悪戯
僕は思わずイアホンを外して、後藤に声をかけた。
久しぶりに後藤に会った僕は、冒頭から若干のいたずらを後藤に対して仕掛けた。それはしばらく会っておらず、学校も別々になり、疎遠になった後藤に対する、少々危険な賭けでもあった。
「しかしラインで他の奴にも呼び掛けたけど、返事をしてくれたのは後藤だけだったよ。でも僕みたいなやつだけのために待ち合わせするなんて、やっぱりお前はイカれてるなあ(笑)。」
後藤は最後の言葉を聞いて、一瞬戸惑ったように、微かに体を動かしたが、すぐに元の無表情、ノーボディーランゲージに戻り、何とも表現のしがたい普通の声で、こう僕の言葉に反応してくれた。
「……お前もな!」
その後藤の様子を見て、僕は、あの頃の空気感が今の後藤とも作り出せることを、確認したような気がした。僕には、かつての旧友同士で言い合った、『イカれてる』という言葉は、お互いの余計な虚栄心を打ち捨てて友人関係を築くための儀式であり、その関係の外部にある社会の中に厳然と横たわっているタブーへの一種の挑戦であり、『イカれてる』か否かという問題について提起することを無意味化する一種の記号でもあったように思われた。
後藤の家へ向かいながら、最近の大学生活のことなどから会話は始まったものの、話題はすぐに趣味のことに移った。
それは良いのだけれど、僕にはただ、知らないゲームの話をされて、それにどこまでついていけるかが不安だった。
「しかし俺にはシンヤが普段どう過ごしてるのか想像がつかないな。」
「うーん、そうね……。大学に入ってから自分の時間が増えたから、ネットでの活動が増えたかな。アンサイクロペディアの記事とか書くようになったよ。アンサイクロペディア知ってる?知らないかな。」
「ああ知ってるよ。記事を書くところがシンヤはやっぱり違うよな。あの大学に入るだけあってな。少なくとも俺にはできない類のものだ。」
「そんな、嘘ばっか適当に描いてるだけだよ(笑)。ところで後藤は相変わらずゲームは続けてるの?」
「んー、最近あまりやらなくなったなあ。」
その言葉は意外だった。
「へーそうなんだ。……後藤がゲームをやらなくなる時代が来るとはね。」
「そういう時代なんですよー。」
「そういう時代ねえ。……え、じゃあ今は何してるの?」
「呼吸してるんだよ。あとアニメ見てる。」
「明らかに後者の話を聞きたいな。」
「え、でもシンヤってアニメ見ないんじゃなかったっけ。」
「おいおい、僕は高校のころ深夜アニメ見てたよ、覚えてないの(笑)」
「もう忘れちまったよー。いわれてみればそうだった気もするけど。」
そこから僕たちはアニメの話に移った。正直、僕はそこまで当時アニメを見ていたわけではないので、知らないアニメの話がよく出てきたが、それを聞きながら、アニメも色々見てみようかという気になっていた。
後藤はアニメの話を長々としていた。後藤は以前とはうって変わって、ゲームに対する興味をそのままアニメにぶつけているらしかった。このアニメは典型的な日常系アニメの内容だ、あのアニメはゲームが原作だが、非常に面白い。ゲームが原作のアニメは案外名作が多いなどと後藤が語り、それに対して、そういうアニメもあったんだな、とか、面白そうだな、とか僕は合いの手を入れるくらいだった。
僕はアニメに詳しくなく、またリアクションがあまり上手ではない。だから、僕が後藤の話を聞いて、『僕もこのアニメを見たいなあ。』と心を動かされていることも、あまり後藤には伝わっていなかったと思った。でも、そんな僕に対してアニメのことについて、際限なく語り続ける様子を見ていると、後藤は高校時代の付き合いの中で、僕のリアクションを取ることを苦手としている性格をとっくに見通していたのかも知れなかったし、そんな僕の心の奥底を、どこか分かってくれているような、そんな感じもした。




