残された指紋が告げる犯人【事件編】
本章は2段落ちになっています。
まずはフー・ダニット――誰が罪を犯したのか。
それを考えて下さい。
「うむ、今回は遺体を始末する前に呼んでもらえたようじゃの」
現場となった館内庭園で高齢のノームが言う。名をパラケルススという錬金術師だ。
こちらの世界では検死官に当たる。
「では急ぎ教会に運び込み、”復活”の儀式を行おう」
ちょっと待った!
それだとアナタ呼ぶ意味ナイでしょ。
「いや、教会が失敗する可能性があってな」
嘘つき!
検死してないクセに。
「そんなもん、一目見れば判る」
まーそーだ。
遺体の横に転がってる鋼鉄製と思しきメイス。それで、後頭部を一撃。
即死だろう。
「そう出来ない理由が有ってな、来て貰った」
俺の背後から声が響く。
治安部隊隊長、レストンである。
「本人の遺言により、”復活”は禁じられている」
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被害者は、この邸の主人。
王位の第7位継承者。
クロフォード侯爵、リング卿。
本来ならば、俺たちなんぞが御目通り叶う相手ではナイ。
だが今いまは遺体。
ディビット・リング195才。
種族はエルフ。それも純血種。
ヒューマン換算で49才。
眠ったような死に顔は安らかであり、イケメンである。
流石に俺も謹んで冥福を祈る。
金持ち上流階級のイケメンと言えど、死ねば仏。なぜ”復活”を禁じたかは知らぬが、それなりの理由はあるのだろう。
その意思は尊重してあげたい。
「ちょっと証言取る間だけでも復活出来んか?」
なのにこのジジイときたら!
「ちょうどそこに、教会も建っとるし」
ガラス張りの館内庭園から見えるその教会――何故か3塔も建ってるので教会群だ――は、壁が一面ステンドグラスになっていて、まるで鏡のように草原と空を写している。
「それは止めてください。私が――」
主人に怒られてしまいます。
と、その婦人は言った。
紹介されずとも雰囲気で分かる。
被害者ディビッド・リングの妻、マナム・リング夫人。
漆黒の衣を纏い、結い上げた銀髪が輝く。
いと貴きお方の姿に、その場の全員が膝をつき、こうべを垂れた。
「Anata nihon-jin Kashira?」
その口から、異国の言葉が発せられた。
俺に向けて。
思わず上げそうになるこうべを留める。
「nihon-人 nanでsyoう?」
ん?
「そshiて、異世界転移者」
理解――できる。
言ってる事が分かる。
つか、この言葉は
「日本語、分かるでしょ?」
目の前に屈みこんでいるのは、何処かで見た事のある顔だった。
思わず上げた俺の顔に、その人は息を呑む。
「森下――先輩?」
何故、その名を知っている――否、知っているのは当然だ。
麻倉!?
待った。何だこれは。
これは一体、どういうことだ。
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ショックと急に立ち上がったせいで貧血を起こしそうになった俺に、麻倉が囁き声で聞いて来る。
「先輩、落ち着きました?」
ああ、漸く。
だが俺は決して落ち着いてなどいなかった。
ぐいーっ!
