身代金の冴えた受け取り方【依頼編】
ハウダニット--どうやって盗んだのか。
その方法がフーダニット--誰が盗んだのかを示します。
そこを考えてください。
実入りの良い任務を求めて、探索ギルドを訪れた。
任務の依頼票は、ギルド1Fの掲示板に誰でも勝手に貼って良いことになっている。依頼者と依頼内容、そして報酬を書く欄がある。そして、実入りの良い任務はすぐに誰かに取られてしまう。
ちなみに、探索者御用達の”エンキドの酒場”にも、同様の掲示板がある。だがそちらにはあまり金になる任務は出ない。
俺たちがギルドの扉を開け、掲示板に向かおうとしたところ、ザクスクさんに呼び止められた。
彼女はエルフの受付嬢――シノブによれば”嬢”と呼ぶにはトウが立ちすぎているらしい――で、探求者からは一目置かれている。ちなみにエルフには珍しく豊満なボディの持ち主だ。
そんな彼女から呼び出しである。これは行かねばならん。
「急な話ですが、受けて頂きたい依頼があります」
パチクリ。
俺たちは、目を丸くした。
俺たちのパーティ・クィンクは、中堅どころのパーティで、特段名が売れてるわけじゃない。十把一絡げのパーティだ。
そんな俺たちを指名する者はいない。通常、指名すればそれだけで報酬は1.5倍、下手すりゃ2倍だ。
「私たちに?」
シノブが余計なことを言う。
黙っとけ。後で間違いだったと気づいても、報酬は下げられないんだから!
「そうパーティ・クィンク、貴方たちが適任です」
ギルド長の執務室に通されたのは初めてだ。
校長室みたいなものだ。
通常ここには、凄く悪いことをした者が連行され、大層な罰を言い渡される。
ただし今回は逆。らしい。
「よく来てくれた」
重厚な机の上から、黄金色の瞳が俺たちを見渡す。
ギルド長クルス。人虎の巨躯は、それだけで畏怖の対象となる。
ましてや、迷宮最深部への到達記録保持者、伝説の勇者の子孫、神から勇気を賜った一族、等など、彼には多くの逸話がある。
ちょっとくらいビビっても仕方ないと言えよう。
い、いやッ俺はビビってないけど!
「パーティ・ジュニエの件は、良い活躍だった」
ちょっと前、リーダのアインが他の探索者に殺害された――と噂になった事件だ。
「その腕を見込んで、受けて貰いたい任務がある」
「どんな任務じゃ?」
ちょ、チョムス!
ギルド長に向かってタメ口って、なんつー大胆な。
「依頼内容は、受けて貰わねば教えられん」
いやそんなご無体な。
「依頼人も、危険度も、全ては受けてからだ」
クルスとチョムスの間で視線が交差する。
「受けた後、断ることは?」
「無論、許しかねる」
フンッ、と鼻息を1つつくと、チョムスは俺たちを見る。
えー、気は進まないなー
とはいえ、チョムスの決定に従う。そう視線で俺たちは伝え、チョムスは肩をグルリと回して言った。
「仕方ないな、受ける」
クルスはニヤリと牙を剥き出し
「ザクスク、お連れしてくれ」
と、いつの間にか俺たちの背後に居た受付嬢に指示した。
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「マジかよ、全然気づかなかったぜ」
「いつ部屋に入って来たんだ?」
一礼して部屋を出て行くザクスクさんを見送ると、マルクとシノブがヒソヒソと囁く。
チョムスは憤然としている。
ンゴイブは何を考えているか分からん。
俺は、残った魔力の残滓を観ながら、記憶をほじくり返していた。
確か、訓練場で同じような残滓を見たことがある。
不視だ。
レベル12の魔術。術者の姿を気配を隠し、攻撃も魔術も防ぐ究極の防御魔術。俺には遠く手が届かない魔術だ。
ザクスクさんは、とんでもないスキルを持つ魔術師らしい。
今度から、胸元を盗み見るのは止めておこう。
「お連れ致しました」
今度は扉をノックし、普通に入ってきたザクスクさん。
彼女は、メイド服を着た女性を連れていた。
思いっきり良く盛り上がった胸元に、何かの紋章が小さく刺繍されている。
「アレは、ペンブルック家の紋章だぜ」
マルクが囁く。
ペンブルック家と言えば、古くからある家柄の貴族だ。確かウェールズ伯爵位。
それほど領地は広くないものの、王家に連なる血筋であり、探索者ギルドなんかでお目にかかる家じゃない。
俺の視線が、紋章に釘付けになったのも仕方ないことだろう。
さわっ…
俺の二の腕に、何かが触れた。
目だけを動かすと――!
