吸血鬼の殺人【聴取編】
「なぁ、あんた」
日も暮れたので、一旦、宿に引き上げようとした俺を、老人が引き止めた。
確かシオンという元魔術師だ。
「その顔、異世界人か?」
そうだ。
それがナニか?
「あんた、元の世界に戻りたいと思っているか?」
む?
ムムム。
分からない。こっちの友人も増えたし、生活もできている。
正直、元の世界より居心地ヨイ。美人さんとの出会いも多い。
とは言え――
時折、元の世界に残して来た家族や友人たちのことを思い出す。
ただ、戻りたいか、そう問われれば”否”だ。
俺はこの世界で結構満足している。両親はまだ元気だし、老後は弟が見てくれるだろう。彼女は…それは言うな。言ってくれるな。
「そうか…」
老人は呟くと、建物の中に引っ込んで行った。
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「”氷斬のシオン”、懐かしい名前ね」
アプリコットジャムをスコーンに付けながら、ザクスクさんが言う。
「二つ名が付いてるってことは、かなりの腕だったんですか?」
そうねぇ、とBLTサンドを取りながら彼女は言う。
あれ?スコーンは?
いつの間にか、スコーンは消えていた。
「かなりの腕、だったわ」
あ、サンドイッチが無くなった。
いやそーじゃない。
かなりの腕“だった”?
「流石に体力的に探索者は無理になって、引退したはずよ」
まー見るからにお爺さんだからなー
「ガリンとシレヌスはパーティの仲間。彼と一緒に引退したわ」
え?
そうか。種族毎に寿命差が有ればそうなるのか。
このパーティも、いずれ俺だけがお爺さんになり…いや、その時はチョムスもお爺ちゃんだ。多分。いや絶対。
ところでさっき来たオムレットは、いつの間に消えたんだ?
「全盛期はどんな感じだった?」
シノブが問う。
「貴女好みのハンサムだったわ」
「まぁ」
まぁ、じゃないよ。なに顔赤らめてんの。
「顔は兎も角」
話を戻すザクスクさん。
「彼の”氷斬”は凄かったらしいわ。魔力も精度も。数十個の氷塊を数十体の化物の急所に命中させることができたそうよ」
そもそも“氷斬”が使えない俺にとっては、それがどのくらい高レベルか判らんが、とにかく凄い腕である。
「シレヌスが誕生日を迎えた時、氷で作った彼女の彫像を贈ったって話よ」
え?
魔術でそんなことが出来るの?
「出来たんでしょうね。魔力は全盛期から落ちていないから、今でもできるかも」
ザクスクさんも見たわけではないらしい。
ただ聞いた話では、非常に精緻で、本人そっくりだったらしい。
「でも、彼の攻撃魔法の腕を聞きにきたわけじゃないでしょ?」
バレてた。
「ランチのお誘いに仲間を、それも女性を連れてくるなんて、相変わらずどうかしてるわ」
シノブと顔を見合わせる。女性というか、シノブはザクスクさんの孫。肉親である。
「さて」
そう言って、シノブが立ち上がる。
「じゃぁ後は若い人同士で…ん、若い?」
縁談纏めてるんじゃない。そして、一言多い。
スッと目を細めたザクスクさん、凄い迫力である。
「まぁいいわ」
物凄い迫力のまま、俺を見るザクスクさん。元が凄い美人なだけに、凄さが二乗である。
「彼は”転移”は使えない」
そう、実はそれが目的だ。
この世界に厳密な密室は存在しない。
“転位”そして”帰還”という裏技で、どんな密室からも脱出できてしまうからだ。
ただし、“帰還”は迷宮の入口に現れる。その場所は常時治安部隊により監視されており、ここ数ヶ月使われてないことが判っている。
“転位”は使える者が数名しかおらず、転位先を熟知していることが必要だ。
会長室を熟知しているシオンが”転位”を使えるなら、密室の謎は解明だ。
そして彼は筆頭容疑者に格上げとなる。
シノブが手を叩く。
「こっそり特訓して使えるようになってたりは?」
しない。
シノブは知らないが、”転位”の管理は厳しい。
“転位”の発動方法を習得するには、申請が必要だ。申請が通って、初めて訓練が受けられる。
無論、俺のような中堅レベル魔術師が申請しても通らない。そして引退した元魔術師の申請も通らない。はずだ。
「その、試行錯誤で習得するってのは…」
シノブの言葉は、俺たち2人の冷たい視線で立ち消えた。
お前ー、魔術っつーのはそんな甘いモンやおまへんのや!
思わずエセ関西弁になるくらい、魔術師にとってはムリなシノブの発言である。
「レベル7の魔術師じゃ知らない裏技とかあるかも知れないじゃない!」
なんだと!
そんなコト言うのはこの口か!
レベル3のこの口かぁー!
「仲が良いわね」
呆れたようなザクスクさん。
「どうせ、これで用は終わりでしょ。戻らせて貰うわ。ご馳走さま」
立ち上がった彼女の前には、大盛りリゾットの器だけが残されていた。
俺の財布は空になり、金を借りたシノブの財布も大分軽くなった。
とほほ。
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「こっちは、大分整理がついた」
と、治安部隊で情報収集していたマルク。
先程より、大分安――リーズナブルなカフェである。
ホットドッグやハンバーガ、レタスサラダを食ってる奴らを前に、俺とシノブは水だけ。しかも俺に至っては、水代すらシノブに借りるというテイタラク。
「事件が起きた日、商会は朝から忙しくて地上階には常に誰かが居た」
つまり、外部犯の可能性は無い、と?
「受付やっとるシレヌスは、結構名が知れた探索者じゃった。特に知覚が鋭い」
隙を付いて受付を通ることは出来ない、というワケだ。
「1階の(日本では2階に当たる)倉庫へは、ガリンが息子2名を駆り出して搬入作業をしとった」
何搬入してたんだ?
「アイスクリームじゃ」
アイスちゃんを?
「この真夏に?」
連日の猛暑で夜も寝苦しい日が続いている。
そりゃもう、数十分もすればアイスちゃんが融けちゃう程だ。
「それがなぁ、ブラム商会はこの島で唯一、大量のアイスクリームを保存できる商会らしいんだ」
「その方法は治安部隊も知らんかった。事件と関係あると立証できれば話は別じゃが」
“氷結”の魔術で冷えひえのビールちゃんを出すのは、居酒屋なら何処でもやっている。そのため探索者を引退しても、魔術師に食いっぱぐれはナイ。
だが、大量のアイスちゃんを低温に保つのは、難しい。直接冷やすことはできるが、それは詠唱の間だけ。氷を生成しても冷えるのは0℃前後。
「そこで、”氷斬のシオン”が出てくる」
「彼の魔力なら――
うん、それムリ。
どんな魔力があっても、呪文の効果は長続きはしない。
ンゴイブが無言で、側に置いてあった小瓶を俺の前に置いた。
ちょっと驚いた。
ンゴイブは知ってたのか?
彼が置いたのは、塩だった。
氷と水と塩、それを混ぜ合わせると-20℃くらいまで下げられる。この世界でアイスちゃんを作る時は、この方法を使ってる筈だ。
だがあの倉庫ではムリ。
氷はいずれ溶ける。
板張りの床では隙間から水が通り、下の階が水浸しになる。
と、そこで俺はある物に気づき、”叡智”を使った。




