2話 異世界転生
ここはどこだ?
背中にごつごつとした違和感を感じながら、心地よい風で目が覚めた。目を開けると樹齢何千年いや何万年と言われても納得できるくらい一本の巨大な木の下で風でなびいている生い茂る枝や葉が見上げていた。
ゆっくりと頭を左右に傾け辺りを確認した。やはり見覚えのない景色だった。ずっと感じていた背中の違和感が巨大な木の根の部分だと分かった。
なぜかは知らんが身体中痛いし、さっきまで何をやっていたか思い出せないな。風にあたりながらもう一眠りするか......
再び心地よい眠りについた。
それからしばらく心地よい時が過ぎた。なにやら警戒しながらこちらに近づく二人。小学生ぐらいの少女が少年の顔を不思議そうに覗いた。
「お母様、この方はひどい怪我をしています。この方を怪我が治るまで家でみていただきませんか?」
「そうですね。あなたと同じくらいの歳の子を置いていくのは心苦しいですし、ここで死なれても困りますからね」
「それじゃあ......」
「仕方ないですね。家で看病しましょう」
「ありがとうございます」
「ただし、自分で看病すること。いいですね」
「はい、お母様」
こうして少年は親子に連れ去られた。
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ここはどこだ?
再びこの疑問にたどり着く。目を開ければ木の板でできた天井が目に入る。
さっきまで背中に当たっていたごつごつとした違和感はなく、ふかふかというとても寝心地が良い環境に変わっていた。
ゆっくりと頭を左右に傾け辺りを確認した。やはり見覚えのない景色だった。
右に向けば、小分けされた木製の窓枠にガラスが張り付いている。左に向けば、机やテーブル、イスなどの家具とベットのすぐ横にあるイスに座って分厚い本を読んでいる少女が見えた。その少女と目が合った。分厚い本をテーブルに置き、少女から少年に声をかけた。
「お身体の具合はどうですか?」
「問題ないよ」
「それは、良かったです。とてもひどい怪我をしていたんですよ」
確かに身体中痛かったとはいえ、そこまで心配されるほどの怪我をした覚えがないけど、適切な手当までされているな。
「そうだったのか......助けてもらった上に手当まで。ここまでしてくれた人に感謝を伝えてほしい」
「そんなことないですよ」
少女が急に照れ始めた。
なぜ照れているかはわからないが、かわいいなぁ。この子は天使なのか。金髪の長い髪、透き通った蒼い瞳、背は俺と同じくらいかぁ。
少女に見惚れすぎである。
少女ははっと冷静に戻った。
「まだお互いの自己紹介がまだでしたね。私は、アンリエッタ=グラッド=サラスと申します。どうぞアンリとお呼びください。それであなたは?」
俺を名前で呼ぶ人間なんていない。研究所育ちの俺に名前を付けられていないのは仕方ないことだけど
「俺に名前はない。周りの大人達からはNo.012と呼ばれていた」
「名前がないなんて可哀想です。私が名前をつけてあげます」
なんてこんなに親切なんだろう。本当ににこの子は天使なのか?
