残された指紋が告げる犯人【捜査編】
俺が犯人だ。
そうであってほしい。そうであれ。そうに違いない。むしろ全力を尽くしてそうする。
そんな雰囲気の使用人たちから逃げ出し、俺は凶器を確認しに行った。
シノブが付いて来た。
凶器の処には先客が居た。
パラケルススだ。
横には治安部隊専属の絵描きが立ち、現場を描き写している。カメラが無いこの世界では、重要な仕事である。
「もう大丈夫です」
絵描きの許可が降り、凶器を持ち上げようとするパラケルスス。
素手で。
ちょっと待ったーッ!
「なんじゃ、大声で」
いやいや、素手で凶器触っちゃダメでしょ。
「む、毒が付いておると?」
そーでなく。
まず、指紋を採らないと。
「デグモ…なんじゃと?」
なんですと?
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信じられぬことにパラケルススは、捜査に於ける指紋の重要性を知らなかった。つか言葉さえ知らなかった。
指紋という単語があるのに。
かくかくしかじか。
俺の説明に目を丸くして聞いている。
と、自分の指、絵描きの指、俺やシノブの指まで見て更に目を丸くする。
絵描きを走らせ、持って来させた片栗粉で試してみる。
「む、おぉ…」
何とか浮かび上がる
「驚いた。これは捜査に革命が起きるぞ!」
いや、知らない方が驚いたよ。
横で目を丸くしてるシノブ。いや、お前が知らんでも驚かない。残念な娘だから。
「お前ら!」
パラケルススが大声を出す。
「このことは、誰にも言ってはならんぞ」
うって変わって小声で言う。
いやいや、貴方が知らんだけで普通知ってるって。
一種、畏敬の目で俺を見るパラケルスス。
「いや、お主が来た世界では常識だったかも知れんが、こちらでは大発見なんじゃ」
絵描きと一緒に、慎重に指紋採取しだすパラケルスス。
これは暫く話しかけない方が良さそうだ。
ふと上を見ると、ベランダの手摺が見えた。
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俺たちは、ぐるりと回って現場の上、ベランダに来ていた。
館は高台に建っており、館内庭園の外壁は一面窓だ。遠く海までが見通せる絶景。犯行当時は、きっと朝日が眩しかっただろう。
下ではパラケルススの後頭部が光っている。
豪勢な造りのこの館。天井は高く、パラケルススの後頭部まではかなり遠い。つか館内に木が生えてるってどゆこと?
此処からメイスを落とせば、丁度頭に当たるんじゃないか?
そう言う俺の顔を、不思議そうにシノブが見る。
「なんでそんな面倒なことするんだ?」
此処から飛び降りれるか?
シノブはちょっと下を見ると、首を横に振る。
「出来なくは無いが、足を痛めそうだ」
地上階までは20mくらいある。
此処に来るには、一旦広間に出て螺旋階段を昇り――つまり大回りすることになる。
わざわざメイスを取るために、そんな事をする必要は無い。メイス以外にも、この館には凶器になり得る武具が山とある。
「メイスは、この鎧が支えてたのか」
鎧兜が両手を重ねた状態で前に出している。メイスが無いとちょっと間抜けな格好である。
この鎧、どうやって支えてるのかな?
「中に金属製の骨組みが見えるな」
後でパラケルススに聞いたところ、亜鉛製の骨格が壁に固定されていて、中に人が隠れる事も動かす事も出来ないらしい。
何かの拍子でメイスが床に転がったとする。
「手摺の下には隙間がある」
そこから落ちたメイスが、頭に当たれば。
「そんな偶然、有るわけ…」
コホン。
その場を保全してる治安部隊員が口を挟む。
「一応、調査しました」
「確かに、手摺の下には隙間が有ります」
でもメイスが通る程の幅は無いらしい。
「微妙なところですが、メイスは通りません」
でも差は数mm。何とかならん?
「なりません」
ケチ。
手摺は金色に輝きこんなに豪華なのに、メイスの1本も通さないとはケチだ。ドケチだ。
「これは真鍮製だから、そこまで豪華じゃないぞ」
いやシノブ、そういう問題じゃナイ。
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為せば成る
為さねば成らぬ何事も、だ。
成らぬは人の為さぬなりけり。
やってみた。
ダメだった。
メイスはバットに3つ輪っかを付けた形をしている。この輪っかは溶接されていて外せない。
そしてこの輪っかのせいで、どうしても手摺の下を通らなかった。
だが、諦めきれない。
諦めたらそこで試合終了だよ。いや、そーでなく。
ベランダの石造りの床は傷がつき、鎧の手からメイスが落ちた事を示唆している。
床は多少傾いており、メイスに付けられた輪っかは円形。多少乱暴に置けばメイスは手摺側へ転がることが確かめられた。
何かの拍子に鎧の手からメイスが落ちる。
メイスは転がり、地上階に落ちる。
そこに偶然、侯爵の頭があった。
そうであれば、これは事故だ。
でもそうでなければ――
麻倉が犯人だ。
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北東領域には大きな窓もある。
そこから館に侵入することは不可能では無い。実際、ちょっと苦労したが外に出ることができた。
これは、侯爵の館としては少々セキュリティ面に問題アリ――と思ったが、そんなことは無かった。
東側の草原は断崖絶壁を経て海に続き、北側は3棟の教会群が侵入を阻む。
教会と館の間には馬車も通れそうな隙間があるが、館の正門には衛士が365日24時間待機しており、見咎められずに侵入するのはムリ。
実は教会群のステンドグラスが外れて、北東領域に侵入できるとか無いか?
無かった。
そもそも教会に侵入するのでさえ至難の業。館の門番と厳重な鍵を超えなけりゃならない。
治安部隊が調べたところ、ステンドグラス自体もしっかり壁に付けられており、微動だにしなかったらしい。
「それにしても凄い教会ね。壁一面がステンドグラスよ」
遠目には、東京の超高層ビルをちょっと思い出すような建物だ。
拭き掃除が大変だろーなー
そして、すそ広がりの壁から滑らかに地面に続く部分までステンドグラス。
そんなビルは東京にだって無かった。
反射率の高いガラスに写る景色は空。
青空に、何匹かの羊雲が浮かんでいる。
門番の衛士に黙礼して再び館に入る。
「見つけた!」
その時、声が挙がった。
俺は顔を上げ、シノブと目を合わせると、慌てて広間へ続く扉を開けた。
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「貴女が犯人ですね」
頬を紅潮させた絵描きが言う。
彼の指先はメイド、メグさんの見事なまでに盛り上がった胸を指している。
どういうことですか?
俺は横に立つパラケルススに聞く。
「指紋が合致した」
ちょっと難しい顔のパラケルススが囁く。
「ただ――
「あんた、何言ってんのよ!」
メグさんが爆発した。
「なんでアタシが旦那様を殴るのよ!」
「残念だが、証拠が検出された」
「だから、その証拠ってのを見せなさいよ!」
「部外秘だ」
話が噛み合ってない。
パラケルススが俺を隅に招き、絵を見せた。
凶器のメイス、それから検出された指紋の位置だ。
「確かに指紋は検出された」
だが
「人差し指と親指のみじゃ」
後の指は、指があるべき位置には何の痕跡も無かった。
被疑者のメグさんは敏捷だが非力なエルフ。指は5本揃ってて、メイスは指2本で振り回せるほど軽くない。
つまり――指紋が拭き取られていた。
ふと、違和感を感じた。
さてみなさん。
ここで数分お時間拝借し、"誰"が罪を犯したのか考えて頂きたい。
ただし、2段落ちの1段目です。考え込む価値は、多分ナイ…