ンゴイブに抱えられ、庭園の隅に連れて行かれる。
「…!」
「おいっ!」
急に日本語から異世界の言葉に変わったので混乱したが、パーティ全員が俺を責めている。
「いいか、コトと次第によってはモリスを連れて逃げるぞ」
マルクがワケ分からん事を言い出す。
「退路は?」
迷宮以外では滅多に聞けぬシノブの真面目な声。
「確保出来てない」
「ダガ…」
ンゴイブが、なぜか窓を開けてるレストンを指差す。
「見逃してくれるようだ」
チョムスがそっとレストンに会釈する。
「行くぞッ!」
押し殺した声を出し、俺はンゴイブに抱えられ――
「不敬には当たりません」
静かな、だが通る声が響いた。
人に命令することに慣れた者の声だ。
よく考えてみたら、俺はかなりヤバい事をしていた。
麻倉の肩を掴み、至近距離で見つめ合い、激しい口調で言葉を交わした。
その言葉は日本語--異世界では誰も知らぬ言葉だ。
そして麻倉は、こちらではクロフォード侯爵夫人。
止んごとなきお方である。
本来なら不敬罪で逮捕、拘留、有罪、打首獄門になってもおかしくない。
麻倉が、全員を見渡し
「その人は、前の世界で私がお世話になった方です」
俺に近づいて来る。
「間違っても、その方を訴えたりしません。何者かが訴える事も許しません。ただ――」
その笑みは自信に溢れ
「少し、余人を交えず話をします」
答えはYesかハイか喜んで!――では無い。
御意
一択だ。
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「久しぶりですね、先輩」
彼女の部屋に通され、人払いをされた。
麻倉は日本語で話しかけて来る。
異常である。常識外れである。
侯爵夫人が自室に男を招き、余人を交えず2人で部屋に居る。
そんなことは許されない。あり得ない。
この世界で”侯爵”は、それほどの意味を持つ。
その許されない事を、麻倉は強引に押し通した。
執事(セバスチャンじゃ無かった)を始め、使用人は胃に穴が開きそうな思いだろう。
もしかすると執事は、既に切腹してるかもしれん。
「直ぐに私と分かってくれて、嬉しかったです」
分からん筈が無い。
会社の同僚。新人時代には俺が教育係だった後輩。
麻倉真奈美。
異世界へ転移する前--1年前まで、机を並べて仕事してた仲だ。
炎上プロジェクトに放り込まれ、残業休出当たり前の激務の中、寝食を共にした戦友だ。
但し--
「もうすっかり、おばあちゃんになっちゃったし」
髪は総白髪になり、皺が顔を覆っている。
だが、一目で分かった。
その立ち姿、表情、俺を呼ぶ声。
顔だって皺は多いが、あまり変わってない。
昔のまま、美人というより可愛い系だ。
「先輩がきっと抱いてる疑問には、直ぐ後で答えますね」
でも、その前に
と、麻倉の目が真剣になる。
「先輩は、5年前に私と会ったこと、覚えてますか?」
5年前?
麻倉が入社したのは一昨々年だ。
5年前には彼女は未だ学生--否、そうじゃない。
麻倉は、いったい何時から異世界に居る?
覚えていない。
そう応えた俺に、麻倉は少し寂しそうに微笑んだ。
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「私は先輩と同時に転移しました」
だが麻倉は、50年程前に異世界に現れた。
街近くの草原に。1人切りで。
ちょっと待て。
何故、同時と判る?
俺の最後の記憶は、JR池袋駅7番ホームだ。
その日、麻倉は翌日からの出張の準備をすると、先に帰ってた筈だ
「先輩が転移したのは、その翌日です」
麻倉は引き出しから赤い手帳を取り出した。
俺はそれに見覚えがあった。
パスポートだ。
俺の最後の記憶の日、その翌日の日付が、出国記録として残っていた。
「英国行きの飛行機に、私は先輩と一緒に乗りました」
初めての海外出張。英語ができない俺にTOEIC900点台を誇る麻倉が、通訳を兼ねて付いてくる筈だった--否
付いて、来てたんだ。
麻倉にも、転移した時の記憶は無い。
成田を飛び立ち、俺と一緒に機内食を食べていた。それが彼女の最後の記憶らしい。
ただ、パスポートには英国の入国記録が無い。
その日、俺たちが異世界に転移したという決定的な証拠だ。
転移したのは同時だろう。だが麻倉は俺と違い、数十年前のこの世界に転移した。
1人ぼっちで。
横に居たはずの俺の姿は無く、乗っていた飛行機も無く。
幸いにして近くの街で親切なエルフ貴族と出会い、衣食住の苦労は無かったらしい。そのエルフが今回の被害者、クロフォード侯爵、ディビッド・リング卿である。
熱烈なプロポーズを受け、数年後に結婚した。
まー侯爵、当時だってちょっと年喰ってただろうけど、こんだけイケメンの金持ち。
玉の輿と言ってヨイ。
文字通りのシンデレラガールである。
いつまでも幸せに暮らしましたとさ。それで終わる物語の主人公だ。
だが、そのリング卿は遺体となっている。
そして麻倉は未亡人で――
容疑者だ。
この物語も残り9話。
後8日間、毎日投稿してみます。←その方がPVが上がるとどっかで聞いた
文章は出来上がってますが、図が間に合うか?
ソコが問題です。




