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Trick & Magic  作者: tema
吸血鬼の殺人
28/40

吸血鬼の殺人【事件編】

ハウダニット--どうやって密室を作ったのか。

そこを考えてください。

「だから!儂を呼ぶなら遺体を始末する前にせい!!」


高齢のノームが言う。名をパラケルススという錬金術師だ。

「いくら儂でも、これじゃ何も判らんわ!」

治安部隊の検死官も務める彼には、以前会ったことがある。

「嬢ちゃん、こいつはお主の婚約者の出番じゃ――おお、丁度来たな」


治安部隊隊長、泣く子も黙るレストン男爵を”嬢ちゃん”呼ばわりできるのは、俺の知る限り彼だけだ。

それはさておき、人のことを勝手に”婚約者”呼ばわりしないで欲しい。俺はまだまだ往生するつもりはナイ。


パラケルススの前にあるのは、鉄箱に山盛りの灰。

今回の被害者の遺体である。


========

夏の早い太陽が登るとすぐ、探索者ギルドに任務(クエスト)を探しに行った。そしたら、任務の方が俺たちを見つけた。

具体的に言えば、レストンに命じられた治安部隊員が俺たちを見つけ、駆け寄ってきた。

チョムスが金額交渉をして――ほぼ向こうの言い値だったが――契約する間もあらばこそ、馬車に乗せられ事件現場に拉致(ドナドナ)


「さて、事件の内容は聞いとるかの?」

臨時の会議室となった事務室に連れていかれ、ソファに腰掛けた俺たちの前に、パラケルススが座った。

「まぁ聞いておらんわな」


「被害者は、この商会の会長ブラム・ストック。人鼠(ウェアラット)の老人じゃ」

先程見た、山盛り灰の人である。

「人鼠が他種族と一緒に働くってのは、珍しいな」

マルクが言う。


人狼(ウェアウルフ)人虎(ウェアタイガ)、それに蜥蜴人(リザードマン)は、探索者として良く見る。

他種族より瞬発力、敏捷性、耐久性に優れた彼らは、有能な前衛になる。

一方、人鼠(ウェアラット)は力が弱く、耐久性も無い。探索者には向いてない。

結果、探索者が幅を効かせるこの島(キシュキンド)では、少々軽く見られている。儲け話に聡く、ズル賢い。それが一般に知られた人鼠のステレオタイプだ。


「事件発生は昨夜21:00頃、会長室――先程の部屋で起きた、と考えられる」

「けっこう遅い時刻だなぁ」

マルクが言う。

電灯など無いこの世界(異世界)では、日の出前から日の入り後までが活動時間。夜間に働くと蝋燭代が高くつくのだ。


「この商会、氷関係を扱っとってな、この時期は掻き入れどきじゃ。毎夜遅くまで灯りが点いておったよ」

パラケルスス、この近くに住んでるらしい。

「事件発生時も、地上階で何名か働いておったのじゃが、2階から大きな物音がしてな」

先程の現場が2階――日本で言う3階である。


会長室に向かったのは3名。だが――

「会長室の扉を叩いても、ストック(被害者)からの返事は無い。扉も開かん」

3名の内1人が斧で扉を破壊し、踏み込んだところ遺体を発見、ということらしい。


「あの灰が遺体じゃと、良く判ったな」

チョムスが疑問を口にする。

「無論、その時は普通の遺体じゃった――否」

遺体ではあったが、普通の死に方では無かったらしい。


「発見者に拠れば、被害者は吸血鬼(ヴァンパイア)に殺られていた」


吸血鬼。迷宮(ダンジョン)の深層に現れる化物(モンスタ)だ。

こいつが厄介な化物だ。

こいつに殺られると、まず助からない。

“復活”は効かず、遺体はその日の内に――24:00を過ぎる前に灰にしなくてはならない。

そうしないと、食屍鬼(グール)となる。

魂は穢され、永遠に神の元へは逝けない。


「すぐさま治安部隊に連絡が行き、魔術師系の隊員が”猛火(コ・ソヒ・ファグリ)”を使った」

で、鉄箱に入った山盛りの灰になったワケだ。

「儂が知っとるのは、このくらいじゃ」

パラケルススはそう言い、紅茶をすすった。


========

「あれは、間違いなく吸血鬼の仕業だ」


第1発見者のガリン。ドワーフの元戦士で、今は商会で配送人をしている。

「夜9時頃、上からドスンッって物音が聞こえた」

倉庫に荷物を搬入中だったそうだ。

商会は土手に接しており、船から荷揚げされた荷物は、直接1階――日本で言う2階だ――の倉庫に搬入できる。


「音は地上階まで響いたらしく、シレヌスが昇ってきた」

シレヌスというのは、受付と事務を兼ねてる社員で、容疑者の1人だ。

「手伝いの2人を残して階段を駆け上がった。すぐ後ろにシレヌスが、少し離れてシオンも付いてきた」

シオンというのは、会計を任されている社員で、やはり容疑者の1人。


「扉を叩いて呼びかけても会長の返事はねぇ。鍵が掛かってるらしく扉は開かねぇ。仕方ないから、地上階から斧を取ってきて扉をブチ破った」

その間、扉はシレヌスとシオンが見張っていたらしい。


「首筋の特徴的な歯型、1滴も漏れてない血、冷たくなった首筋。吸血鬼に殺られた奴を見たことがあるが、そいつとそっくりだった」

吸血鬼は地下10階層辺りから現れるらしい。俺は幸いなことにお近づきになったことがナイ。


「遺体に触れたのは、アンタだけか?」

マルクの言葉にガリンは顔を歪め、頷く。

「シレヌスは近くまで来たが、触っちゃいない。シオンは扉の辺りに居たよ」

遺体に工作できたのは、アンタだけか?

