アリバイと40人の盗賊【事件編】
「正直、スマンかった」
探索者ギルド長のクロスが、頭を下げる。
俺たちは唖然と呆然を頭に詰め込み、それを見守っている。
「こいつに回復薬を飲ませたのは俺だ」
「否、お主の所為では無い。回復薬以外に、あの場を逃れる術は無かった」
信仰上の理由で薬もダメ。色々不自由な宗派だ。
初めて知ったが、ギルド長と受付のお姉さんは、チョムスとパーティを組んでいたらしい。
以前、チョムスがギルド長にタメ口を使って、肝が冷えたことがある。なぜタメ口だったか、その理由が分かった。
彼らはちょっと、いやかなりヤバい任務のため、迷宮の深層に向かい――
「任務は、ほぼ達成できたんだがな」
帰還時に超強力な化物と遭遇し、全滅寸前になったらしい。
「その際、呪文も尽き、瀕死の儂に回復薬を与えてくれたのがコイツじゃ」
チョムス、ギルド長をコイツ呼ばわりである。
「儂は”秘跡”を祈り、無事に皆が脱出できたのじゃ」
「だがお前は――
レベルも装備も全てを失った、そう言おうとしたギルド長を止めるチョムス。
「一度たりとも後悔はしとらんよ。これで良かったと思うちょる」
「チョムス、お前…」
「大司教様っ」
感動的な会話である。
その後ろで俺たちは視線を交わした。
『…』
『酒だな』
『酒ね』
酒だ。
「だが、儂は死んだと伝えられたはずじゃ」
チョムスの主張に、首を横に振るモルジアン。
「伝令は一旦はそう言いました」
一旦は?
「その言葉を信じなかった司教様が問い詰め、吐かせました」
「信じなかったのは誰じゃ?」
「マルコス様、マタン様、トマス様…
と、十数人の名を挙げるモルジアン。
「13人全員ではないか!」
あのジジイが化物などに負ける筈がナイ、各司教はそう言ったらしい。
「でもその結果、大司教様の位が空位となり、13名の司教様は胃痛と戦い…」
よよよ、と泣きそうになるモルジアン。
それは司教の自業自得である。
「ともかく!」
と眦を釣り上げるモルジアン。
「改宗していようが関係ありません。一緒に帰国して頂きますッ!」
帰国してどうする?
「再度入信して頂き、修行を積み、いずれ再び大司教様に――
タスケテー!
そんなフキダシが、チョムスの頭上に浮かんだ。48ポイントの極太ゴシック体で。
まーこんな呑兵衛が、酒なし修行を務められるはずがない。
意外な処から意外な助け船が出た。
「その前にモルジアン、君に掛かった容疑を晴らして貰わねば、な」
ギルド長が指を鳴らすと扉が開き、治安部隊が押し寄せた。
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「なッ!何故、探索ギルドに治安部隊が!」
狼狽し叫ぶモルジアン。
「探索ギルドと治安部隊は犬猿の仲。永遠に相容れない存在のはずなのにッ!」
そーだっけ?
「まぁ、他の街ではそうらしい」
マルクが解説してくれる。
「クロス、通報ご苦労」
ギルド長が腰を折り、治安部隊隊長を迎える。
「まぁ、本家筋は立てとかんとな」
本家筋?
「ああ、この辺の人虎は全てこの方の分家筋だ」
と言い出すギルド長。
そう言えば、ギルド長もレストンも人虎だった。しかもレストンのお母様は多分純血種。
そして人虎は血統を重んじると聞く。
みるみる青ざめるモルジアン。
「待った!」
チョムスが彼女を守るように、レストンの前に立ちはだかる。
「儂は彼女を知っとる。決して悪人では無い」
モルジアンの顔に希望が浮かぶ。
「どうか、しっかりと調べてくれ」
そう頭を下げて引っ込むチョムス。
モルジアンの顔に再び絶望が浮かぶ。
「そう恐れるな。容疑者ではあるが、犯人と決めつけているわけではない」
何の容疑だ?
