煙と消えた宝石の謎【解決編】
何故――
俺は尋ねた。
そこの侍、君は何故そんなに魔術師に寄り添ってるのか。
侍は、目を丸くして俺を見た。魔術師も――否、招かれた探索者たちは全員目を丸くしていた。
「お前、話せないんじゃなかったのか」
魔術師が言う。
横にいる侍も俺――仮面の従僕に人差し指を突きつける。
「そうよ!熱風を吸い込んだせいで、声は殆ど出せないって聞いたわ」
ああアレ。
アレ嘘。
「嘘ォッ⁉︎」
唖然、呆然、愕然。
そんな顔が4つ並ぶ。
蜥蜴人の戦士は何を考えてるか、顔からは読み取れない。おそらく、何も考えてないと思う。
俺はそんな彼らを無視して、話を続ける。
怪盗アルスが誰なのか。実は、それは自明だ。
どうやって”マリアンの心”を奪ったのか。それは推測できた。
俺は魔術師に近寄り、仮面を外した。
だが、何故こんなことをやったのか。それが判らない。
仮面の下からは俺の――本当のパーティ・クィンクの魔術師、モリスの顔が現れた。
「ッ!」
魔術師――偽物の俺の顔が歪んだ。
そう、お前が”怪盗アルス”だ。
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ここで半日ほど時を遡る。
探求ギルドで指名依頼を受けた後だ。
迎えに来たという馬車に乗り込み、ロビン子爵邸に向かった。
そして暫くの後、御者が振り返って言った。
「”麻痺”」
俺だけが、辛うじて持ちこたえた。
この御者、相当な腕だ。
不意を突いたとはいえ、中堅探求者パーティ5人を呪文1つで意識不明にするなど、そうそうできるもんじゃない。コレは、俺1人で立ち向かっても勝ち目はない。
俺は失神したフリをして、機会を伺うことにした。
馬車は廃屋の前で止まり、そこで何名かの者たちが待ち構えていた。
薄眼を開けて見れば、ノームの僧侶、蜥蜴人の戦士、ホビットの盗賊、エルフの侍。誰が見ても俺たちの偽物である。
皆、結構特徴を捉えている。ただ、侍は本物と違って胸があ…げふんゲフン。
偽クィンクにより俺たちの身体は廃屋に運ばれ、放置された。
殺されちゃったらどーしよーかと思った。
偽クィンクが馬車に乗り立ち去った後、俺は逃げ出した。
“麻痺”を解除する巻物を持ってなかったから、他の皆は放置。
探求ギルドに駆けつけ、助けを求め、ロビン子爵邸に先回りし――
一計を案じた。
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俺はクィンクと偽って館に来た面々を見渡す。
館には侵入したものの、お前たちは困ったはずだ。
肝心の”マリアンの心”の所在が判らない。
子爵に、明らかにするなと依頼しておいたからな。
にこやかに話す俺を睨む偽物。
だが、館を探索して金庫の場所を見つけたのは天晴れだ。
流石、俺の偽者を名乗るだけのことはある。
「見つけたのは僕だけどね」
マルクのフリをしていた盗賊が言う。
まぁ、それはそれとして。
お前たちは――と魔術師と侍を指差す。
1階――日本で言う2階――に行った時、時限装置を仕掛けた。俺が2人から目を離した時――子爵と打ち合わせをしていた時だろう。
この部屋で、仲間から隠し金庫の場所を聞いたお前は――と魔術師だけを指し
”不視”が掛けられた壁に、『”マリアンの心”は頂いた。怪盗アルス』と書いたカードを貼った。そしてその上から更に”不視”を掛け、カードを見えなくさせた。
後は、時限装置が灯りを消した暗闇の中で、”退魔の短剣”を投げれば良い。
「だ、だが、金庫を解錠する時間は誰にも無かった」
ロビン子爵が上ずった口調で尋ねる。
「”マリアンの心”は何処に?」
どうやって”マリアンの心”を奪ったのか。それは推測できた。
だが、何故やったのか。そこが判らない。
こいつは――と、魔術師を指差す。
仲間の偽クィンクが大騒ぎしている間に、こっそりと呪文を唱えたんだ。
「どのような?」
“発火”
耐火金庫の中で、”マリアンの心”を燃やしたのさ。
子爵の顎が落ちた。
ダイアモンドは分子構造が違うだけで、炭と同じ炭素でできている。
だから、高温にすれば燃える。灰も残さず。
レベル1の呪文とはいえ、”発火”は炭素の塊くらい一瞬で燃やし尽くす。
「いや念のために、”猛火”を使った」
さいですか。
魔術師が俺を見る。
「”何故”と聞いたな」
聞きました。
「俺も知らん」
なんじゃそりゃ。
「依頼が有った」
誰から?
