煙と消えた宝石の謎【調査編】
「灯りに供給するガスが、時限装置で止められていました」
執事の報告に、頭を抱える子爵。
「時限装置は何処に?」
魔術師が問う。
「1階の奥、御館様の執務室横に」
「ゼンマイ仕掛けで、半日くらい動くヤツだ」
執事が応え、仕掛けを分解しながら盗賊が補足する。
つまり、設置したのが使用人か、呼ばれた探索者か、はたまた忍び込んだ賊なのか、判らないということだ。
「これは”封魔の短剣”だな。コイツが刺さったもんで”不視”が解けた」
カードを止める短剣を調べながら、魔術師が言う。
金庫の外装は火竜の革が使われており、魔力が通じやすくされている。
その外装に”不視”の魔術を掛け、壁と見分けを付かなくさせていた。
「レベル12の魔術。俺には使えない高度な技だ」
その魔術が使えるなら、見咎められずに館に侵入する事も出来そうだ。
「申し訳ありませんが、皆様の持ち物、衣服を検めさせて頂きます」
執事の宣言と共に、1人ずつ部屋に呼び出される事となった。
「またか…」
そんな言葉が魔術師から漏れる。
結局、執事とメイド長による検査でも、マリアンの心は見つからなかった。執事とメイド長は、僧侶と侍が検査をしたが、こちらも同様。
不審な物を持った者も――盗賊が解錠道具を持っていたが、事件には関係ないと判断された。
「ところで、”マリアンの心”って何なのさ?」
盗賊が言う。
「モノが分からなきゃ探しようがねぇよ」
「王家より賜った、ダイアモンドです」
子爵に視線で了解を得た後、執事が応える。
「大きさは?」
目を光らせて侍が尋ねる。
「ウズラの卵ほど」
「ウズラッ…」
絶句する侍。
「宝石としての価値など、大した事ではない」
子爵が低い声で言う。
「あれは、”氷斬”を幾度でも唱えられる魔法具なのだ」
魔術師が右眉を上げる。
「”氷斬”って、レベル13の魔術の?」
魔術師として、最高難度の広域攻撃呪文。扱いを誤れば、尋常じゃない被害が出る。
「そう。王家からは、あれを秘し守護せよと厳命されている。否、あれを余人の手に渡さぬために、我が家は存在している」
「故に、何としても取り戻す必要がある。あれは、個人が持つには危険すぎる道具だ」
その威力は、もはや武器ではない。大量殺戮兵器だ。
使い方によっては、このキシュキンドの街を滅ぼすことすら可能だ。
「この耐火金庫を開けられるのは誰だい?」
今度は金庫を調べ出している盗賊が問う。
「耐火金庫?」
不思議そうな侍に、盗賊は説明を続ける。
「金庫の外装、内装にも火竜の革が使われている。どんな業火にも傷ひとつ付かない高級品だよ」
「開け方を知っているのは、私だけだ」
子爵が言う。
「”不視”に守られた金庫の位置は、私と執事だけが知っていた――はずだった」
「誰かにその情報を漏らした覚えは?」
僧侶の問いに2人は首を横に振る。
「執事さん、壁の向こうの秘書室から、金庫は開けられないのか?」
不躾な魔術師の問いを、執事は気にした風もなく首を横に振る。
「壁と柱を崩せば別ですが、この部分は館の屋台骨です。もし崩せば館が崩壊するでしょう」
つまり、ムリということだ。
「魔術師殿、”転移”は嗜まれておられますか?」
執事の言葉に、今度は魔術師が首を横に振る。
“転移”もまたレベル13、最高難度の魔術だ。術者と周りの者たちを、瞬間移動させるその呪文を唱えられるのは、探求ギルド内にも数人しかいない。
「それに”転移”は、こちらから”飛ばす”ことはできても、”引き寄せる”ことはできない」
「使えないのに何で判るんだよ」
仲間にツッコむ盗賊。
「魔術はギルドの研究機関で研究されているが、理論が出来てから実用化まで数十年かかる。そして”引き寄せる”魔術など、理論すら無い」
