帰ってきた泥酔者【調査編】
空気が重い。
「次は、被害者の茶室を見るか?」
この空気を作った元凶であるレストン隊長が言う。
全く空気を読んでない発言である。
いや、できれば血の海は見たくナイ。
迷宮でこそ血の海を見ることもあるが、アレは探索。殺人事件とは違う。
この場所で、判ってることだけ教えてほしい。
「いいぞ。じっくり教えてやる」
レストンは俺の横に座り、脚を組む。
「キヘン、席を外してくれるか?」
カクカクと首を縦に振り、部屋を出て行くキヘン。
ちょっとチョムス、ンゴイブも!
一緒に部屋を出て行こうとしない!
それに治安部隊員の人。アナタ出てっちゃダメでしょうが!
「できれば、お前だけに伝えたいんだが…」
いやそれ違う話でしょ!
「いや、治安部隊の極秘調査結果なんだ」
あ、そゆこと。
でも、2人きりはマズい。
後でどんな噂が流れるか、わかったモンじゃない。
いや、こっちを見てるマルクの目が告げてる。
思いっきり話を膨らまして、盛って、アルことナイこと追加しとくって目だ。
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「これは極秘事項だ。秘密は守って貰うぞ」
レストンが真剣な表情で言い、俺たちもまた表情を引き締め頷く。
「実は、人間の血には4種類の型がある」
ん?
レストンは凄いドヤ顔をして言った。
「A、AB、O、そしてD型。それによると、凶器についていた血液はO型だが、足跡の血液はD型だった」
それを言うならB型!
なんだよ極秘事項って、血液型の話かよ!
「お主、異世界人じゃな」
突然、声が割り込んだ。
見れば、歳を取ったノームが1人。
「儂はパラケルスス。錬金術師じゃ」
手を差し出して来たので、握手。
「血液型鑑定は儂が行った」
「お主が元いた世界では、血液型など常識じゃったかも知れん」
皆と挨拶を交わした後、パラケルススは言う。
「じゃが、こちらではそのような知識は貴重じゃ」
血液型鑑定は、捜査に有用な重要機密らしい。
ところで、凶器の血がO型で足跡がB型って…
シノブが思慮深げな顔をして言う。
「ひょっとして、食屍鬼になるとB型に…」
なるかッ!
謝れ。全国のB型の皆さまに謝れ!
「お主、血液型は?」
Bデス。
「死因は、腹部大動脈切断による出血多量。傷跡から凶器は横に落ちていた日本刀で間違いないじゃろう」
パラケルスス、検死官も兼ねてるらしい。
「斬られた、というより貫かれた傷じゃ」
「死体の前方、及び腹腔内に大量の出血があった。それはO型じゃったが、死体そのものは儂が調べる前に焼却されとった」
血の海になっていた部屋にはB型の血液。それも大量に。
「人間1人分としては、多すぎる量じゃ」
?
実はもう一人、被害者が居たとか?
「この島で他に死体は見つかっとらん。が…」
食屍鬼になって彷徨ってるかも。そんな想像が頭を過る。
「後、ここにあった死体じゃが、死後に動いた形跡がある」
それは、やっぱり食屍鬼?
「いや、何者かが動かした可能性もある」
普通に考えれば、そっちの可能性が高い。
だが誰が、何故?
「動機がありそうな者は、おらんかったんか?」
長考に入った俺を横目に、チョムスが聞く。
「殺されるほどの動機は、無い」
レストンが答える。
「ただ――」
「ただ?」
「この店の主人、キヘンを殺す動機がイエムンの方にはあったかも知れない」
「何じゃと?」
チョムスが硬い声を出す。
「先月亡くなったイエムンの妻――イワトは、若い頃キヘンと付き合っていたらしい」
レストン隊長の説明に、チョムスがフサフサした右眉を上げる。
「当時、彼女は探索者でキヘンと同じパーティだった」
パーティ内で付き合いだして結婚することは、それなりにあるらしい。
「キヘンに捨てられたの?」
シノブが身を乗り出す。
「いや、そんな証言は無かった。そもそもイワトの片想い――無理な恋だったのかも知れない」
無理って?
