アリバイと40人の盗賊【裁判編】
翌日、俺たちは裁判所に来ていた。
左手には痩せた中年の男。髪の毛が少々薄い。
正面には、スキンヘッドに髭を蓄えた裁判長。彼の手には小さな木槌が握られている。
裁判長が言う。
「被告人、名前と出身地を述べよ」
「モルジアンです。リールから来ました」
憔悴したエルフが被告席に立っている。
「検察、弁護人とも準備は出来ているか?」
「検察側、準備完了しております」
で、だ。
弁護側、準備完了しております。
何故か、俺が弁護人として法廷に立っている。
結局、担当してくれる弁護士は現れなかった。俺もできれば断りたかった。
だが彼女が言ったのだ。
“もし無実を勝ち取れたら私、何でもします!”
その巨乳を震わせて。
かくして俺は今、弁護人席に立っている。
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「では検事、冒頭弁論を」
「かしこまりました」
少ない髪をかきあげ、検事が始めた。
「事件発生は4日前。被害者は盗賊ギルド幹部のミラ・リキュア・ニコラオス」
検事のメガネがギラリと光る。ついでに髪の薄い額も光る。
「背後から心臓を短剣で一突き。凶器の短剣と検死官の診断書を証拠として提示します」
「受理します。ふむ、診断書に拠れば自分で刺すことはできない位置ですね」
「場所はアンドレアス山の北斜面に位置する山荘の1階。被害者に割り当てられた部屋です」
ここで言う”1階”は、日本で言う2階のことだ。この世界では地面の部分を”地上階”、階段を上ったとこを”1階”と呼んでいる。
「4日前からその山荘では、盗賊ギルドの会合が開かれていました」
盗賊の人数は40名。大会合である。
そこを訪れたのがモルジアンだ。チョムスを探して迷い込んだらしい。
「訪れた被告人は、被害者とその妹ヘレンに取り入り、油断を誘いました」
異議あり!検察側の想像です。
「異議を認めます。検察側は事実のみを示すように」
裁判長の言葉に、検事の顔が歪む。
「被告人は、被害者とその妹ヘレンと集中的に会話し、事件当夜は先に部屋に戻る被害者を送って行きました」
そこはモルジアンから聞いた話と同じだ。
「以後、被害者の部屋の扉は開かれたことはありません。被告人により破られるまで」
待った!
なぜ開かれてないと言えるのか?
「山荘の部屋の扉には時間錠が掛かっていました」
時間錠?
以心伝心、阿吽の呼吸。俺の疑問を悟ったマルクが駆け寄って来て、教えてくれた。
一旦掛けると、定められた時刻――この山荘なら7:00まで、絶対開かない錠らしい。どんな盗賊でも解錠はムリ。
時刻が過ぎても外からの解錠はかなり困難で、だからモルジアンが扉を破ったのだ。
「妹のヘレン、及び被告人の証言から、解錠された様子はありませんでした」
でも盗賊ギルドの会合だよ。解錠の専門家が揃ってるよね。
「ヘレンは僧侶です。また、他の者たちは被害者たちの部屋へは近づけませんでした」
はい?
「被害者が泊まっていた北西翼自体に鍵が掛けられ、鍵はヘレンが持っていました」
「こちらの鍵はさほど強固ではありませんが、北西翼に繋がるホールには3名が雑魚寝しておりました。解錠すればその音で目覚めるはずだ、と証言を得ております」
「証言を証拠として受理します」
「北西翼の鍵は、被害者を送った被告人がヘレンに渡し、以後ヘレンが離したことはありません」
あれ?
よく考えてみよう。
北西翼1階に居たのは、被害者ニコラオス、被告人モルジアン、ヘレンの3人。
被害者を部屋へ送って行ったのはモルジアン。
扉を破って被害者を発見したのもモルジアン。
その間、扉は開けられていなかった。
――って、詰んでんじゃねーか!
待てまて、こういう場合は先ず落ち着き、困難を分解して考えよう。
まず、北西翼1階の鍵だ。
これをヘレンが離さなかったというのは、ヘレンの証言でしかない。
誰かに渡した可能性がある。
“誰か”というのは、勿論――
モルジアンに渡したら容疑が深まるだけだー
彼女が外部から殺人者を中に入れたことになる。
なお、そんなことしてないってのはモルジアン自身が証言済み。
更に、時間錠の扉がある。
モルジアンは邪宗の僧侶であり、盗賊ではない。解錠は不得手だ。
本職ですら手を焼く錠を、彼女が開けられたとは思えない。
つまり、北西翼1階の鍵は事件を解く鍵にはならない。鍵だけど。
次に、扉を破って踏み込んだ時のことだ。
「明朝8:00、扉をノックしても返事がない被害者を心配したヘレンが、北西扉の錠を解き、ホールに居た人々を呼び集めました」
ホールには雑魚寝していた3名の他に、起きてきた数名がたむろってた。
その際、開かずの扉の前にはモルジアン1人。
「解錠を試みましたが難しく、容疑者がメイスで扉を破り被害者の遺体を発見しました」
待った!
その時、本当に被害者は死んでいたのでしょうか?
「容疑者の証言によれば、既に冷たくなっていたそうです」
そーだった!
ヤバい。
コレはいよいよ詰んだ。かも。
「以上により、被害者を殺害する機会はただ一度だけ」
検事のメガネが光る。ついでに髪の薄い額もギラリと光る。
「前日の夜、被害者が部屋に入ったその時だけです」
あわわわわ。
被害者が部屋に入った時、一緒にいたのは誰か?
部屋に戻る被害者を送って行ったモルジアンだけである。
「その数分間、誰が何処に居たか調査し、他の39名にはアリバイが成立しました」
「その時に被害者と一緒にいた者は誰か?」
検事は大仰な身振りで、モルジアンに人差し指を突きつけた。
「被告人以外に、犯行は不可能です!」
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「弁護側、反論はありますかな?」
今、考え中です。
「反論が無ければ判決に…」
待った!
何か反論しないと、有罪待ったナシである。
犯人は、ココから部屋に侵入した可能性があります!
俺が指差したのは、部屋の北側の窓。
「被害者の部屋は1階ですぞ?」
と裁判長が指摘する。
日本で言えば2階に当たる。通常なら手の届かぬ2階の窓。だが、俺には考えがあった。
事件当日は、猛吹雪でした。雪が地上階部分を覆うほど降り積もれば、雪を踏み台に侵入は――
「異議あり!」
検事が甲高い声で叫んだ。
「確かに当日は、地上階部分が雪に覆われていました。ですが、山荘の北側は斜面に面しており、積雪を考慮しても窓に手は届きません!」
なんですとー!
「そして、山荘の全ての窓は、数インチしか開きません。人が通り抜けるのは不可能です」
なんですとー!
呆然とする俺に、検事は追い討ちをかける。
「そもそも3日間降り続いた吹雪で、山荘の扉は雪の下に埋まっていました。山荘内の人々は、救助隊が来るまで中に閉じ込められていたのですよ」
じゃ、外部から犯人が…
「吹雪で道は閉ざされていますね。正に嵐の山荘ですよ」
得意げに言う検事。
ぐぬぬ…
「さて裁判長。審議は尽くされたと考えますが、如何でしょうか?」
弁護士としては、 彼女の言葉を信じるべきだ。だがそうすると――
ふと、違和感を感じた。
さてみなさん。
ここで数分お時間拝借し、どうやって密室を作ったか考えて頂きたい。
とはいえ数分以上考え込む価値は、多分ナイ…
【解決編】は明日(8/26)投稿します。




