帰ってきた泥酔者【事件編】
ファットダニット--いったい何が起きたのか?
そこを考えて下さい。
「その日の前夜――おそらく午前様になってた頃合いだ。もうカンバンだ、とヤツを叩き出した」
目の前には厳ついオッさん。いや、ドワーフ。もとい、ドワーフのオッさん。
「次の日の昼ごろ、仕込みの為に店に行ったら奴ァもうそこに座ってやがる」
とドワーフ――確かキヘンという名だ――は俺たちが座ってる丸テーブルを指す。
「まだ開けちゃいねェ!と怒鳴ったが反応がない」
そこでキヘンは目を伏せる。
「よく見たら、もう冷たくなってやがった」
ガタタッ
俺たちは慌てて立ち上がった。
「何でィ、ちゃんと拭いてあらァ」
いや、そーゆー問題じゃナイ。
「不思議なことに、ほとんど血は流れていなかった。一方――」
と、俺たちを連れてきた治安部隊員が、眼鏡の奥から冷たい視線を注ぎながら言う。
「被害者の自宅は血の海だった」
躊躇いながら再び席に着いた俺たちに、説明を続ける隊員。
「状況から、被害者のイエムンは自宅で腹部を刀で斬られたと考えられる」
チョムスがキヘンに目をやる。
「やはり、奴だったか」
頷くキヘン。
チョムスは暫し黙祷した。
知り合いだったようだ。
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ここは居酒屋ヨツヤン。
俺たちも、何度か来たことがある店だ。
肉料理、特に牛肉の美味さと量に定評がある店だ。
「死んじまうンなら、もっと呑ませてやりゃァ良かった」
そう店長のキヘンが言う。
「ヤツのボトルも、未だ残ってるってのによォ」
「それが、被害者は死んだ後にこの店へ向かったらしい」
は?
隊員の言葉に、全員が耳を疑った。
「被害者の自宅――母屋と別棟になっている茶室は、血の海だった。あの出血量で生きているはずはない」
と隊員は続ける。
「血溜まりの中には、凶器と思われる刃物が転がっていた。そして、茶室から外に向かう血塗れの足跡が…」
ヒィッ!
「調べたところ、被害者の靴跡と一致した」
ファッ⁉︎
「つまり」
隊員が厳しい目で俺たちを見渡す。
「被害者は死んだ後、この店に歩いて来たことになる」
へ?
「死んでも酒を呑みたがるたァ、奴らしい」
キヘンがしんみりと言う。
横でチョムスがウンウンと頷いている。
色々ツッコミ処は満載だが、先ずは教えて頂きたい。
なんで俺たち呼ばれたの?
「私が呼んだ」
扉が開き現れたのは、泣く子も黙る治安部隊の隊長。レストンだった。
「死者が歩くなど、あってはならない。もし、あるとすれば」
食屍鬼。
迷宮の化物の一種だ。
だが化物は迷宮外に出られないハズ…
「確かに迷宮外で化物は発見されていない。だが、出られないと証明されたことも無い」
なんですって⁉︎
「もし化物が外に出られるとなれば問題だ」
大問題だ。
「早急な解決が必要だが、捜査は行き詰まった」
そこで私は、とレストン隊長は俺を見る。
「ダーリンなら、この謎を解けるんじゃないかと考えた」
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沈黙が痛い。
なにその”お仕置きだっちゃ!ピシャーンッ。うぎゃー”みたいな呼び方。
そして俺を見て、バッチーンと音が出るようなウィンクをするのはナゼだ。
「水臭いことを言うな。素肌を晒し合った仲じゃないか」
いや、そういう表現しちゃダメ!
ちょ、チョムスにマルク。なに目、丸くしてんだよ。
君たちも一緒にいたでしょ。前回の事件の身体検査の事だよ!
だが、あまりのコトに、俺の喉は一時的に機能を停止したらしい。
口をパクパクさせるだけで、声が出てこない。
沈黙は続く。
俺は沈黙に耐えきれず、救いを求め辺りを見渡した。
皆、目を丸くして俺を見ている。
驚愕した蜥蜴人を見たヒューマンは少ないんじゃなかろうか。彼らは表情筋が発達しておらず、鱗に覆われた顔と相まって表情が読みにくい。
ンゴイブが今、浮かべてる。
これが、驚愕だ。
その時ようやく、治安部隊員が沈黙を破った。
「ほぅ」
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「すげーよなぁ。一種、勇者だ」
マルクがチョムスに囁く。
でも聞こえてるからな。後で覚えとけよ。
「まぁ胸のデカい女が好みってのは知って――ヒィッ!」
マルクお前、俺に教えてくれたよな。
シノブの前で胸の話は厳禁だって。
ミシィッ!
机が軋む音がした。
シノブが握っている部分が陥没している。
軋むどころじゃない。握りつぶされそうになってる。
「――なんて…」
な、なんでしょう。シノブさん。
「男なんて…」
ヤバイ。
まさかその机、投げたりしないよね。
いくらなんでも、それはダメだからね。
もー結構、アブナイ線まで来てるんだから。
話を胸から逸らすべく、俺は質問した。
そ、そのっ…遺体は今どうなってるのでしょう?
「夜に――食屍鬼になる前に、焼却処分致しましたッ!」
直立不動で治安部隊員が報告した。
Sir! Yes,Sir!みたいな感じだ。
なにその態度の変化。そして畏怖の視線。
前回の事件でも見た記憶があるが、その視線はやめて。
なんか俺、そんな勇者とかじゃないから。ホント。
「悪いことは言わん。早々に事件を解決した方が良い」
チョムスが重々しく言う。
俺を見て。
なんで俺が⁉︎
「運命じゃよ」
だからやめてって!
運命なんて言う僧侶は、ロクな者じゃないからね!
図を描かねばならんので【調査編】は明日(7/21)投稿します。




