アリバイと40人の盗賊【解決編】
待った!
俺は声を限りに叫んだ。
あまりの勢いに、検事がギョッとこちらを向く。
貴方は今、言いましたね。
「な、何を?」
3日間降り続いた吹雪で、山荘の扉は雪の下に埋まっていた、と。
なぁんだ、という顔をする検事。
その澄ました顔に俺は疑問を叩きつける。
では、被告人はどうやって中に入ったというのですか!
「?」
何言ってんだコイツ、という顔をする検事。
「当然、雪が積もる前です」
つまり3日間、被告人は被害者たちと一緒に居た。そういうことでしょうか?
「当然で――
「違います!」
突然、モルジアンが叫んだ。
「私はその日の夕方、山荘に着いたんです!」
そう。面会した際に彼女はそう言っていた。
「ありえません。事件前日には既に道は閉ざされ、扉は埋まっていました」
つまり、と検事は続ける。
「貴女は嘘をついている」
異議あり。
彼女は嘘をついていない。俺はそう信じている。
「では貴方は、大雪で封鎖された道路と閉ざされた扉を通り抜け、被告人がどうやって山荘に入ったと?」
彼女が雪が積もる前に山荘に入り、3日間、被害者たちと一緒に居た。それは事実だろう。
「ならば―――
言いかける検事を俺は遮る。
彼女は嘘をついていない。可能性がある。
「何を言ってるんですか貴方は。明らかに矛盾しています」
その矛盾を解決する祈りがある。
“石化”
彼女は被害者の遺体を見た直後から丸2日、石になっていたんだ。
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ヘレンさん、貴女は僧侶だと聞きました。
「はい」
治安部隊が病院から連れてきた彼女の顔色は、まだ白い。
貴女は――
邪宗の僧侶ですね。
俺の問いに、その女性は頷きで応えた。
勿論、”邪宗”というのはこの国での呼び方だ。
彼女の故郷ではこの国の”聖”が”邪”となり、”邪”が”聖”となる。
だがこの場は、このまま行かせて貰う。
貴女のお兄さんも盗賊に転職する前は、邪宗の僧侶でしたね。
彼女は再び頷くと、モルジアンに向けて深々と頭を下げた。
「兄の所為で、貴女にはご迷惑をかけました。こんなことになっていると知っていたら、もっと早く来たのですが…」
違っていたら訂正して下さい。そう彼女に言い、俺は話し始めた。
6日前12/24の夕方、貴女たちが会合を開いていた山荘に、モルジアンが迷い込みました。
そしてその夜――
お兄さんが自殺されたのですね。という俺の言葉に彼女は一瞬身体を強張らせ、頷いた。
「いや、あの位置に短剣を突き立てるのは――
騒ぎ出した検事を手で止める。
貴女がたは、お兄さんが自殺した事を知られたくなかった。何故なら――
“四戒”
汝、死に逃げるべからず
その戒めを破っていたからだ。
貴女はモルジアンを”石化”させ、彼女の時間を止めた。そして――
「私が、兄の背中に短刀を突き立てました」
他殺に見せるために。
3日後、12/28の朝にモルジアンを”石化”から戻し、彼女に短刀を確認させたのですね。彼女を証人にする為に。
「いえ、そんなつもりはありません。あの娘にはこの島を離れて貰い、犯人は不明のまま終わらせるつもりでした」
ああ、居酒屋エウレクでチョムスに会わなければ、そうなったのか。
これが事件の全てです。
俺がそう言うと、彼女は少しだけ目を見開き深々とお辞儀をした。
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「今日は好きなだけ呑んで食ってくれ」
チョムスが言う。
周りの盗賊ギルドの偉いさんたちも深く頷く。
結構高級な店である。同席してる人たちに若い女性がいないのは残念である。
「ニコラオスは、善い奴だった」
「ああ、儂の命の恩人だ」
「毎年、年末になると子供たちに菓子とか配ってたよなぁ」
「国元では、かなり弟子が多かったらしいな」
「こちらでも、邪宗系信者の精神的な支えになっていた。転職後もな」
だから彼が自殺を――四戒を破った際、皆でそれを隠そうとしたワケだ。
元魔術師の盗賊が“氷結”で遺体を凍らせ、死亡時刻を偽装する。
島外に脱出し、犯人役を演ずる適任者もいた。
「あの嬢ちゃんには悪いことをした」
なあに、とチョムスが言う。
「邪宗系は、この国で変な目で見られるのには慣れておる。何事も修行じゃ」
モルジアンは心配ない、とチョムスは請け負う。
実は彼女、チョムスの愛弟子だったらしい。
その師匠がガッパがっぱ酒呑んでるのは、ちょっとどーか。
「じゃが、何故、奴は四戒を破ったのじゃ?」
そう、そこは俺も知りたい。
空気を読み、審判の場では問わなかったが、敬虔な信者が転んだ理由は謎だった。チョムスの理由はヨイ。知ってる。
「奴は、奥さんと娘さんを亡くした」
その、奥さんと娘さんはどうして…
「寿命だ」
へ?