マルクが聞いたのは、そういう意味だ。


「シオンが腰を抜かしてたから、シレヌスに治安部隊を呼ばせた。俺が側で見張っていた間、誰も会長に触れちゃいない」

遺体に工作できたのは、俺だけだ。

ガリンは、そう言った。


========

「吸血鬼の仕業だと思う」


治安部隊を呼んだシレヌス。エルフの元武闘僧侶(モンク)で、今は商会で受付や注文などの事務をやっている。

彼女の証言は、ガリンのそれを裏付けるものだった。


「部屋に入った瞬間、仰向けに倒れた会長が見えたわ。隠れている者が居ないか確認したけど、何もいなかった」

扉は閉まっていたが窓は開けられており、蝙蝠に変化した吸血鬼なら脱出可能とのこと。

「シオンに見張りを任せて会長の遺体を確認したけど、あの歯型の感じは吸血鬼の仕業よ」


「他に気づいたことは?」

マルクの質問に、すっと目を細め

「倒れた時にタライをひっくり返したらしく、床が水浸しだったわ」

タライ?

「この暑さだから、涼を取るためシオンに氷塊を作って貰ってるの。各部屋1つづつ」

そいつがひっくり返ってたってワケか。


「昨日、変わったことは無かったかい?」

特に、と首を振る。

「昨日は結構忙しかったわ、ランチもサンドイッチ片手に仕事してたくらい。シオンも同じだったわ。昨夜は会長と2人で会計の確認をやってたみたい」


「今朝も顔色が悪くて肩凝りが酷いって言うから、”(ッイア・シャイ)(・カンロ)”を祈ってあげたわ」

肩凝りに”快癒”は無駄遣いだ。大怪我や骨折したワケじゃ無いんだから。

だが、”快癒”が”(ッイア・クゥルティ)(・カンロ)”であっても、食屍鬼になった者を蘇らせることはできない。


「会長は善い人だったわ。探索者を辞めた私たちに一から仕事を教えてくれて――お金はケチケチしてたけど、給料の払いが遅れたことは無かった」

彼の者の魂がグスニ神の下で安らぎのあらんことを、そう彼女は最後に祈った。


========

「吸血鬼の仕業かは…判らん」


残る1人、シオン。ヒューマンの元魔術師で、今は商会の会計士をやっている。こちらはシレヌスと違い、結構老いた感じだ。

「他の2人とは違う意見だな」

マルクの追求に、彼は少し目を泳がせる。

「そ、その…あまり良く見てなかったんだ」

確か、扉の処で腰を抜かしてたって話だ。


「被害者の近くにいたガリンの動きは見ていたのか?」

「あー、それもあまり…」

役に立たんことおびただしい。


「ガリンは、何かおかしな動きをせんかったか?」

「そんなことはない!」

チョムスの質問に、急に断言しだすシオン。

だって、あまり見てないって言ったばかりじゃん。


俺の指摘に妙に狼狽えるが、それでも強固に主張する。

「あいつは、そんな小細工をする奴じゃない!」

そう言って、シオンは目を伏せた。


「被害者の部屋に氷を持って行ったらしいな」

マルクの問いに、シオンは曖昧に頷く。

「実際に持って行ったのはタライだけだ。氷は”氷塊(コ・ソヒ・ルゥエンク)”で作り出す」

え?

“氷塊”なんて使ったら、部屋が滅茶苦茶にならないか?


「”氷塊(コ・ソヒ・ルゥエンク)”」

ボソッとシオンが呟くと、彼の前にあったタライの周りに冷気が集中し、1塊の氷柱が現れた。

「「「おおー」」」


「いいなぁ、これ」

「モリス、今度部屋で作ってよ」

ムリ言うな!

俺も”氷塊”は使えるが、こんなデカいのムリ。

しかも相手に向けて飛んでっちまう。静止状態で作れるなんて、どんだけ高度な魔術だよ!


========

「吸血鬼の仕業ですね」


遺体を“猛火”で灰にした治安部隊員は、断言する。

なぜそこまで断言できる?

「首筋の特徴的な歯型、1滴も漏れてない血、冷たくなった首筋。吸血鬼に殺られた者は何人も見ましたが、それらとそっくりでした」

ガレンやシレヌスと同じことを言う。


「他にも根拠はあります。咬み傷周りの凍傷、さらに頚椎の骨折」

へ?どゆこと?

「吸血鬼が血を啜る際、恐ろしく低温になるんです」

咬み傷の周りは一瞬で凍りつき、凍傷の痕が残るらしい。


「頚椎――首の骨ですね。これが折れてたんですが、頭蓋骨の陥没は認められませんでした」

例えば、(ハンマ)で頭を叩けば首の骨は折れる。だが、頭蓋骨も陥没する。

「吸血鬼の怪力なら、素手で首を折ることも可能です」


「そして事件発生時、現場は一種の密室でした」

扉には閂が架けられ、中に入るには外から斧で扉をブチ破った。

「ただ、窓が開いていました」

一応俺も外から確認したが、石造りの建物。鼠返しまで付いた防犯に優れた建物である。とても窓から侵入できそうにナイ。


「蝙蝠に変化する吸血鬼ならば、侵入が可能です」

そりゃそーかも知れんが、それだとエラいことになる。

化物は迷宮(ダンジョン)外に出られない。だから、迷宮のあるこの街でも平穏な暮らしができるのだ。

もし化物が外に出られるとなれば、大問題だ。

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