痴漢と冤罪の存在確認【事件編】
フーダニット--加害者は誰なのか。
そこを考えてください。
「どうだい。見てくれよぉ、これ!」
マルクが見せびらかしてるのは、先日購入した短刀だ。
「張り込んだ甲斐があったよぉ。この色、この曲線」
壺じゃないんだから、刀は使えてナンボだぞ。
「そうだ。腰の物などどうでも良い。大事なのは己の腕だ」
いやシノブ、お前侍だろ。刀は武士の魂じゃ無いのか?
「ブシ?なんだそれは」
ダメだ。この世界に日本文化は、中途半端にしか伝わってない。
「まだ日は高いし、ちょっと試させてくんないかなぁ?」
ねだるように言うマルク。
「ま、良いじゃろ。実際、使ってみて鈍だったりしたら洒落にならん」
「ヒャッホィ!いや、僕の目は確かだよぉっ!」
というワケで、装備を整え、迷宮に潜る。
「試すだけなら1階層で良いじゃろ」
「多ク、振レ」
久しぶりにンゴイブが発言した。
確かに武器を新調した際は、弱い敵に数多く戦闘をこなした方が良いと聞いたことがある。
それまでの武器との微妙なバランスの差、リーチの差、それらを身体で覚える必要があるからだ。
力より先ず刃筋。それを整えてから、次第に力を込めて行く。
マルクもそこは慣れたものだ。
「おお、新人たちが訓練してるぞ。懐かしいな」
探求者を目指す者は、訓練場と呼ばれる学校で教育を受ける。
ある程度の腕になったら、迷宮の入り口近くで実戦を経験する。
横には教官が付き、危なくなったら支援してくれる。
自動車教習所で言えば第2段階。路上教習ってヤツだ。
「相手は霊魂か。運が良いな」
霊魂は非常に弱い化物で動きも速くない。だが小さく浮遊している。刃筋を整えるには良い相手だ。
たとえ新人が攻撃されても削られるHPは-1程度。まず死ぬことはない。俺たち中堅ともなると、HPが減ることすらない。
このため訓練には最適だが、なかなか見つからない。
「いやそれが、最近おびき寄せる方法が見つかったらしぃぜ」
マルクが言う。
「情報屋のラルスが1,000マニーで売ってた」
買ったのか?
「いや、今更霊魂に1,000マニーはないなぁ」
マニーはこの世界の貨幣単位で、ざっくり1マニーが1円。
ラルスに1,000円払えば、おびき寄せる方法を教えてくれる。が、今更俺たちには必要ない。
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1階層を探索していると、悲鳴が聞こえた。
「た…助けて!」「誰かっ!」
他の探求者の声だった。
戦闘時の別パーティから助けを求められるのは、かなり珍しい。
別パーティと混在した状態で化物と会敵するのは、極めて危険だ。
戦闘時には、剣の軌道、誰がどのような呪文を発動させるか、そこらへんを阿吽の呼吸で連携する。
もし、呼吸が合わなければ自爆だ。剣や呪文が味方に当たる。
声がする方に行って見ると、霊魂の大群が探索者を襲っていた。
俺たちにとっては撫でられるくらいの攻撃力しかないが、新人探求者にこの数はヤバい。
「来光」
チョムス、なぜそんな祈りを…と疑問に思った。
来光は闇領域に光を注ぐ呪文で、ここは闇領域じゃない。
だが次の瞬間、大群の霊魂が蒸発した。びっくりした。
「来光は、神の祝福により光を齎す呪文じゃ。霊魂程度なら、この祝福で払うことができる」
へー。そんな使い方があったのか。
「あ、ありがとうございました」
見るからに新人の若者たちが礼を言う。
「よいよい。この貸しは、お主らが成長したら新人探求者へ返すのじゃ」
なんかすげー良いこと言うチョムス。
「それにしても、なんでレアな霊魂があんな大群で襲って来たんだ?」
マルクが疑問を口にする。
「あ…」
「そ、それは…」
「おおかた、情報屋のラルスから得た方法だろう」
言わずとも良い、とシノブが手を振る。
情報屋から得た話を別のパーティに言うことは、仁義に反する。
「ありがとうございました」
若者たちが去った後、嗅ぎ慣れた匂いが鼻を付いた。
血の匂いだ。
だが、若者たちの中で深手を負ってた者は居なかった。
「おい行くぞ、モリス」
謎はそのままにして、俺たちは前に進んだ。
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「むー」
マルクが唸っている。
その短刀、やっぱ鈍だったのか?