そう聞いたのは、ほんの気の迷いだ。
彼女の胸が、エルフにしてはかなりの量感であるコトは、決して関係ない。
「殺人だ」
レストンが嬉しそうに言った。
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翌日、俺たちは留置場を訪れた。
鉄格子の向こうには、容疑者から被告人へ格上げしたモルジアンが、憔悴した顔で座っている。
レストンに請い、情報を貰い面会まで許可して貰ったのだ。
俺の人徳である。邪宗僧侶の2人は感謝するように。
事件は3日前の夜10時頃、発生した。
場所はとある山荘。そこでは、盗賊ギルドのお偉方が会合を開いていた。
猛吹雪で一歩も外に出れない状況。いわゆる嵐の山荘である。
なのに夕方――会合が終わって宴会になった頃、予期せぬ来客が訪れた。
道に迷い、遭難寸前のモルジアンである。
凍え切った彼女は風呂を使わせてもらい、酒と食事でもてなされた。
良い人たちである。盗賊なのに。お偉方なのに。相手は邪宗の僧侶だというのに。
「盗賊ギルドは、職種にこだわりが無いぞ」
とマルク。
何でも盗賊は、別職種からの転職者が多いそうだ。
特に僧侶や魔術師は、転職しても習得した祈祷、呪文が使える。
「まぁ、魔力が下がるから効果も回数も減るんだけど、結構便利なんだよな」
そんなワケで、以前は別の職種だったという人が結構な割合でいるらしい。
「皆さん、とっても善い方たちで、思わず私も転職を考えちゃいました」
モルジアンの言葉に、チョムスが目を剥く。
「どうせ大司教様が見つかるまで、リールには帰れませんでしたし…」
モルジアンの言葉に、チョムスが目を伏せる。
その宴会で、特に親しくなった2人が――
「ニコラオスさんと、ヘレンさんの兄妹…」
海外から来た2人は子供の頃から一緒に修行を積み、こちらでも、かなり高レベルの探索者として活躍していたらしい。
そして兄のニコラオスが被害者である。
「ニコラオスさんは、お嬢さんを亡くされたばかりで、私がその方に似てるって…」
白く滑らかな頬に涙が流れた。
夜が更け、先に部屋へ戻るニコラオスをモルジアンが送って行った。
翌朝、部屋から出てこないニコラオスをヘレンが心配し、モルジアンが扉をぶち破って遺体を発見した。
「見た瞬間亡くなっていることが分かりました。首筋に触れると既に冷たくなっていて、気が遠くなりました」
幸いすぐに目が覚めたらしいが、遺体を改めると、背中に短剣が突き立っていた。
心臓を一突き、短剣が血流を止めたのか、殆ど血は出ていなかったとのことだ。
第一発見者を疑え、か。捜査の基本だな。
でもそれだけで逮捕されるとは思えない。
俺のその言葉に、目を逸らすモルジアン。
「その…実は、治安部隊に見つかるわけにいかなくて…ですね」
実はモルジアン、この島に密入国ならぬ密入島したらしい。
「大司教様らしい方が島に渡った、と聞いて…」
不法滞在である。治安部隊に見つかれば、罰金の上国外追放である。
「私がそう言ったら、治安部隊が来る前に皆さんが山荘から逃して下さって…」
第一発見者逃亡。これは疑われても仕方ない。
「島の外に逃げる手筈まで整えて下さったんですが…」
居酒屋エウレクで、島を離れるための協力者と会う手筈だったらしい。
なのに、協力者の前に大司教様に会っちゃったワケだ。
運が良いのか悪いのか。
そして、明日の裁判を引き受けてくれる弁護士は、誰も居ないらしい。
「どうも容疑が相当固いらしいよ」
情報通のマルクが言う。
「儂が知っとる弁護士に頼んでみたのじゃが、どうにも無理らしい」
弁護の余地ナシ。有罪待ったナシ。
「でも私は、無実ですッ!」
俺としても、美人さんは信じたいところだ。
だが、此処に来る前にレストンから言われた。
“彼女の証言を信じる限り、犯行は彼女以外に成し得ない”
その言葉に多分嘘はない。
そして弁護士でもない俺に、彼女にしてやれる事はなにもない。
「儂は彼女を知っておる。信じておる。なんとかならんもんか」
「無実が証明できるなら私、何でもします!」
ん?
今、何でもって言ったよね!
図を描くため【裁判編】は今夜、又は明日、投稿します