「言うと思うか?」
ですよねー
「はははっ」
面白い奴だ、そう魔術師は笑う。
その時、館の外から多数の足音が聞こえてきた。
十重二十重に館を取り囲む、治安部隊の足音だ。
侍が日本刀を抜く。
「自暴自棄になった我々が、お前の素っ首を落とすことは、予想してないのかい?」
予想はしていた。
だが、こんな腕の立つ偽物に立ち向かえそうな知り合いは、さほど多くない。
その数少ないかたの内、1名をお招きしております。
メイド長が、俺を庇うように前に出る。
胸元のボタンが弾け飛びそうになってる彼女は、普段は探索者ギルドの受付にいる。服と化粧だけで、こんなにもイメージが変わるとは思わなかった。
偽物たちは彼女の正体に気づき、ギョッとした表情を浮かべる。
探索ギルド内で喧嘩が起きた際、高レベル探索者を片手で簡単に抑え込む受付嬢を見たことがあるらしい。
僧侶がモーニングスターを構えながら言う。
「では、子爵を人質に取るとは考えんかったのか?」
子爵に蜥蜴人の戦士が近づく――と、急に崩れ落ちる。
その影から、執事が現れる。
「考えておりましたとも」
リッチモンド子爵邸に居た、ペンブルック伯爵邸にも居た、セバスチャン執事。
流しの執事とは仮の姿――いや実際に執事らしいのだが、実は元治安部隊所属。今も時折、教官として後任の指導に当たっているらしい。
職種は、忍者。
レベルは果てしなく高く、あらゆる攻撃を躱す。
そんなことを知りもせぬ僧侶が、執事さんにモーニングスターを振るう。軽々と躱し――たと思ったら、モーニングスターが砕け散った。
なにそれ。
しかも素手だよ、この執事。
僧侶も青くなったが、俺も青くなった。
絶対、この人には逆らうまい。そう心に固く誓う。
「帰還」
一瞬の隙を突き、僧侶と盗賊が光に包まれ消えた。
「さて、それでは俺たちもお暇しよう」
魔術師が侍の腰に手を伸ばす。ヤバい。
ここで彼らに“転移”されたら、探しようがない。
蜥蜴人は残るが、生きてるかどうか判らない。生きてたとしても、何か知っているとは思えない。
この前、“エレノスの涙”が奪われた。
魔術師の気を引くべく、俺は言う。
業火の魔術を幾度でも発動できる魔法具だ。
今また、強力な魔法具が失われた。
これは偶然なのか?
お前たちの雇い主は、何を考えている?
「想像だが――
魔術師は、いつでも”転移”を発動できる準備を整えた後、口を開いた。
――この島を、普通の島に近づけようとしている」
アミアンの迷宮を擁する、剣と魔法のこの島をか?
「知ってるか?以前は化物が森にも居たってことを」
なんですって?