「いや、今まで使ってた物より良いのは確かだ。確かなんだけどさぁ…」
値段の割に、さほど良くはなかったらしい。
「武器に金を使うくらいなら修練だ。刀が折れるくらい修練しろ」
いやシノブ、お前は折りすぎ。
彼女の斬撃は速く、刀の消耗が激しい。
ただ、日本刀は無銘の物ならそれなりに見つかるし、彼女は長剣でもイケるクチだ。でもやっぱり、日本人として刀は大事にしてほしい。
マルクの練習のため、1階層の闇領域に突入する。
来光で払える闇だが、敢えてチョムスは祈らない。
闇に覆われている間は、多少だが会敵率が上がるのだ。
とはいえ、1階層の化物からの攻撃など、俺たちにとっては――
キャァッ、という声が響いた。
シノブのそんな声は初めて聞いた。
「来光ッ!」
チョムスの祈りにより、光が注がれる。
化物の姿は無い。
シノブは五体満足だ。怪我もしていないように見える。
「どうした!」
マルクが周囲に目を走らせながら言う。
「そ…その、誰かが私の脚を触っ…」
一気にダレた。
チョムス、マルク、ンゴイブが、しらーとした目で見る。
俺を!
なぜ俺を見る。
「脚くらい触らせてやれよぉ」
「モリス、1階層とはいえ油断しすぎじゃ」
い、いやッ、違!
「…」
ンゴイブは無言だが、俺を責める目をしている。
俺は無実だ!
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濡れ衣だ、冤罪だ、不当逮捕だ!
地上に戻ってから、俺は訴えた。
懇々と説明し、切々と主張した。
4名はまだ俺を疑っているようだが、本当に俺は無実だ。
「ん、お前らも被害に遭ったのか?」
パーティ•ジュニエのリーダ、アインが話しかけてきた。
「オ前ラ”モ”?」
ンゴイブが反応した。
「ああ、最近迷宮の闇領域で痴漢に遭う娘が増えていてな」
だーかーらー、俺じゃないッ‼︎
一斉に俺を見る4人に、俺は断言した。
「~というわけで、どの件も犯人は不明。治安部隊もそんな件に関わる暇は無いと、調査していない」
アインが色々情報をくれて、ようやく俺の疑いは晴れた。はず。
「むぅ。疑って悪かった」
チョムスが謝ってくれ、ンゴイブも申し訳なさそうに頭を下げる。
「僕はもぅ、そこまで飢えてたかって思っちゃったよぉ」
「そこまでって何よ!」
マルクとシノブがいつもの喧嘩を初め、場が和んだ
「そもそも、この私の脚線美は探求者の中でもトップクラスよ!」
はいはい
「うむ」
アインが頷き、シノブは目を輝かせる。
「痴漢に遭う娘はヒューマンが多いんだが、何人かエルフも居てね、相談を受けている」
大概、パーティの後衛が疑われる。俺のように。
「解散寸前まで拗れたパーティもある」
「そんな…そこまで拗れるくらいなら…いいのよ?」
だから違うって!
このままでは俺の社会的生命が危ない。
犯人を捕まえねばならない。
とはいえ。
チョムスの”来光”で、周りに誰も何も居なかったことは確認済みだ。
まさか他のメンバがシノブの脚を触るとも思えない。
俺の調査は早々に行き詰まった。
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「犯人を見つけて下さいっ!」
次の日、居酒屋エウレクで呑んでると、いきなりそんな声がした。
貴女は、えーと…
「パーティ•ウルニンのアンと言います」
思い出した。
パーティ•ウルニンは女性だけのパーティで、しかも美女揃い。
その中でもアンは、彼女の胸は、この俺の目をもっても測り知れぬ大きさを持っている。
そんな彼女に痴漢とはなんて羨ま――否、許すまじ。
「パーティ存続の危機なんです。犯人を見つけてくれたら私何でも――」
ん?
今、何でもって言ったよね!
「それは正式な任務ってことで良いのかな?」
マルクが余計なことを言う。
「え、ええ。報酬は…あ、この前モーニングスター+5を見つけたんですが、私モーニングスターが苦手で…」
「受けるッ!」
チョムスが身を乗り出した。異様な食いつきである。
バンバン俺の肩を叩きながら言う。
「此奴も容疑者の1人なんじゃ。犯人を見つければ疑いも晴れ一石二鳥…あ」
まだ容疑、晴れて無かったのかよーっ!
泣き真似をしながら、脚を俺にそっと差し出すシノブ。
アンが俺から身を遠ざける。
ぷんすか。
散々な俺がムクれても仕方ないと言えよう。
だが俺は心の広い男だ。
話くらいは聞いてやらんでもナイ。
特に美人の女の子になら、いくらでも心を広くすることができる。
だがシノブ、手前ェはダメだ!




