吸血鬼の殺人【解決編】
貴方が――
犯人ですね、そう俺が言うと彼は何故か安堵し、頷いた。
「いつまでも隠すつもりは無かった。ただ、知りたかった」
答えは、得られたんですか?
「否。残念だが…もし君が知ることができたら教えて欲しい」
そして彼――シオンは、治安部隊に連行されて行った。
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翌朝、俺はクィンクの皆に拉致されるような勢いで、馬車に乗せられた。
行き先は治安部隊本部、隊長室。
レストン隊長は、横に居るパラケルススも、今まで見たことがないほど厳しい顔をしていた。
「シオンは大人しく犯行を認め、証言した」
だが――
「信じられん証言だ。お前の推理を聴きたい」
やって見せた方が分かりやすいと思うんだが。
そう言った俺に、レストンは首を横に振る。
「あの建物は立ち入り禁止だ」
地下で見た物は――
「それは」
言いかけた俺を遮るレストン。
「本当に今回の事件に関わる物なのか」
俺は頷く。
あれが、会長を死なせた――凶器だ。
あれは、自動二輪車と言う。俺が来た世界の道具だ。
この異世界に自動二輪車なんて物は存在しない。
なのに、何故か言葉だけが有る。
「魔法で動く馬、そう思ってくれ」
パラケルススが他の皆に向け説明する。
おそらく彼ら治安部隊は昨夜、シオンから全てを聞いている。
そして、この事件を闇に葬る決断をした。
事件が起きたのは多分、遺体が発見された前日の夜だ。
シオンは隠し階段を見つけ、地下室であのバイクを動かそうとしたんだろう。
俺だって、止められなければそうしていた。
だが、あれは操作を誤ると前輪が――片方の端が持ち上がってしまう。
「いや車輪くらい知ってるよ。でも、あんな重そうな物が?」
何せ馬100頭分くらいの力があるからな。
当然、バランスを崩して倒れる。
その時に会長の頭に前輪がブチ当たった。
前輪はゴムで覆われている。柔らかいから頭蓋骨は保ったが頚椎が損傷し、会長は死んだ。
あれは殺人じゃない。事故だ。
「チョムス」
レストンが呼びかける。
「彼は嘘を付いているか?」
チョムスは首を横に振る。
「推理が当たっているかは知らん。じゃがモリスは、それが真実だと思っとる」
レストンとパラケルススの視線が少しだけ和らいだ。気がした。
何故かは判らんが、シオンはその事故を隠そうとした。
「嘘じゃ」
!
「モリス、何故シオンが隠そうとしたのか、想像はついておるんじゃろう?」
ちょっ、チョムス、アンタ俺の心を読んだ?
ひょっとして邪宗系僧侶には、そんな祈願がある!?
「いや、今のは俺にも分かるから」
マルク!
そして横で頷いているンゴイブとシノブ…
あの秘密の地下室には、俺たちの世界の道具が有った。そしてタンクにはガソリンがあり、バッテリも上がってなかった。
あの地下室は、きっと俺たちの世界に繋がっている。帰る方法があるかも知れない。
日本に帰れるかも知れないんだ。
だがバイクを調べている内に、会長に見つかった。
いやむしろ会長が――電子鍵が近くに来たからエンジンが掛かったのだろう。
そして操作を誤り、事故で死なせてしまった。
会長を教会に運んで”復活”させれば、二度と地下室には来れないだろう。
会長が行方不明になれば、捜索され地下室も遺体も発見されるだろう。
だから、吸血鬼の仕業に見せかけた。
遺体を会長室まで運ぶ。
氷の牙を作り、会長の首筋に咬み傷を付ける。
”氷斬のシオン”――シレヌスの彫像を作れる程の腕だ。牙も作れただろう。
「だが会長室での音は?」
「2階で物音がした時、シオンは倉庫に居た。そして会長室は密室だった」
会長は人鼠だった。
身体の毛を壁に凍りつかせておけば、この暑さだ。その内溶けて床に倒れる。
扉も凍りつかせ、開かないようにしておく。
レストンが静かに言う。
「だが我々が調べた時には、扉には鍵がかけられていた」
ガリンとシレヌスが会長に注目していた隙に、内側から掛けた。
それが出来たのは、扉近くに居たシオンだけだ。
「分かった。ありがとう」
答え合わせは済んだらしい。
「ほぼ証言通りだ」
ほぼ?