ザザザザクスクさんッ、何をされているのでしょうか?
その豊満な胸が、俺の二の腕に触れるか触れないか、微妙なとこで揺れている。
俺の意識が紋章から逸れたのも仕方ないことだろう。
「突然のお呼び立て、失礼致します」
メイドさんが、教科書のようなお辞儀をする。
紋章が弾け飛ばないか心配になるほど、胸元が強調された。
「どうか、当家の跡取りを取り戻して下さいませ」
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昨夜のことだ。
ペンブルック家に賊が侵入した。
鏃の付いた高い塀を越え、番犬が見回る庭を越え、鍵を閉めた窓を開け、族は跡取りであるご子息、ギルバートを誘拐した。
ベッドには、1枚の紙が残されていた。
“跡取りを返して欲しくば、エノレスの涙を中堅探索者に持たせ、エンキドの酒場に向かわせろ”
紙にはそう書かれていた。
「そこで、中堅であり事件解決の経験もあるお前たちを勧めた、というわけだ」
フンッ
ギルド長のお言葉に、鼻息1つで不満の意を表す我がリーダ。
いつもは温和なチョムスが、なぜこんな荒れているのか?
そして、メイドさんの紋章に視線を走らせようとするたびに、ザクスクさんが胸を揺らすのはナゼなのか?
「当家の主人リチャード様は、エノレスの涙は失っても良い、と申されました」
メイドさんが俺たちを見据える。
「どうか、ギルバート様の安全を第1に、お願い致します」
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4頭立ての馬車に揺られて数十分。
ペンブルック城に到着した。
俺は、心底疲れ切っていた。
監視役のザクスクさんが俺の目の前に座り、馬車が揺れるたびにその胸がぽよよんぽよよんするのだ。
見てはならぬ、見てはならぬと思えども、視線を逸らせばその向く先はメイドさんの胸の紋章。
俺が見るのは断じて紋章なのだが、そのブブンを凝視するのは誤解を招きかねない。メイドさんとはいえ伯爵家の方である。無礼者として逮捕されちゃうかも知れない。
仕方なく俺は、ザクスクさんとメイドさんの間に座るシノブを見ていた。
馬車の揺れの中でも彼女の胸は微動だにせず、俺の視線を吸い寄せることもナイ。
あまりにシノブばかり見てたせいか、最初は”?”マークを浮かべてた彼女の顔が、次第に赤くなっていった。後で誤解を解いておかねばならん。俺もできれば、シノブ以外のどちらかを見たいのだ。
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「ペンブルック城へようこそ」
屈強なドアマンがどデカい扉を開くと、タキシードを着た紳士が俺たちを出迎えた。
「私は当家の執事、セバスチャンと申します」
凄いぞ、執事って本当に居――
あれ、でじゃぶー?
あのー執事さん。
あなた、リッチモンド家に居ませんでした?
「おりました」
やっぱり!
再就職できたんだね。
とまれ、邸内に招かれ、伯爵夫妻とご対面である。
とは言っても、チョムスの真似をして跪き、顔を上げぬようにしていたため、夫妻の顔は見てない。まぁ見る必要もナイ。
ただ、メイドさんの名前がエレンで、彼女はメイド長だったことが判明した。館には何人ものメイドさんがいらっしゃって、形の良いおみ足が視界に入る。眼福である。も少し上の方も見たかったが、そこは我慢。
エノレスの涙は、伯爵からメイドさんへ、エレンからマルクへ渡された。彼ならスられるようなヘマはしない。はずだ。
「ギルバートのこと、私たちの息子を宜しく頼む」
「はっ」
伯爵から俺たちへのお言葉は、それだけ。
まー雲上人だからなー




