身代金の冴えた受け取り方【事件編】
館から出ると馬車に乗せられ、エンキドの酒場へ向かう。
今度は目の前にシノブが座り、隣はチョムスとンゴイブ。
俺の横にはエノレスの涙を収めた鞄を抱えたマルクが座り、その横にザクスクさん。つまらん。
馬車が止まった。
「私はここで」
そう言うザクスクさんを馬車に残し、俺たちはンゴイブ、シノブ、マルク、チョムス、俺の順で降りる。
マルクを中心に、防御体制でエンキドの酒場に入る。
いつもの通り騒がしい酒場だが、来慣れた俺たちには少しだけ緊張感が漂っているのが判る。
目立たないようにしているが、探索者ギルドの強者が何人か居る。多分、ギルド長の指示で、俺たちの支援をしてくれてる者たちだ。
俺たちはいつもやる通り、任務が貼られた掲示板を眺めた。
そこに、誘拐犯からの伝言があった。
依頼内容欄には“私の護衛をお願いします”。
そして依頼者欄に”エノレス”だ。
報酬欄には小銭程度の額が書かれており、こんな依頼を受ける者はいない。
ンゴイブが依頼票を取り、防御体制のまま出口へ向かう。
「よぉチョムスたちじゃねぇか、1杯くらい呑んでけよ!」
「おっと、すまんな」
知り合いの探索者から誘いがかかった瞬間、探索者ギルドの強者が偶然を装い、そいつにぶつかる。
外に出ると、シノブがマルクに視線を送る。その視線を受け、マルクが頷く。
シノブが視線で”エノレスの涙は無事か?”と聞き、マルクは頷きで”無事”と応えた。
現在のところ問題なし。
依頼票に書かれた住所は街の外れ。歩いて行ける距離だ。
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書かれた住所には、廃屋があった。
その小さな家は、使われなくなって随分経つようで、あちこちが壊れていた。戸口に打ち付けられた木の板には”ベネット”と書かれているようだった。
廃屋なのに、門の横にある郵便箱だけが埃を払われていた。
エレノスの涙をシノブに渡し、マルクが慎重に郵便箱を開ける。
罠は無く、普通の鍵だけだったようだ。程なく解錠された郵便箱には、革の鞄に紙が一枚添えられていた。
鞄の中には枕――ペンブルック家の紋章が刺繍された小さな羽根枕が入っていた。おそらくギルバート君の枕だろう。
“枕の中にエレノスの涙を入れ、アミアンの迷宮へ潜れ”
紙にはそう書かれていた。
「僕は先に行って、装備を準備しておく」
そうマルクが言い、駆けて行った。
彼の目が、何かに気づいたってことを教えてくれた。
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「待たせた!」
馬車から飛び降りたマルクは、既に装備を身につけていた。
ンゴイブが馬車から皆の装備を取り出し、各々身につける。
相互に装備の確認を行い、持っている巻物の読み合わせを行う。
迷宮に潜る前の、いつもの手順だ。
「行くぞ」
チョムスの号令と共に、俺たちは迷宮に入った。
「おおっと!」
そんな俺たちを止める声が上がる。
「お前らだけに特別な情報があるんだ」
情報屋のラルスだ。
彼の情報は信頼がおける。
「地下2階層の”断崖”から貢物を投げな。願いが叶うらしいぜ」
地下2階層の”断崖”、アミアンの迷宮に仕掛けられた罠の1つだ。
落ちればHPを削られた上で、地下4階層に送られる。
誘拐犯からの伝言だ。
「間違って、自分たちも落ちないようにな!」
俺たちはラルスの言葉を背中で聞きながら、迷宮内を急いだ。
“断崖”まで小一時間かかる。
焦れた誘拐犯が人質の口を封じたら、シャレにならん。
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“断崖”に到着し、鞄ごとエノレスの涙を投げ落とす。
地下4階層に、まだ誘拐犯が待っててくれることを祈るだけだ。
断崖に身を投じる選択肢は無い。
そこに人質がいる可能性は低く、追って来たと判れば誘拐犯が凶行に及ぶ可能性が高い。
「戻るぞ」
チョムスの言葉に従い、俺たちは出口へと向かった。
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「ありがとう、本当にありがとう!」
初めて見る伯爵の顔は、涙でぐしょぐしょだった。
そんな状態なのにイケメンというのは、どういうことか?