なるほどわからん。そんな顔をする盗賊。
「金庫に入れることはできても取り出せないんじゃ、意味ないなぁ」
金庫を調べ終わったのか、立ち上がる盗賊。
「で、どうじゃった?」
僧侶が問う。
「構造が判っても、僕だと解錠に30分…いや、もっとかかるかも」
素材が高級品なだけに、錠の方も複雑らしい。
「盗賊ギルドのお偉方なら、10分で解くかも知れないが…」
怪盗がそんな長時間金庫をガチャガチャいじっていたら、気づかれないワケはない。解錠には多少の音がするのだ。
「実は怪盗が昨晩の内に盗んでたとか?」
侍が首を傾げる。
「いや、君たちをこの館に迎える前、儂と執事が金庫に有ると確認している」
子爵が否定する。
肩をトントン叩きながら盗賊がまとめる。
「つまり、不視をかけられた凄腕の盗賊が、俺たちが館の間取りを確認している隙に金庫を開け、”マリアンの心”を盗み出した。ってワケか」
「アレはどう説明するのよ」
侍が指差す先に、『”マリアンの心”は頂いた。怪盗アルス』と書かれたカードが封魔の短剣で止められている。
「む、ムムム…」
「ご主人様、お持ちしました」
いつの間に席を外したのか、メイド長が部屋に入ってくる。
必要最小限に開けていた扉を、仮面の従僕が閉じる。
「うむ、こちらへ」
メイド長は、15cm程の水晶球を子爵の前に置く。
子爵が水晶球に両手をかざし、魔力が注がれる。
「ムッ⁉︎」
絶句したまま固まった子爵に、探求者たちが近づく。
水晶球には3つの小さな光の粒が見えた。
「マリアンの心が…無い」
呆然と子爵が呟く。
何を今更――そんな空気が漂った。
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「これは魔力の存在を感知し、輝きで示す”探魔の宝玉”です」
呆然とし、言葉も出せずにいる子爵に代わり、執事が説明する。
「”マリアンの心”は膨大な魔力を持っています。この館の中にあれば、輝きが場所を示すでしょう」
「この小さな光の粒は?」
「ある程度の魔力を持つ者。すなわち魔術師の位置です」
盗賊が素早く首を巡らす。
立っている位置から推測するに、中心部の輝きは探求者の魔術師。
少し離れた位置の輝きは、メイド長の位置だ。その輝きは魔術師と同じくらい。
そして更に離れた輝きは他の2つよりかなり弱く、その位置には扉を守る仮面の従僕が立っていた。
魔術師が小さな声で言う。
「俺が高レベルの――”不視”を使えるレベルの魔術師なら、”マリアンの心”を手に入れたら”転移”で脱出する」
「否――それはできん」
ようやく声が出せるようになった子爵が言う。
「”マリアンの心”が持つ魔力は、同じレベル13の”転移”に干渉し、魔術が発動せん」
魔術師が右眉を上げる。
「この部屋に来る直前、この宝玉は”マリアンの心”の存在を示していた」
子爵は顔を上げ
「従僕、私が自室を出てこの部屋に来る間――1分足らずの間に、部屋を出入りした者はいるか?」
仮面の男が首を横に振る。
「儂が来た後、部屋を出入りした者はいるか?」
指がメイド長を指す。
従僕は部屋の1つしか無い出入口を守り、必要最小限しか扉を開かぬよう指示されていた。
唯一、出入りしたのはメイド長。
その際、怪盗が一緒に出入りする隙はなかった。
だが、仮にメイド長が怪盗だとしても、”マリアンの心”を”探魔の宝玉”の検知範囲外に持ち出す時間は無かった。
一方、”マリアンの心”は”探魔の宝玉”の検知範囲内には存在しない。
侍が魔術師に近づき、魔術師が彼女の手を取った。
ふと、違和感を感じた。
さてみなさん。
ここで数分お時間拝借し、どうやって宝石を奪ったのか考えて頂きたい。
とはいえ数分以上考え込む価値は、多分ナイ…




