吸血鬼の殺人【事件編】
ハウダニット--どうやって密室を作ったのか。
そこを考えてください。
「だから!儂を呼ぶなら遺体を始末する前にせい!!」
高齢のノームが言う。名をパラケルススという錬金術師だ。
「いくら儂でも、これじゃ何も判らんわ!」
治安部隊の検死官も務める彼には、以前会ったことがある。
「嬢ちゃん、こいつはお主の婚約者の出番じゃ――おお、丁度来たな」
治安部隊隊長、泣く子も黙るレストン男爵を”嬢ちゃん”呼ばわりできるのは、俺の知る限り彼だけだ。
それはさておき、人のことを勝手に”婚約者”呼ばわりしないで欲しい。俺はまだまだ往生するつもりはナイ。
パラケルススの前にあるのは、鉄箱に山盛りの灰。
今回の被害者の遺体である。
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夏の早い太陽が登るとすぐ、探索者ギルドに任務を探しに行った。そしたら、任務の方が俺たちを見つけた。
具体的に言えば、レストンに命じられた治安部隊員が俺たちを見つけ、駆け寄ってきた。
チョムスが金額交渉をして――ほぼ向こうの言い値だったが――契約する間もあらばこそ、馬車に乗せられ事件現場に拉致。
「さて、事件の内容は聞いとるかの?」
臨時の会議室となった事務室に連れていかれ、ソファに腰掛けた俺たちの前に、パラケルススが座った。
「まぁ聞いておらんわな」
「被害者は、この商会の会長ブラム・ストック。人鼠の老人じゃ」
先程見た、山盛り灰の人である。
「人鼠が他種族と一緒に働くってのは、珍しいな」
マルクが言う。
人狼、人虎、それに蜥蜴人は、探索者として良く見る。
他種族より瞬発力、敏捷性、耐久性に優れた彼らは、有能な前衛になる。
一方、人鼠は力が弱く、耐久性も無い。探索者には向いてない。
結果、探索者が幅を効かせるこの島では、少々軽く見られている。儲け話に聡く、ズル賢い。それが一般に知られた人鼠のステレオタイプだ。
「事件発生は昨夜21:00頃、会長室――先程の部屋で起きた、と考えられる」
「けっこう遅い時刻だなぁ」
マルクが言う。
電灯など無いこの世界では、日の出前から日の入り後までが活動時間。夜間に働くと蝋燭代が高くつくのだ。
「この商会、氷関係を扱っとってな、この時期は掻き入れどきじゃ。毎夜遅くまで灯りが点いておったよ」
パラケルスス、この近くに住んでるらしい。
「事件発生時も、地上階で何名か働いておったのじゃが、2階から大きな物音がしてな」
先程の現場が2階――日本で言う3階である。
会長室に向かったのは3名。だが――
「会長室の扉を叩いても、ストックからの返事は無い。扉も開かん」
3名の内1人が斧で扉を破壊し、踏み込んだところ遺体を発見、ということらしい。
「あの灰が遺体じゃと、良く判ったな」
チョムスが疑問を口にする。
「無論、その時は普通の遺体じゃった――否」
遺体ではあったが、普通の死に方では無かったらしい。
「発見者に拠れば、被害者は吸血鬼に殺られていた」
吸血鬼。迷宮の深層に現れる化物だ。
こいつが厄介な化物だ。
こいつに殺られると、まず助からない。
“復活”は効かず、遺体はその日の内に――24:00を過ぎる前に灰にしなくてはならない。
そうしないと、食屍鬼となる。
魂は穢され、永遠に神の元へは逝けない。
「すぐさま治安部隊に連絡が行き、魔術師系の隊員が”猛火”を使った」
で、鉄箱に入った山盛りの灰になったワケだ。
「儂が知っとるのは、このくらいじゃ」
パラケルススはそう言い、紅茶をすすった。
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「あれは、間違いなく吸血鬼の仕業だ」
第1発見者のガリン。ドワーフの元戦士で、今は商会で配送人をしている。
「夜9時頃、上からドスンッって物音が聞こえた」
倉庫に荷物を搬入中だったそうだ。
商会は土手に接しており、船から荷揚げされた荷物は、直接1階――日本で言う2階だ――の倉庫に搬入できる。
「音は地上階まで響いたらしく、シレヌスが昇ってきた」
シレヌスというのは、受付と事務を兼ねてる社員で、容疑者の1人だ。
「手伝いの2人を残して階段を駆け上がった。すぐ後ろにシレヌスが、少し離れてシオンも付いてきた」
シオンというのは、会計を任されている社員で、やはり容疑者の1人。
「扉を叩いて呼びかけても会長の返事はねぇ。鍵が掛かってるらしく扉は開かねぇ。仕方ないから、地上階から斧を取ってきて扉をブチ破った」
その間、扉はシレヌスとシオンが見張っていたらしい。
「首筋の特徴的な歯型、1滴も漏れてない血、冷たくなった首筋。吸血鬼に殺られた奴を見たことがあるが、そいつとそっくりだった」
吸血鬼は地下10階層辺りから現れるらしい。俺は幸いなことにお近づきになったことがナイ。
「遺体に触れたのは、アンタだけか?」
マルクの言葉にガリンは顔を歪め、頷く。
「シレヌスは近くまで来たが、触っちゃいない。シオンは扉の辺りに居たよ」
遺体に工作できたのは、アンタだけか?