俺たちが報告のため館に戻ると、既にギルバート君は戻っていた。
彼を連れて来たのは年配の女性蜥蜴人で、誰かから小銭で彼を託されたらしいが、その誰かが男なのか女性なのか、ヒューマンなのかドワーフなのかも分からず仕舞い。
誘拐されてたギルバート君はまだ1才にもなっておらず、証言は「だぁ」しか取れなかった。
誘拐されてた間もちゃんと世話はされてたらしく、元気でご機嫌だったのは何より。今は伯爵夫人がつきっきりであやしており、時折笑い声が聞こえる。
伯爵夫妻は息子が戻って満足、報酬もかなり盛ってくれて俺たちも満足。ちなみにシノブは伯爵の顔を見て目がハートマークになっていた。
チョムスだけは不満そうだったが、伯爵夫妻に悟られるほど顔には出さなかった。
館を辞する際、俺は近くに居たメイドさんに1つだけ尋ねた。
メイド長はどこに?
「エレンは誘拐の責任を感じ、辞職してしまったの」
俺の問いを耳にして、伯爵夫人の顔が曇った。
「彼女の責任ではないのに、今週のお手当ても渡してないのに…」
部屋も片付けて、辞職願だけが机に置かれていたそうだ。
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任務完了報告のためギルド長の執務室に行くと、マルクとザクスクさんから追加報告があった。
鞄の中に枕が入っていたのを見た瞬間、マルクは”断崖”から投げ落とすことを予期したらしい。そこで盗賊ギルドを通じて、隠密に長けたパーティを断崖の底、第4階層に忍ばせ監視して貰ったらしい。
そのパーティにはザクスクさんも同行し、不視により万一にも見つからないよう対策を打った、とのことだ。
「鞄が落ちて来て暫くの後、ゴブリンの群れが鞄を取って行ったらしい」
誘拐犯と思しき者の姿は見えなかった、とのことだ。
「誰かがゴブリンに通じていたとか?」
「そんなことが出来るなんて聞いたこともない」
化物との意思疎通は幾度も試されて来たが、全然ダメ。
1度として成功したことは無い。
「かと言って、ゴブリンが誘拐犯とは思えん」
化物は迷宮の外には出ない。つか出れない。ハズ。
檻に閉じ込め外に連れ出せば、その瞬間に塵に帰る。
「じゃぁ結局、誘拐犯の目的はペンブルック家への恨みを晴らすこと?」
いやマルク、その線は薄い。
もし恨みがあるなら、ギルバート君はもっと過酷な状態に置かれたはずだ。そうなれば、あんなに健康でも上機嫌でもないだろう。
「ペンブルック家はそれほど力は無いが、人徳は高い。敵視する者の噂は聞かぬな」
とクルスも言う。
「そもそも、エレノスの涙って、なんなのさ?」
「不明だ。10数年前、焼失した貴族家からペンブルック家が受け継いだと噂に聞いているが、情報は全く無い。モノが何かは伯爵だけが知っており、使用人も伯爵夫人すら知らないらしい」
ナイナイ尽くしである。
ところで焼失ってどゆこと?
「突然、館が炎に包まれ、数分と保たずに灰になったらしい」
ひあー
「さて、日も暮れたし仕事も終わった。ワシらは引き上げさせて貰うぞ」
ぶっきらぼうに言うチョムス。
「ああ、引き込んで悪かった」
なぜか謝罪するギルド長。
それを聞き、なぜか更に機嫌を悪くするチョムス。
そのまま宿に戻るというチョムスと、呑みに行こうと言うマルクたち。
俺は1人、港に向かった。
ふと、違和感を――チョムスの言動では無く誘拐犯の行動に――感じたからだ。
さてみなさん。
ここで数分お時間拝借し、どうやって盗んだか考えて頂きたい。
とはいえ数分以上考え込む価値は、多分ナイ…
【解決編】は明日(8/11)投稿します。