「倉庫に”復活”の巻物が有ったが、1巻使われていた」
「シオンがストックを復活させようとしたのじゃ」
じゃぁ何故。
「時折、”復活”が効かないことがある。特に迷宮外での事故では、その確率が高い」
「シオンに情状酌量の余地はある」
ありまくりだ。不幸な事故だったんだ。
「だが彼は機密に触れ、そして――」
元の世界に戻れる。その可能性に取り憑かれた。
放っておけば、彼は何とかしてあの地下室に忍び込もうとするだろう。
「彼は、カフに送られることになる」
カフ?
「この島の南端にある小島だ」
島流し?
「島の中では自由にできる。衣食住も保障されている」
だが、二度とその島から離れることはできない。
死ぬまで。
========
再び馬車に乗り、着いた場所はブラム商会だ。
治安部隊員が警備をしている。
ぼーっとそれを見てたが、ふと気がついた。
全員が、食い入るように俺の顔を見ていた。
何?
何だよ。俺の顔に何か付いてる?
「もう一度問う。元の世界に戻りたくは無いのか?」
俺を見るレストンの瞳は真剣で、何故か今にも泣き出しそうな女の子を思わせた。
戻りたいか、そう問われれば”否”だ。
俺はこの世界で結構満足している。両親はまだ元気だし、老後は弟が見てくれるだろう。彼女は…それは言うな。言ってくれるな。
「そうか…」
レストンはそう言い、俺の顔から目を逸らした。
ブルルッ!
馬が鼻を鳴らす音が聞こえ、馬車が停まった。
扉が開く。
中から、エルフの女性が一人出てきた。
シレヌスだ。
「ハイ」
彼女は俺たちに向かって手を振る。
背中には大きな背嚢を担いでいる。
両肩に回された帯が、中々の量感を持つ胸を強調している。
「他所へ行くの?」
シノブの問いに頷くシレヌス。
「カフにね」
カフ?
「この島の南端にある小島よ」
「シオンを追って?」
「ううん。彼と一緒によ」
元気印。そんな感じの笑顔で言う。
「私が彼を支えるわ」
パカパカ
目を丸くしてる俺の横にもう1輌、馬車が停まる。
「おぅ!拉致って来たぞ!」
御者台に座るガリンが叫ぶ。
シレヌスが馬車の扉を開くと、中に簀巻きにされたシオンが収まっていた。
「君たちまで行くことは無い。これは俺の――」
なおも言い続けようとするシオンの唇を、シレヌスが強引に塞ぐ。
フレンチじゃなく、ディープなヤツでだ。
「見せつけてくれるなぁ」
ガレンの言葉にシレヌスが悪びれた様子もなく、腰に手を当てて胸を突き出す。
「いいじゃない。やっと想いが叶うんだから!」
お、想いって…
「以前、私の誕生日に彼が氷の彫像を贈ってくれたの」
ザクスクさんが言ってたやつだな。
「その時から、私の心は彼に奪われたままよ」
わー
すげー惚気聞いた。
「彫像はすぐ融けて無くなっちゃったけど、私の想いは無くしはしないわ」
さぁ行くわよ。カフ島でブラム商会の旗揚げよ!
その大声に促されガリンが手綱を振るい、馬車は駆け出して行った。
島流し――って感じはナイな。
微塵も。
むしろ爆発するがヨイ。
小さくなっていく馬車に手を振りながら、レストンが言う。
「実は、お前をどうするか、貴族院も答えを出しかねている」
俺もカフ島に?
「だがそうなれば、トリムレストン男爵位は廃位。治安部隊も隊長を失う」
ん?
私は――
レストンは真剣な眼差しで俺の目を射る。
「この任務を誇りに思っている。どうか、私にキシュキンドを護らせて欲しい」
いや、護ってればイイじゃん!
なんで”俺がカフ島に行くなら付いてく”前提で話してんのよ
「私からも頼む」
シノブ!?
「姉御に男爵位を放棄させないで欲しい。姉御は――」
バーンウェル家の先祖を誇りに思ってるんだ、と鼻声で言うシノブ。
だから、男爵位は持ってればイイじゃん!
「モリス」
横でマルクが囁く。
「お前に選択肢は3つある」
3つ?
「Yesかハイか喜んで!この3つだ」
るー
めでたしめでたくナシ。
皆さんの推理は同じだったでしょうか?
もし、論理の穴や情報不足など有ったら、感想などで教えてください。
ませ。
次の投稿は9/7です。




