アリバイと40人の盗賊【事前編】
ハウダニット--どうやって密室を作ったのか。
そこを考えてください。
「ヤバいやばいヤバい!」
マルクが叫ぶ。
「撤退!各位、何とかして逃げ伸びろ!」
チョムスが号令を発する。
でも、それムリ。
アミアンの迷宮、第8階層。
こんな処に奴が居るとは。
龍
迷宮といえば龍。龍といえば迷宮。
迷宮を代表する主である。
途轍もなく硬く、想像を絶するほど強く、微塵も希望は見出せない。
だが、未だだ。
未だ、終われない。終わらせない。
大事な虎の子。1ヶ月分の報酬を注ぎ込んだ巻物を広げる。
こんな事もあろうかと、用意していた物だ。
レベル12の高位呪文“業火”。
俺の腕では、巻物を使っても暴発する危険性がある。
その危険性を推して使った俺の判断は誤っていなかった。
魔術が発動し、見たことも無い激しい火焔が、龍を包む。
輻射熱で俺の前髪が焦げる程だ。
鋼鉄すら溶かすほどの温度。
その中に龍の影が映る。
龍はその顎門を大きく開き、断末魔の咆哮を――
挙げるかと思ったら火焔を吸い込んだ。
修祓
俺の虎の子、最後の手段が無効化されちまった。
龍の視線が蒼白となった俺たちを捉え、奴は顎門を歪ませ、嗤った。
終わったーー
今度こそ終わった。
もーダメ。お手上げ!
と、その時。祈り――否、命令が聞こえた。
「石化」
俺たちを嘲笑う龍の口元。それが色を失う。
口元から広がる変異が龍の全身を覆う。
俺たちに襲いかかろうとした龍は、振り上げた尾もそのままに、石と化した。
呆然と佇む俺たちの沈黙を、ンゴイブの呟きが破った。
「”石化”――邪宗僧侶系高位祈祷…」
皆が祈祷を行った者――チョムスを見つめた。
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たとえ石化しても、俺たちに龍を倒す余裕など無い。それに石化は暫く時を止めるだけだ。早ければ数分、遅くとも数日で石化は解け、龍は復活する。
這々の体で地上に戻ってきた俺たちは、取るものもとりあえず居酒屋エレウクに向かった。
ドンッ!
チョムスの前に、大きな酒椀が叩きつけるように置かれる。
なみなみと火酒が注がれる。
皆の顔が、ズイと近づけられる。
全員を代表してマルクが言った。
「吐け」
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「正直、スマンかった」
チョムスが頭を下げる。
俺たちは唖然と呆然を頭に詰め込み、それを見守るだけである。
「結局、レベルは幾つまで上がったんだ?」
「…23じゃ」
「「「「!?」」」」
このジジイ、実は伝説級の探索者だったことが判明。
それも邪宗の僧侶。種類は少ないが一撃の火力は魔術師より高い、そんな祈祷を行うレア職。
「なのに何でレベル1とか嘘ついてんのよ!」
シノブが叫ぶ。
「否、嘘では無いんじゃ」
チョムスが困った顔をして、説明する。
実際に俺たちと出会った時には、レベル1に戻っていた、と。
邪宗僧侶系祈祷に、”秘跡”という祈りがある。らしい。
祈祷者は全てを失うが、1度だけ神が願いを叶えてくれる。そうだ。
なぜ、どんな願いをしたかは言わなかったが、チョムスはそれを使い――
「装備もレベルも失ったってワケか…」
マルクの言葉に頷くチョムス。
その顔に後悔は無い。
俺たちには何となく、それ以上の問いはできなかった。
カチン。
ンゴイブが自分の酒椀をチョムスのそれにぶつける。
カチンカチンカチン。
次々と酒椀がぶつかる。
椀を口元に運び、ぐっと一気に――
「ああーっ!チョムス大司教様ッ‼︎」
突然の叫びに、大量の火酒がムダになった。
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「正直、すみませんでした」
大声を出したエルフの女性が、頭を下げる。
俺たちは唖然と呆然を頭に詰め込み、それを見守るだけである。
――大司教って、何だよ!