「数百年前から、次第にこの島は、普通の島に近づいている」
俺のような者を使って――と笑みを浮かべ、魔術師はフードを払う。
黒髪の中に長い耳が――エルフである印が見えた。
「”転移”」
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蜥蜴人は生きていたが、何も知らなかった。
“帰還”で迷宮の出口に現れた僧侶と盗賊は、待ち構えていた治安部隊が取り押さえ――
られず、まんまと逃げられた。
「面目ありません」
治安部隊の教官でもあるセバスチャン執事が頭を下げる。
いえべつに、そのよーな。
ロビン子爵も鷹揚に許してくれたし。
“マリアンの心”は強力過ぎて使い道がなく、実は厄介物だったらしい。
王家から賜った以上、処分するワケにいかず、盗まれるワケにいかず。
今回の件を恐るおそる王家に報告したが、特にお咎めナシだったらしい。
ひょっとして王家も厄介物として、フッド家に押し付けてたのかも。
“マリアンの心”は守れなかったものの、犯人は特定したので、それなりの報酬は貰えた。
しかも、今回働いたのは俺だけなので、総額の半分が俺のものである。
マルクとシノブが奢れおごれと煩く、今夜は俺の奢りで宴会だ。
宴会の前には腹を空かしておきたいのだが、目の前のテーブルの上には美味そうなものがいっぱい。
協力して貰った礼に、と執事さんから11時のお茶に招待されたのだ。日本で言えばランチ。
なぜ招待を受けたかと言えば、それはもう執事さんの一言である。
「妻も娘も、是非にと言っておりまして」
妻はどーでもヨイ。大事なのは娘さん。
執事さん、それなりに皺とかはあるが、かなりダンディである。
娘さんは美人と見た!
素手で首を落とせる義父さんってのは、ちょっと怖いのだがチャンスは多い方がヨイ。
ところで執事さんの家だが、これがデカい。
何でも、元々執事として入った家のお嬢様を射止めたらしい。
逆玉である。軒を借りて母屋を取ったのである。
その元お嬢様こと執事さんの奥様は、テーブルの向こうからニコニコ俺を見ている。
若い頃は――否、今でも充分以上に魅力的だ。
ヤバいくらいの色っぽさである。
これは娘さんに期待が高まるのだが、彼女は今朝方ちょっと仕事が入り遅れている。そろそろ帰ってくるとのことだ。
お、馬車が止まる音がした。
現お嬢様のお帰りだ。執事さんが迎えに行く。
「娘も今日のお茶を、それは楽しみにしてましたのよ」
にっこり微笑む奥様。
私も楽しみにしとりました!
「あの人から――と、執事さんをが向かった方角を指し
貴方の活躍は色々伺って、私も娘もすっかりファンになりましたの」
チロリと目を輝かせ、声を潜める。
「娘も年頃ですし、そろそろ良い人を見つけてくれないかと思ってたところですの」
こ、これは俺にも逆玉の目がある⁉︎
「とはいえ娘を娶るなら、私を倒せるくらいの男でないと」
ヒエッ!
しっ、しつっ、執事さん。いつの間に俺の後ろにっ!
口には微笑みを浮かべているが、目には明らかに殺意が込められている。
「あらあら、それではいつまで経っても、あの娘は結婚できないじゃありませんか」
燗ッ!
元お嬢様が旦那様を睨む。
その殺気たるや、もし睨まれたのが俺だったらちびっちゃってた。かも。
「あなた真逆、このバーンウェル家が断絶しても良い、と?」
元お嬢様の目が金色に光り、瞳孔が横に開く。
髪の毛がザワザワと波打ち、白い頬に黄色と黒の縞模様が浮き出て来る。
微笑んだ唇から、牙がせり出して来る。
“獣化”
現在ではヒューマンと血が混じり、行える者は殆どいないと言われる、獣人の技だ。
その姿を獣に変え、代わりに爆発的な力と速度を得る。
この人は、人虎だ。しかも純血種の。
「お嬢様、お客様の前です」
「あら」
「ごめんなさい。夫も私も娘のことになると、ついつい本気になってしまいますの」
あっという間に猫を被った――否、人を被った元お嬢様。
にこやかにお茶を注いでくれるが、そんな笑顔に騙される俺ではない。
この家はヤバい。
人虎の奥様に忍者の旦那様。前門の虎、後門の狼。
いくらお金持ちだろうが、娘が美人だろうが、こんな義親では命が幾つ有っても足りない。
早々にお暇しなくてはならない。
「お母様、ただ今戻りました」
凛とした声が響いた。
執事に引かれた椅子に腰を降ろしたお嬢様は、身のこなしが洗練されており、流石は貴族の子女という感じだった。
「我が家へようこそ。モリス」
顎を落とした俺の目の前に、貴族的な衣装を纏ったレストン隊長ががが…
るー
めでたしめでたくナシ。
皆さんの推理は同じだったでしょうか?
もし、論理の穴や情報不足など有ったら、感想などで教えてください。
ませ。
次の投稿は8/24です。