マルクが聞いたのは、そういう意味だ。
「シオンが腰を抜かしてたから、シレヌスに治安部隊を呼ばせた。俺が側で見張っていた間、誰も会長に触れちゃいない」
遺体に工作できたのは、俺だけだ。
ガリンは、そう言った。
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「吸血鬼の仕業だと思う」
治安部隊を呼んだシレヌス。エルフの元武闘僧侶で、今は商会で受付や注文などの事務をやっている。
彼女の証言は、ガリンのそれを裏付けるものだった。
「部屋に入った瞬間、仰向けに倒れた会長が見えたわ。隠れている者が居ないか確認したけど、何もいなかった」
扉は閉まっていたが窓は開けられており、蝙蝠に変化した吸血鬼なら脱出可能とのこと。
「シオンに見張りを任せて会長の遺体を確認したけど、あの歯型の感じは吸血鬼の仕業よ」
「他に気づいたことは?」
マルクの質問に、すっと目を細め
「倒れた時にタライをひっくり返したらしく、床が水浸しだったわ」
タライ?
「この暑さだから、涼を取るためシオンに氷塊を作って貰ってるの。各部屋1つづつ」
そいつがひっくり返ってたってワケか。
「昨日、変わったことは無かったかい?」
特に、と首を振る。
「昨日は結構忙しかったわ、ランチもサンドイッチ片手に仕事してたくらい。シオンも同じだったわ。昨夜は会長と2人で会計の確認をやってたみたい」
「今朝も顔色が悪くて肩凝りが酷いって言うから、”快癒”を祈ってあげたわ」
肩凝りに”快癒”は無駄遣いだ。大怪我や骨折したワケじゃ無いんだから。
だが、”快癒”が”全快”であっても、食屍鬼になった者を蘇らせることはできない。
「会長は善い人だったわ。探索者を辞めた私たちに一から仕事を教えてくれて――お金はケチケチしてたけど、給料の払いが遅れたことは無かった」
彼の者の魂がグスニ神の下で安らぎのあらんことを、そう彼女は最後に祈った。
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「吸血鬼の仕業かは…判らん」
残る1人、シオン。ヒューマンの元魔術師で、今は商会の会計士をやっている。こちらはシレヌスと違い、結構老いた感じだ。
「他の2人とは違う意見だな」
マルクの追求に、彼は少し目を泳がせる。
「そ、その…あまり良く見てなかったんだ」
確か、扉の処で腰を抜かしてたって話だ。
「被害者の近くにいたガリンの動きは見ていたのか?」
「あー、それもあまり…」
役に立たんことおびただしい。
「ガリンは、何かおかしな動きをせんかったか?」
「そんなことはない!」
チョムスの質問に、急に断言しだすシオン。
だって、あまり見てないって言ったばかりじゃん。
俺の指摘に妙に狼狽えるが、それでも強固に主張する。
「あいつは、そんな小細工をする奴じゃない!」
そう言って、シオンは目を伏せた。
「被害者の部屋に氷を持って行ったらしいな」
マルクの問いに、シオンは曖昧に頷く。
「実際に持って行ったのはタライだけだ。氷は”氷塊”で作り出す」
え?
“氷塊”なんて使ったら、部屋が滅茶苦茶にならないか?
「”氷塊”」
ボソッとシオンが呟くと、彼の前にあったタライの周りに冷気が集中し、1塊の氷柱が現れた。
「「「おおー」」」
「いいなぁ、これ」
「モリス、今度部屋で作ってよ」
ムリ言うな!
俺も”氷塊”は使えるが、こんなデカいのムリ。
しかも相手に向けて飛んでっちまう。静止状態で作れるなんて、どんだけ高度な魔術だよ!
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「吸血鬼の仕業ですね」
遺体を“猛火”で灰にした治安部隊員は、断言する。
なぜそこまで断言できる?
「首筋の特徴的な歯型、1滴も漏れてない血、冷たくなった首筋。吸血鬼に殺られた者は何人も見ましたが、それらとそっくりでした」
ガレンやシレヌスと同じことを言う。
「他にも根拠はあります。咬み傷周りの凍傷、さらに頚椎の骨折」
へ?どゆこと?
「吸血鬼が血を啜る際、恐ろしく低温になるんです」
咬み傷の周りは一瞬で凍りつき、凍傷の痕が残るらしい。
「頚椎――首の骨ですね。これが折れてたんですが、頭蓋骨の陥没は認められませんでした」
例えば、槌で頭を叩けば首の骨は折れる。だが、頭蓋骨も陥没する。
「吸血鬼の怪力なら、素手で首を折ることも可能です」
「そして事件発生時、現場は一種の密室でした」
扉には閂が架けられ、中に入るには外から斧で扉をブチ破った。
「ただ、窓が開いていました」
一応俺も外から確認したが、石造りの建物。鼠返しまで付いた防犯に優れた建物である。とても窓から侵入できそうにナイ。
「蝙蝠に変化する吸血鬼ならば、侵入が可能です」
そりゃそーかも知れんが、それだとエラいことになる。
化物は迷宮外に出られない。だから、迷宮のあるこの街でも平穏な暮らしができるのだ。
もし化物が外に出られるとなれば、大問題だ。




