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Trick & Magic  作者: tema
残された指紋が告げる犯人
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残された指紋が告げる犯人【真相編】

「奥様の無実を、信じておられるのですか?」

まぁな。


深夜、佇む俺にメグさんが椅子とテーブル、紅茶とサンドイッチを用意してくれた。

どうやら俺を敵視するのは止めてくれた様だ。


「私たちも、信じています」

そうか。侯爵夫人(麻倉)は、良い家臣を持ったな。

「もし、貴方が奥様の無実を証明出来るなら私は――

俺が手を挙げ、メグさんの言葉を止めた。


そんな言葉は要らない。

もし、麻倉の無実を証明出来るのなら、俺自身が何でもするからだ。

「証明、出来ますか?」

分からん。

出来るだけ条件は合わせた。

だが再現するかは、やってみなけりゃ判らない。


1つ、と俺はメグさんに言って。

――頼みがある。


========

「酷い顔だな」

ほーっといて!


「一睡もしてないんだろう?」

朝が明ける前。黎明の光が闇を払い、レストンの褐色の顔を浮かび上がらせる。

メグさんに頼み、夜明け前に呼び出して貰ったのだ。


すまない――

囁くように俺は言う。

レストンは聞こえない振りをしてくれた。


侯爵殺害は大事だ。

容疑者が判明したら、即座に身柄確保が必要だ。

だがレストンは連行を一夜、待ってくれた。

これで容疑者の無実が証明できなくば、レストンにはそれなりの罰が下されるだろう。


容疑者は侯爵夫人。レストン男爵(・・)ごときが取り仕切れる事件じゃない。

身柄確保後、事態はレストンの手を離れる。

だから今、今しか無かった。

麻倉の無実を証明するなら、事態がレストンの手を離れる前にしなければならない。

機会は一度だけだ。


太陽が姿を表し、世界が光に包まれる。

教会群のステンドグラスが、朝日の輝きを反射する。

計算された――角度とか――ステンドグラスに反射した光が、焦点を結ぶ。

周りの気温が急上昇した。


キィイィィ…

金属が擦れる音が微かに響き、次の瞬間、鎧の手元からメイスが滑り落ちた。

メイスは床を転がり手摺の下に空いた隙間に向かう。

50cm…30cm…10cm…5cm…2cm…


今――

グスニ神よ。

今だけ、俺はアンタを信じる。

アンタが正義の神ならば、今一度、1回だけ、頼む。


メイスは手摺に()つかり、小さな音を残して通り抜けた(・・・・・)


ゴッ…

地上階で鈍い音が響き、歓声が挙がった。

ドタバタとした足音が響き、階段の途中で力尽きたらしく止まった。

ぜーぜー

荒い呼吸が聞こえる。


軽やかな足音が響き、何人もの家臣が現れた。

「どうして…」

通り抜けたのかって?

その説明は、パラケルススに譲るよ。

階段の途中で心停止してなきゃ良いけどな。


========

「一応、確認はさせて貰う」

ようやく辿り着いたパラケルススが言う。

後ろから治安部隊員がメイスを渡す。


「そろそろ大丈夫かの?」

うむ、そろそろ大丈夫だと思う。でも注意して。

治安部隊員が地上階に残る人々へ離れるよう言うと、パラケルススがメイスを床に置く。


ゴロゴロゴロ

微妙な床の傾斜に従い、転がっていくメイス。

手摺に近づき、打つかり――止まった。


パラケルススが色々角度を変えて試すが、どうにも通らない。

「だが、先程は確かに通り抜けた」

呆然とレストンが言う。

俺はニヤリと笑い、パラケルススに説明を委ねる。


「熱膨張じゃ」

パラケルススが、少しだけ悔しそうに言った。


========

物は、温まると体積が大きくなる。

金属であっても――否、金属なら尚更だ。

鎧の骨格に使われてる亜鉛、手摺に使われてる真鍮は、その比率が結構大きい。

1℃につき10万分の2。20mの手摺は、1℃温度が上がれば0.4mm伸びる。


そしてこの館は、北側に建つ教会群は――そのステンドグラスは反射鏡だ。

朝日を反射し、此処に、この鎧と手摺近くの空間に焦点を結ぶ。

挿絵(By みてみん)

鎧と手すり周辺の温度は20℃近く上昇しただろう。

暖められた鎧は――それを支える亜鉛の骨格は膨張し、籠手を動かし支えられたメイスを倒す。

暖められた手摺は床との隙間を広げ、メイスを通過させる。


「それは――お前たちは、自分が何を言っているか判っているのか?」

判っている。

「ん?」

パラケルススは判ってナイ


この館内庭園と教会群は誰が設計したんだ?

俺は執事に問う。

「お館様自ら設計され、10年ほど前に増築したものです」

ならば――

これは事故じゃない。


レストン男爵(・・)は口に出せない。貴族だから。彼女がそれを口にするには、問題が大き過ぎる。

だが、俺は違う。


リング侯爵は自殺だ。

侯爵夫人が容疑を否認しなかったのは、そのことを隠すためだ。


========

この世界で、自殺は罪だ。

神の救いを拒み、自ら地獄を選ぶ大罪。

侯爵という立場の者――王位継承者がその大罪を犯した。その罪は重い。

1人の人間の罪に留まらず、社会に影響を与える。


それがどうした。


俺は、社会か麻倉かの二択なら麻倉を選ぶ。一瞬の躊躇もなく。

麻倉の代わりにチョムスやマルク、ンゴイブであっても彼らを選ぶ。

でもシノブだと、ちょっと考える。かも。


「言ってくれるな」

社会を選ばざるを得ないレストン男爵(・・)は、苦々しげに俺を見る。

「確かにメイスは落ちた。だが、被害者の頭に当たる確率は低い」

低いな。

少しでもタイミングがズレれば、メイスは庭園の土の上に落ちるだけ。だから――


だから10年もかかったんだ。


おそらく侯爵は10年間、この日を待っていた。

メイスが当たり死ぬ確率は低い。殆ど無いと言って良いだろう。

だが毎日その機会を作れば、いずれメイスは当たる。

真下の地面を調べてみれば、幾度となくメイスが落ちた痕跡が見つかるかも知れない。


「侯爵夫人に当たったらどうする!」

何のために、侯爵夫妻の住居区画に出入口が2ヶ所あると思う?

指紋を採取してみろ。ノブにはそれぞれの指紋しか付いていないはずだ。


「そんな危険な物を家臣が見過ごすとでも?」

だから夜、家臣が東北領域に来るのを禁じた。

「侯爵夫人もか?」

彼女は、麻倉は間違いなく――


知っていた筈だ。


「知っていたなら、何故――

「もう、そのくらいで良いでしょう?」

麻倉が、マナム・リング侯爵夫人が立っていた。


俺以外の全員が、膝まづいた。

俺は立っていた。

震える膝をそのままに、侯爵夫人に向き合っていた。


モリスでは無く森下信世(しんせ)として、麻倉真奈美に聞くことが有ったからだ。


皆さんの推理は同じだったでしょうか?

もし、論理の穴や情報不足など有ったら、感想などで教えてください。

ませ。


次の投稿は9/12です。

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