アンリは少年の名前を必死に考えた。
「012だからゼロ、いち、に……ワン、ツー……い……つ……木の下で寝ていたから……できた」
ついに俺の名前ができたらしい。
恐る恐る訊いてみた。
「どんな名前なんだ?」
「木下 いつねっていうのはどうですか?あなたの012と木の下で寝ていたのを組み合わせてみたのですが……」
それを聞いた俺は盛大に笑った。心の底から笑った。
「どこかおかしかったですか?」
「いや、おかしくはないよ。ただ、俺が木の下でいつまでも寝ているみたいに聞こえて」
やっぱりおかしく聞こえてくる。前にもこんなことがあった気がする。特殊部隊に配属されて、あいつらと初めて会ってしばらくしてからだったかな。あの時は、確か……
少し昔のことを思いだした。あいつらに、仲間に名前をつけてもらった。それ以外のことも鮮明に思い出したがどうやってここに来たのかは思い出せなかった。
「ありがとう、アンリ。君のおかけで大切なことを思い出したよ。俺にも名前はあったようだ」
「どんな名前ですか?」
30年前のあの頃に仲間につけてもらった大切な名前。それを忘れていたとはあいつらに合わせる顔がないな。
「俺は最上 樹だ」
「素敵なお名前ですね。いったいどんな意味を込められているのですか?」
「悪いが内緒だ」
「なんでですか。教えてください」
アンリは樹の胸ぐらを掴み、樹の身体が前後に激しく揺さぶった。
答える気は無いけどこれはやばい……
気を失いかけていたタイミングで扉が開いた。
「やっと目が覚めたみたいで良かったわ」
急にアンリの動きが止まった。
「お母様!!」
金髪の長い髪に透き通った蒼い瞳、そしてしっかりと出るところはでて、引き締まるところは引き締まっている。
アンリの天使のような姿は母親譲りのようだ。このまま成長すれば天使から女神にグレードアップするだろう。待ち遠しいものだ。
「この様子だと君の怪我は完治したみたいね」
「えっと……あなたは?」
「私はマリー=グラッド=サラス。アンリの母親よ」
「俺は最上 樹といいます」
「アンリとはすっかり仲良しみたいで良かったわ。樹さん、歳はいくつ?」
「12歳です」
「アンリと同じ歳ね。アンリは同年代の友達がいないのよ。だから、これからもアンリと仲良くしてくださいね。」
もちろんそのつもりだ。この天使と離れるのは嫌だからな。
樹は「はい」とだけ答えた。
「ありがとう。これからもよろしくお願いしますね。あと、アンリ。そろそろ稽古の時間ではないですか?」
「もうそんな時間ですか!樹さんまた後で伺いますね。」
テーブルに置いてあった分厚い本を持って足早にこの部屋を出ていった。
「では、君のこれからについて少しお話しましょうか」
「これからですか?」
言われてみればここでは助けられただけであって、ここに泊まる理由がないよな。アンリと一緒にいたいという理由だけでここにいるのもまずいか。
「そうです。あなたが身につけていた衣類はどれもこの世界の技術では作ることができない代物でした。あなたがいた世界はこの世界よりも技術的に進歩していると確信しています」
「話が見えないのですが」
「つまりですね……君がいた世界に興味を持ったということです」
どういうことだ?俺のいた世界に行きたいってどういうことだ?俺がいた世界とは別の世界ということか?ここはいったいどこなんだ?というかどうやってここにきた?それに……
情報量が多すぎて次から次と疑問の波が押し寄せて理解が追いつかない。
「えっと……」
「順番に説明するわね。ここは君がいた世界とは違う別世界。君はあの木の下でひどい怪我をして気を失っているところをアンリが助けた」
「アンリが俺を……」
驚いた。まさかアンリが助けてくれていたなんて。
「ええそうよ。この家でアンリが看病をしている間に私は君が着ていた服を少し調べさせてもらったわ。結果はこの世界の物ではなかった。そこで私は君がいた元の世界に興味を持ったってわけなのだけどここまでで質問は?」
つまり、俺はあの時、何らかの原因でこの世界に飛ばされてアンリやマリーの家でお世話になっているということか。俺が寝ている間にマリーは俺の着ていた特殊部隊の制服を何らかの技術を使って調べたということだろう。てかこの話長くなる気しかしないんだけど……
「この話長くなりますか?」
「君次第ね。でも目覚めたばかりでこんな話されても困るわよね。今日はここまでにしておくわ」
はぁー助かった。簡単に理解できる話ではないのを長々と続けられたら精神的にきつかった。少し身体でも動かして気を楽にしたいな。
するとマリーが樹の考えを見透かしていたかのような発言をした。
「庭でアンリが魔法の稽古をしているの。もしよかったら一緒に受けてみたらどうかしら?」
このおばさん、俺の心を読んだのか?!それに今、魔法と言ってたな。この世界にも魔法は存在するんだな。これもいい機会だし、身体を動かすついでに受けてみるか。
俺は庭で稽古しているアンリの元へ向かった。
ここから最上 樹の異世界生活は始まった。




