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 それはある一つの艦だった。敗戦濃厚の戦争で負けた艦だった。当然のように装甲はレーザー照射などで焼けており、穴が開いている箇所も多い。重力発生機は当然のように動いていない。


 艦内にはおぞましいまでの血が、無重力によって流れることもなく完全に固着している。

 宇宙母艦であったことを示す発着用のエレベーターは完全に故障して止まっている。

 かつていくつもの機体が止められていたハンガーには残骸した残っておらず、誘爆した跡だけが残っている。

 最早残骸としか言えない艦橋にも人の姿はない。中心部であるCICにもメインシステムの中枢が生き残っているだけで、生命は誰もいない

 数少ない生き残った対空砲と、たまたま誘爆を逃れた大型ミサイルコンテナがあたりを警戒するように動いている。

 メインエンジンは再起動不可能状態にまでなっており、サブエンジンだけが大鳳を気流の中を通るように軌道修正を行っていた。


 こんな姿の艦だが、前面部にはかすれてほとんど見えないZ旗の模様が見える。今、まだ所属しているのかは此処からはわからないが、第一航空艦隊所属、一番艦、大鳳である。同時に最後の総合艦隊の旗艦だった。

 母星を出るときには七十機近くの戦闘攻撃機、早期警戒機が積まれていたが、飽和攻撃にあえなく撃沈。最新の技術が積み込まれた処女航海だった。


 漂っている他の艦とはメインシステムが生き残っていることが大きな違いだろう。大規模な計算によってエネルギーは隅々まで無駄なく供給されている。武装がかろうじて残っているのも、この計算によって自己修復装置がうまく動いたからだ。───それももう終わりそうになっているが。


「ん……」


 久しぶりの起床。とはいえ母星の時間では一週間程度しか経っていない。軽く五年は使用可と評価された艦体は、既に修復することを諦めていた。メイン、サブ、両システムの維持に全力を割いているが、それももう長くは持たないだろう。


「それで、なんで起こされたの?」


 スリープモードは余程の緊急事態が起こらなければ切られないはずだが……


「前方に巨大なスペースデブリを見つけたので」

「そうなの?」


 少女の目の先にはCICの跡地しか残っていないが、感覚自体は全長三百メートル以上の艦体と同じ。超音波と、光化学カメラを用いて前方を確認する。なるほど、当たれば艦体が折れるほど大きな残骸だ。


「あれ」


 その一部に文字が刻印されていることに気がつく。装甲は爛れており、甚大なダメージを負っていたがなんとか文字を読み取ることはできた


「翔鶴……?」


 同じ艦隊として出撃した同僚のような存在である。大鳳は翔鶴のメインシステムはどんな姿のホログラム体だったかと思い出しながら通信を試みる。


 試みる


 試みる


 試みる


 試みる……


「そう。死んでるのね」


 大鳳のメインシステムはそれだけ言うと、最早ただの残骸となった翔鶴の横を通り過ぎた。メインシステムからエンジン系統まで、翔鶴は何も息をしていなかった。つまり死んだと言うこと。大鳳のメインシステムはブルリと震える。


「ねえ、私がああなったらどうなるの?」

「消えますね」

「消えた私はどこに行くの? 今の私はなんなの」

「今のあなたは電気信号の塊ですね。そしてあなたは死亡後に採用されたため、消えることになります」

「…………人工知能の死ってどんなのなの」

「それはわかりません。私もまだ生きていますからね。人間もそうだと思いますが?」


 ただ、とサブシステムは続ける。


「眠ったのと同じような感覚だと思いますよ。苦しみは無いと思いますが?」

「やだ、やだよ。そんなの」


 メインシステムは床に三角座りをすると、誰もいない虚空を見つめる。


「私はそんな風に死にたく無い……」

「大丈夫ですよ。私も同じですから」


 翔鶴の姿が見えなくなった後、起動したバーニアが再び収納される。


 大鳳は全納式とも言われていた宇宙戦闘艦だ。武装、バーニア、アンテナなど壊れやすいユニットを頑丈な装甲で覆っている。これによって小さなスペースデブリなどを完全に無視して航行することができる。全てを隠して移動する様は中心の膨らんだ円柱のような姿だった。

 大型バーニアが収納されたのを感じると、少女は立ち上がり、CICを抜けて廊下へと出る。人の気配は一切せず照明も落とされた艦内だが、近くにある恒星のおかげでまだ明るい。最早天井と装甲の意味をなしていない穴の中を通ると、そこにあるのは広い飛行甲板。


 収納待ちや、出撃待ちの機体で賑わっていたそこだが、今は穴ばかりであり、黒く焦げた装甲が目立つ。少女は穴を避けるようにしてその中を歩いていく。

 なお、当然ながら外には高い濃度の放射線が走っており、更に気流と呼ばれるもの、の濃度が高いことによって有機物は腐敗しやすくなっている。普通の動物であったら出ることも出来ない環境だが、ホログラム体の少女には関係ない。艦内の有機物も既に何処かに消えた。あるのは無機物だけだ。

 少女はまだ形の残っている空間戦闘機に触れる。


「あなたが動けば出れるのかな?」


 棒のような場所にある磁力版で甲板に張り付いている戦闘機。動力源は完全に消失しており、コンピュータ系統も破損している。自己修復装置も資材不足で治せなかった品物。

 だが、たとえこの戦闘機が動いたとしても少女がこの艦から出ることは叶わないだろう。少女の人格部分だけで戦闘機のコンピュータの容量はかつかつだ。容量を増設しようにも空間戦闘機は元々無理がある設計なため、不用意に触れば宇宙の藻屑となる。壊れているので机上の空論に過ぎないのだが……


 今日も大鳳は気流に乗って静かに動いている。誰からも見つからない、フネの墓場を。

【後書き的なの】

さらっとした話です。電子世界の話を書いてみたいという気持ちと、なにもかも終わった後の虚しさ的なものが書きたいと思い書きました。


大鳳のモデルは勿論日本海軍のです。私は大鳳のZ旗を揚げて、日本海軍の最終段階の艦載機が並んでる姿が好きです。

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