツ、おまたせしました~!」
キターーー!!
「「「「「乾杯~!!」」」」」
グビリ、グビリ、グビリ、プハーーッ!
キンキンに冷えたジョッキに、ナミナミと注がれたビールを一気に干す。
くぅーっ、この瞬間のために生きてるねーっ!
思えば通勤途中に、いきなり中世欧羅巴めいた異世界へ転移した俺は、絶望したものだ。
ああ、もう冷えたビールなんて呑めないんだ、と。
だが神は俺を見捨てなかった。
この世界では、氷結の魔術により、ひえ冷えのビールが呑める。
しかも迷宮近くの店は、身体が資本の探索者を相手にするためツマミが美味い。
そのことを知った俺は努力を重ねて魔術師となり、今こうしてビールちゃんとの愛の一時を過ごせるようになったのだ。
そう、ツマミだ。
今、俺の目の前にはタコの唐揚げがある。
自作の箸で摘み、口に放り込む。
サクじゅわーっ。
くーっ!
生きてるって素晴らしい!
「これ貰ーらい♪」
あ、マルクの野郎、俺が狙ってた串焼きを取りやがった。
じうじうと油が滴る牛肉としいたけ、玉ねぎとトウモロコシのハーモニーを、味付けは塩のみで。だが、これが美味い。
それをマルクのヤツは独り占めである。許せん。
「ほっ、ほっ、ほっ、これがまた、なんとも」
チョムスは手羽先にかぶりつく。
甘辛いタレを塗り粉を振りかけ、グリルでじっくりパリパリと焼いた一品だ。
噛みしめれば中からは肉汁が溢れてくる。
こちらは、皿に山盛りになっているので、喰いっぱぐれる心配はない。
それを選ぶとは、さすがはリーダだ。
「メシだ、久しぶりのメシだー」
時にシノブ、酒を呑みながら丼飯を食うのは、ちょっとどうよ?
だが彼女には絡むまい。
酔った彼女に声をかけるのは、ちょっと危険だ。
出会った時は、こんなんじゃなかったんだけどなー
「ダガ、誰ガあいんヲ?」
皆がジョッキを干し、2杯めを注文した時、ンゴイブが声を出した。
彼は、なんかサボテンみたいのを食べている。
彼の食生活はどうでも良い。
レベル7の戦士であるンゴイブは蜥蜴人で、あまり発声が得意じゃない。
だが、時折発する言葉は傾聴に値する。
"誰が"
それが問題だ。
アインの命を奪ったのは、化物じゃない。
"誰か"、おそらく人間だ。