「奴はエルフで奥さんはヒューマン。娘はハーフエルフだ」
「どうしたって先立たれちまう」
ああ、そうか。
エルフの寿命はヒューマンの4倍。人生の長さが全く違う。
にも関わらず、この2種族は惹かれ合う。どうしようもなく。
「ヘレンも同じだ」
「ああ、彼女も夫と子供たちに先立たれてる。孫はまだ生きてるがな」
だが彼らはこの先何十年も、何百年も、生きなくてはならない。
汝、死に逃げるべからず。
その戒めはエルフを縛る。数百年の長い彼らの人生を縛る。
「なぁ」
チョムスが俺に問う。
「彼女が邪宗系だと、何処で分かったんじゃ?」
”復活”を祈らなかったからだ。
高レベルの僧侶ならば習得しているはずの祈願。――”復活”。
死後3日間という限定付きだが、不慮の死から生き返らせることができる。
だから、邪宗だと判った。
「そうか」
少し哀しそうにチョムスは言った。
「お主は――間違っておる」
暫くの後に、チョムスは告げる。
「儂なら、自殺者には”復活”を祈らぬよ」
“復活”なんて習得してないじゃん。
「まぜっ返すでない」
「お前さんの故郷ではどうか分からんがな、此処で自殺は最大の罪じゃ」
神の救いを拒み、自ら地獄を選ぶ行為。
「それでも、自殺者は絶えん」
その多くが、連れ合いや子供を亡くした長命者らしい。
「”自殺”の大罪を、何度も犯させるような真似はできん」
だから敢えて復活させないらしい。
「だというのに――否」
チョムスは首を振り
「だからこそ、エルフとヒューマンは惹かれ合うのかも知れん」
寿命が最も短い種族と、最も長い種族。
だから、とチョムスは真剣な眼差しで俺を射る。
「もしお主がシノブに想いを寄せておるなら、お主が死んだ後の彼女の――なんじゃその顔は」
ナイ。
シノブ相手にそれはナイ。
心配ご無用。
俺が自信満々にそう言うと、チョムスは不思議そうに首を捻りながら納得した。
ただ、モルジアンについては考慮の必要がある。
“無実が証明できるなら私、何でもします!”
その言葉、しかとこの耳に残っている。
いやなに、ちょっとパフパフさせてくれるだけで、ええんじゃよ。ぐふふ。
「ん?モルジアンなら、もう船でリールに向かっとるぞ」
なん…だと?
聖職者の逃亡。あまりの裏切り、不義、逆心に、俺は目眩を感じた。
何でもするって言ったのに!
「うむ、儂の帰還を諦めて貰い、儂のことをリール領主に上手く伝えるよう指示しておる」
何勝手な指示出してんの!
「お陰で儂は美味い酒が呑め、お主らは回復役を失わずに済んだ。めでたしめでたしじゃ」
違うよ!
るー
めでたしめでたくナシ。
皆さんの推理は同じだったでしょうか?
もし、論理の穴や情報不足など有ったら、感想などで教えてください。
ませ。
次の投稿は9/31です。