「イワトは、ヒューマンだった」
俺の問いにチョムスが応えた。
?
チョムスの応えで皆は納得したみたいだが、俺はポカン状態である。
ヒューマンだと恋は無理なのか?
皆が首を縦に振る。
そんな!
「あ、いや。普通ドワーフは、ヒューマンをそういう対象に見れないんだ」
マルクが解説してくれた。
「まぁ僕たちホビットも、ヒューマンは女として見れないなぁ」
「儂らノームもな」
「俺モ」
いや、蜥蜴人は言わなくても分かる。
でもでも、シノブはハーフエルフだよ。
エルフとヒューマンのハーフってことは、種族を超えた恋もアリだよね。
「エルフとヒューマンだけよ、種族を超えた恋が成立するのは」
そなの?
「いやそうでもない」
意外なところから反論が出た。
レストン隊長だ。
「私には人虎の血が混じっている」
結局、ヒューマンは、エルフ、人虎、人狼と種族を超えた恋を成立させるが、他の種族間はムリらしい。
例えばドワーフとノームはムリだし、エルフと人虎もムリ。
ヒューマンだけ。見境いナイのは。
いやでも、イエムンはイワトと結婚してたんだよね。
ムリじゃないんじゃない?
「結婚はしとったが、男と女というより友人じゃった」
チョムスがポツリと言った。
チョムスによれば、50年ほど前にイワトが探索者を辞め、キヘンと一緒にこの店を始めた。
「辞めた理由は?」
「イワトの年齢じゃ」
多種族に比べ、ヒューマンの老いは早い。
ドワーフとホビットの寿命はヒューマンの倍。ノームは3倍。エルフに至っては4倍の寿命を持つ。
ちなみに蜥蜴人を含む獣人たちも、ヒューマンより長いらしい。
だから同じパーティを組んでも、ヒューマンだけが先に引退する。
「その時、キヘンが実家の店を継いでイワトを雇った。だから周りはキヘンとイワトが付き合ってると誤解したんじゃろ」
じゃが、とチョムスは首を横に振る。
「キヘンとイワト、そしてイエムンは親友同士じゃった」
そこに色恋は無かった、とチョムスは言う。
「その後、キヘンが仲をとりもち、イエムンがイワトを娶った」
「だが、イエムンがキヘンに騙されて結婚した、という者もいる」
それが動機となるかは分からないが、とレストン。
「儂は信じぬよ。たとえキヘンがイワトとどんな関係であっても、イエムンはキヘンに感謝こそすれ、殺意など抱いておらんかった」
「夫婦の間の事だ。どんな感情があったかなど、周りには分からないものだろう?」
正論を口にするレストン。
周りでは「お前、結婚したこと無いくせに!」という言葉を飲み込んだ者たちが、のたうちまわっている。
口に出したら命は無いからだ。
50年前に探索者を引退したってことは、イワトの年齢は?
「享年84才」
寿命だな。
イエムンの年齢は?
「119才。ちなみにキヘンは128才」
ヒューマン換算で59才と64才。まだ数十年は生きられる年齢だ。
俺はパラケルススに問う。
事件の関係者でB型の者は?
「おらん」
1人も?
「1人もじゃ。ちなみにここ数日、島内で大怪我した者もおらん」
では、そのB型の血の足跡は何だ?
俺はふと思いつき、固有能力を使った。
叡智
一種のネット百科事典だ。
制約はあるが、大抵の知識はこれで得ることができる。
「イエムンを復活させれば、犯人は一発なのになぁ」
「無理じゃ。食屍鬼と化した者は復活できん。日が変わる前に灰にせねばならん」
傍で、マルクとチョムスが、ボソボソと会話していた。
「というわけで、捜査は手詰まりだ」
レストンは肩を竦め、俺を見る。
「だから、ダーリンがこの事件を解決してくれたなら、何でもしよう」
ん?
今、何でもするって言ったよね!
つか、さらっとダーリン言うなし。
ふと、違和感を感じた。
さてみなさん。
ここで数分お時間拝借し、いったい何がどうなったか考えて頂きたい。
【解決編】は明日(7/29)投稿します