皆の心の中に、盛大なツッコミが渦巻いている。
ドンッ!
チョムスの前に、大きな酒椀が叩きつけるように置かれる。
なみなみと火酒が注がれる。
皆の顔が、ズイと近づけられる。
全員を代表してマルクが言った。
「吐け」
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「大司教と言やぁ、州の全教会を率いる立場だろ。そうそうお目にかかれる者ンじゃねぇぞ!」
マルクが押し殺した声で叫ぶ。俺だって叫びたい。
大司教は偉いさんだ。間違っても場末の居酒屋で呑んだくれ、へべれけな醜態を晒しちゃダメなおかただ。
「貴女、何処から?」
シノブがエルフに問う。
「リールです」
「海峡の向こうだな」
グロム王国ですらない。外国だ。
で、そのリールってとこの大司教様が?
「このチョムス様です」
ズビシッ!
思いっきり指差すエルフ。
「人違い…ってワケじゃぁなさそうだなぁ」
頭を抱えて呻いているチョムスは、もう全身で”私です”と白状しているようなものだ。
「貴女、名前は?」
「モルジアンと申します。リール領主様から大司教様捜索を言付かった13名の内の1人です」
「それで、その…」
「大司教様が不在だと、色々困るんです!」
その州――大司教区で発生した問題について、宗教的にどうすべきか聖書を解釈するのが大司教だ。言うなれば地方裁判所判事みたいなもんだ。
「各司教様だと判断に迷うことが多くって、未解決案件が溜まって――」
泥棒を捕まえても裁判ができないみたいなものだ。よく分からんが大変である。
「今までの記録を漁って各司教様が解釈しておりますが、胃を病む方が絶えず…」
それはさぞかしお疲れのことだろう。
だが、チョムスを連れ去られると、俺たちが困る。
パーティのリーダだし、なにより1人しかいない回復役だ。
「え?私たちは、回復の祈祷は使えませんよ」
ん?
「回復の祈祷を使うのは異教徒の僧侶」
哀しみと憐れみを宿した目で、モルジアンは言う。
「私たちとは永遠に相容れない者たちです」
非常に微妙な空気が流れた。
「でもチョムス、回復使ってるけど?」
その空気をシノブがぶち壊した。
「ありえませんそんなこと。改宗でもしない限り」
「したんじゃない?改宗」
あっけらかんと言い放つシノブに、愕然とするモルジアン。
ぎぎぎぎぎ
音を立てそうな感じで、モルジアンの首だけがチョムスの方を向く。
見開かれた目は瞬きすらしない。
そんな彼女を見て、ンゴイブが席を立つ。
ぽんぽん。
チョムスの肩を叩く。
「その、改宗…しちゃったんじゃよ」
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改宗しちゃいまシタ。テヘペロ。
大司教にそんなカミングアウトされたら、信徒はどうすべきか。
しかもその大司教を捜索するため、海まで渡って来た敬虔な信徒である。
「どーする?この娘。固まっちゃったけど」
うむ、”石化”したみたいになってる。
「気つけにゃ強い酒と決まってる!」
新しい酒椀に火酒を注ぐマルク。
「いや、酒はいかん」
チョムスが止めた。
「下戸なの?この娘」
シノブの質問に渋々チョムスが答える。
「信仰上、酒を禁じとる」
ん?
俺、何となくチョムスが改宗した理由が分かった!
「私も!」「僕も!」
ぎぎぎぎぎ
突然、石像――否、モルジアンが動き出した。首だけ。
虚無を宿す瞳がチョムスを見つめる。
「違う!は、早まるでない!」
ゆらり…
モルジアンの背後に陽炎が揺らめいたような気がした。
「大司教様、”四戒”を何だと思われているのですか」
・汝、死に逃げるべからず
・汝、酒に逃げるべからず
・汝、薬に逃げるべからず
・汝、信仰に逃げるべからず
邪宗の最も重要な戒めらしい。
ちなみに2番目のヤツが、チョムスの目の前にナミナミと注がれているワケである。




