煙と消えた宝石の謎【依頼編】
ハウダニット--どうやって宝石を奪ったのか。
そこを考えてください。
「フッド館へようこそ、パーティ・クィンクの皆様」
長身痩躯の執事が扉口で出迎える。
扉の向こうから現れたのは5人の男女。
最近発生した難事件を何件も解決した、という触れ込みの探索者たちだ。
「当家の主人が奥で待っております。どうぞこちらへ」
探索者たちは、執事の後をゆっくり付いていく。
5人の足取りは遅く、いかにも貴族の屋敷を見物している体を装っているが、四方八方に向けられた視線は鋭い。
装備を整え、館の中だと言うのに兜も、フードも取ろうとしない。
「パーティ・クィンクの皆様がお越しです」
執事は扉を開きそう告げると、腰を折り、探索者たちが中に入るまで扉を押さえる。
総檜造りの重い扉が閉まると、椅子に腰掛けていた男が立ち上がった。
この館の主人、ロビン子爵だ。
「急な依頼に応えて貰い、感謝する」
普段は朗らかな子爵の声は今、かなりの緊張を含んでいる。
「先ずは掛けてくれたまえ」
子爵が座り、探索者たちも椅子に腰を下ろす。
メイドがお茶とスコーンなどの軽食を運んで来る。
「どうか食べながら聞いて欲しい」
との声に、早速手を伸ばす蜥蜴人。だがその手は横にいたホビットに止められる。
「控えておけ。怪盗が薬を盛る可能性がある」
がっしりとしたノームの僧侶が、蜥蜴人に言う。
渋々という感じで手を引く蜥蜴人。
蜥蜴人は他の種族より知能が低いと言われている。その噂を裏付けるように、彼の目にはあまり知性が感じられない。
「怪盗アルスを名乗る者から盗難予告があった。狙われたのは王家より賜った宝玉、マリアンの心だ」
子爵は近くにいた探索者に1枚の紙を渡す。
今朝早く門に刺さっていた矢文だ。
『明日の夜、日付が変わる時、”マリアンの心”を頂きに参上する。我には治安部隊も警備も役に立たぬ。精々無駄な足掻きをするが良い。怪盗アルス』
「随分と自信家の怪盗だ」
紙を渡された黒髪の男は、フードの中から軽い調子でそう批評し、横の美女に紙を回す。
「治安部隊に依頼し警備を増やすことも考えたが…」
子爵の言葉に、黒髪の男は首を横に振る。
「警備員に紛れて侵入する可能性がある。この予告状はそれを狙ったものだろう」
その言葉に子爵は頷く。
「私もそう考えた。そのため、急遽探索ギルドに依頼を出した」
子爵は5人を見渡し
「様々な事件を解決に導いたパーティ・クィンクを指定で」
パーティ・クィンクは、様々な種族の寄り合い所帯になっている。
ノームの僧侶、蜥蜴人の戦士、ホビットの盗賊、ハーフエルフの侍、そしてヒューマンの魔術師。
「ところで、”マリアンの心”はどこに?」
ホビットの盗賊が言う。
「私のみ知る場所に隠してある」
そこは――と、ヒューマンの魔術師が口を挟む。
「当然、この館の何処かだな」
然り、と子爵は頷く。
「故に、怪盗はこの館に忍び込む――忍び込もうとするはずだ」
肝心の”マリアンの心”の所在は明らかにしない。パーティ・クィンクにも秘しておく。子爵の表情が、そう物語っていた。
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子爵が退席した後、探索者たちは部屋に残り、作戦会議を始めた。
「予告の時刻まで後2時間。どうする」
僧侶が言う。
「館の部屋や廊下、その配置を確認しておこう」
魔術師が応える。
「でもさ、館の図面は貰ったじゃん」
盗賊が口を挟む。
「その図面に誤りがあるかも知れん。それに――」
と魔術師は彼らを見守る屋敷の使用人を見渡す。
「嘘があるかも知れん」
この部屋には使用人が2人。
子爵の紹介に拠れば、キャサリンという名のエルフのメイド長。そして、従僕と呼ばれた男。
子爵に拠れば両名とも信頼が置ける人間ということだが、その姿はとても怪しい。
メイド長は、その瞳に知性が隠しきれていない。単なるメイドとは思えぬ雰囲気を纏っている。
そして従僕は、顔のほとんどを覆う仮面を付け、一言も声を出さない。子爵に拠れば、酷い火傷を負い二目と見られぬ顔となり、熱風を吸い込んだため声も殆ど出せないとの事だ。
だが怪しい。
怪しさが身体中から滲み出ている。
メイド長と従僕は、おそらく監視役だろう。探索者たちはそう推測する。
それを裏付けるように、2人は探求者たちの一挙手一投足を注視している。
探索者たちは二手に分かれ、館が図面通りか――隠し部屋や隠し通路を含め――確認することにした。
当然のように、一方にはメイド長が、他方には仮面の従僕が付く。
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1階――日本の数え方では2階を受け持った探索者は、魔術師と侍。
彼らには仮面の従僕が付いている。
何部屋かには鍵が掛けられ、魔術師が中へ入りたいと言っても従僕は首を横に振る。
扉に耳を近づけても人の気配はせず「多くの使用人に今夜は暇を出した」との子爵の言葉を裏付けた。
1階の最奥の部屋は子爵の書斎で、彼は書類を暖炉の火に焚べていた。
「余人に見せてはならぬ資料もある故」
本来なら用済みとなった際、速やかに焼却すべきだったが、ついつい後回しに…と言い訳を口にする子爵。
「従僕、暫し話がある。クィンクのお二方はすまぬが席を外してくれ」
子爵の言葉に従い廊下に出た2人は、長い廊下を並び歩んで行く。
と、侍が口を開く。
「あの件、考えてくれた?」
囁きより更に低い、微かな響き。
「ああ」
魔術師が返す。
「この件が終わったら」
次の言葉を予想し、侍の頬が朱に染まる。
「俺と――」
残りの人生を共に過ごしてくれ。
そう、黒い瞳が告げていた。
花が咲くように、紅い唇が開き微笑みを浮かべる。
その唇を魔術師の唇が塞ぎ、2つの影は1つになる。
いつの日か2人は、神の祭壇の前で、同じ言葉を語るかも知れない。
だが真実の決断は、祈りは、誓いは、今この時に成された。
空に浮かぶ小さな月だけが、その誓いを見ていた。




