犬と少年と少女と
私は犬、主人のいない犬だ。
いや、かつては主人がいたのだが、捨てられた。
まあ、その話については過去のことだ。
それよりも、今のことを話したい。
空が赤い。
夕暮れ時だ。
「コロー」
凛とした声が聞こえた。私は公園のある木陰からこっそり顔を出した。
「コロ、おいで」
私は声の主である少女のもとに走っていった。
少女は百合という名前だ。近所の中学校に通っているらしい。
黒い髪を後ろで一束にまとめている、色白で、利発そうな少女だ。
百合は私の前で膝をつくと、こっそりと飯をくれるのだった。
「コロ、きいてよー。今日ねー、京太郎君とお話しできたんだー」
私はワン、と一回吠えた。
京太郎というのは、彼女が好きな少年の名前だった。
それでね、と話を続ける百合。
そんな彼女は微笑んでいて、なんだかうれしそうだった。
一通り話し終わると、彼女は立った。
じゃあねー、コロー。
百合はそういって私に手を振った。
私は百合を見送りながら、赤い空に目を細めた。
実は今の私にはもう一人『飼い主』がいる。
その『飼い主』はその日、雨が降る時にやってきた。
曇り空が辺りを覆い、周囲が暗い。
「おい、ポチ!」
そういって私に声をかけたのは、傘を持った少年。
肌の焼けた、背の高い少年、名を京太郎というのだった。
「ポチ、今日は弁当の残りくれてやるからな」
そういって京太郎は膝を曲げて、私を傘に入れながら、弁当の残りをくれるのだった。
私はそれにぱくつく。
「ポチ、きいてくれよー! 今日、百合ちゃんと話が出来たんだー!」
そういって京太郎はとてもうれしそうに笑っていた。
どうも京太郎という少年と、百合という少女はお互いを知っている――というより、お互いの知らない間に、相思相愛の関係のようになっているようだった。
一通り話し終わると、彼は、思い人と同じく、立った。
じゃあなー、ポチー!
京太郎はそういって私に手を振った。
私は雨に打たれながら、彼を見送った。
次の日だった。
次の日は、雨からカラッと上がった、晴れた日の夕方だった。
赤い夕陽がのぼっている。
「ポチー!」
「コロー!」
京太郎と百合の声がした。
「あ……」
「あ……」
私の視界には、顔を見合わせた二人の姿があった。
二人は夕日と同じように、頬を赤くしてうつむいた。
そして―――
「なあ」と京太郎が声を出した。
「はい!」百合が返事をする。
「……二人で一緒に飼わねぇか?」
「うん」
こうして、京太郎と百合は、二人して、私の世話をすることになった。