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007 テトの呪い

日間ランキング総合2位になりました。ありがとうございます。

「この二人の傷はかなり深いな」


 ファルマは倒れ伏した男女の身体に触れ、診察しているふりをする。

 もちろん目的は触れることのみだ。

 

「そうだ! 早く街へ戻らないと!」


「ポーションはあるか? 応急処置くらいにはなるだろう。悪いが俺は回復魔法は一切使えないから、これ以上は何も出来ない」


「ポーションはある。とりあえず飲ませよう」


 冒険者の男が一人ずつポーションを飲ませていく。

 

 ポーションとは、治癒効果のある薬草などで作った冒険者御用達の飲み物である。

 飲んだ者の傷口に作用し、治癒を何倍にも跳ねあげることが出来る。

 

「血は止まってきているけど、やっぱり治らないか……」


 ただのポーションでは、傷口の深さに合わなかったようだ。

 高級ポーションというものもあるが、まだ一流ではないこの三人組では手に入れることの出来ない代物である。


「だが、これなら街までは持つかもしれない。早く連れて行った方がいいぞ」


「ああ、色々助かった。俺はロイって言う。また街で会ったら何か礼をさせてくれ!」


「俺はファルマだ。期待しておくぞ、お大事にな」


 ロイは二人を担ぎ、ファルマはそれを見送る。

 街まで手伝うべきであったかもしれないが、ファルマにはテトがいるということもあり、ここでの別れとなった。

 幸い、ロイの力は強く、二人程度ならばそこまで難がなさそうだ。


「――3つか、まあ村の連中の分を合わせれば問題ない」


 ファルマは振り返り、森の中を進む。

 目的地は、さきほどビッグボアを見つけた辺りだ。



◆◆◆

「……こんなものか」


 ファルマはビッグボアの肉を解体し、カバンにしまう。

 必要でない分や食べられない部位は放置する。

 どうせすぐに霧散するからだ。


 忘れず魔石も拾い、テトの元へと歩き出す。


 川に戻ってきたとき、ファルマは言葉を失った。


 そこにいたのは、先ほどまでの薄汚れた奴隷少女ではない。

 汚れが落ち、本来の姿を取り戻した彼女は、まさに芸術品。

 頭の角さえも、テトの幼い見た目にアクセントを加えている。


「どうしたの?」


「……さっさと服を着ろ」


「ビショビショ」


「……」


 ファルマは無言でカバンから服屋で買っておいた清潔な布を取り出し、投げ渡す。

 キャッチ出来なかったテトはそれとトボトボ追いかけ、拾って身体を拭き始めた。


「気のせいだな」


 その様子を旗から見ていて、ファルマはこの少女を美しいと思ってしまったことをなかったことにした。

 確かに造形だけは一級品だが、表情や言動で台無しになっている。

 あと、ファルマは幼女趣味ではない。


 その後、テトが無言で今まで着ていたボロい服を差し出してきたので、ファルマはローブを着て誤魔化せと言っておいた。


◆◆◆

「――焼けたな」

 

 ファルマは適当に起こした焚き火で、ビッグボアの肉を焼いていた。

 テトからはすでによだれが垂れている。


「……食っていいぞ」


「あい」


 我慢の限界とばかりに、テトはビッグボアの肉にかじりつく。

 ビッグボアの肉は、火を通せばものすごく柔らかくなることで有名だ。

 シチューなどでよく使われ、肉の柔らかさがもはや庶民料理の範疇を超えている。

 今回は焼いただけだが、それでも十分なほどに旨味があった。


「美味い」


「それはよかった」


 ファルマは感情のこもっていない声でそう返す。

 食えれば何でもいいというファルマでは、魔物の肉だろうが家畜の肉だろうが同じなのだ。


「……ファルマ、優しい」


「どこがだ」


 肉を食べながら、テトはつぶやいた。

 優しいどころか、最低限のことしかしていないつもりのファルマからすれば、見当違いもいいところである。


「ファルマ優しい。だから……テトから早く離れたほうがいい」


 肉をかじりつつ、ファルマはその言葉を静かに聞いていた。


「――ひとつ言っておくと、口調や態度はどうでもいいが、周りから余計なことを言われないように呼び方ぐらいは変えろ」


「じゃあマスター? 前にテトを買った人はそう呼ばせた」


「それでいい」


 奴隷が主人を呼び捨てにしているとあれば、街中でそれを聞かれたときにどうでもいい文句を言ってくる人間もいるのだ。

 これは、ファルマが奴隷の店で商人のあの男から、注意点として聞いたことである。


「早く離れた方がいいというのは、お前の呪いに関係することか?」


「……そう。テトは呪われているから」


 あらゆる者を破滅させたと言う、テトの呪い。

 それには、近づいた者の運を極端に下げると言う効果がある。

 運というものは、どうすることも出来ない要素の一つだ。

 対策など出来やしない。


「最初にテトに優しくしてくれたおじさんは、拾ったテトにご飯をくれたり、柔らかいベッドで寝させてくれたりした」


 ――でも、その後に畑で野菜が育たなくなって、食べるものがなくなっちゃったから、申し訳なさそうにテトを追い出した。


「次にテトに近づいたのは、盗賊さんだった。テトを売ろうとしていたみたい」


 ――でも、その道中に魔物に襲われて、みんな死んじゃった。生き残ったのはテトだけ。


「ひとりになったテトを、今度は別のおじさんが拾ってくれた」


 ――でも、次の日に病気になって、お薬のためテトを売った。


「売られたテトを買ったのは、偉そうなおじさんだった」


 ――でも、その日のうちにおじさんの仕事がダメになっちゃった。だからすぐにテトは返品された。


「そのあとも、そのあとも。みんなテトを買って死んじゃったり、お仕事なくなったりした。テトに近づくと、みんな不幸になる」


 自分のことについて話すテトは、声色は変わらずとも、表情は少し悲しみを帯びていた。

 申し訳なさそうと言うのが近いか。

 幼い身にして、テトは一生分の不幸を体験しているようなものだ。

 そもそも半分人間ではない上に、その両親からは暴行のあげく捨てられている。

 それからと言うもの、近づく者は皆不幸になり、テトから離れた。

 孤独だったに違いない。

 辛かったに違いない。

 

 しかし、ファルマの表情は変わらなかった。


「――そんなことはどうでもいい。お前は、俺の荷物持ちさえしていればいいんだ」


 そう言いつつ、ファルマは焚き火を消すために水をかけた。

 水蒸気が発生し、火が消える。


「不幸には、ずいぶんと慣れたからな」


 ファルマは、表情のない顔でそうつぶやいた。

 そして、その足で炭となった焚き火の跡を踏みつける。


「お前は道具だ。余計なことは考えないで、俺に従っておけ」


 いつか捨てられるそのときまで――――。


 そう言ったファルマに、テトはためらったあと、小さく頷くことで返答する。

 命令されてしまえば、テトはファルマに逆らうことは出来ない。

 ファルマも、この話を聞いたからといって、一切優しくするつもりもない。

 奴隷と主人という絵にするならば、この二人の関係はまさに理想と言えるだろう。


「出発だ。カバンを持って立て」


「あい」


 腹ごしらえも済み、ファルマはテトを立ち上がらせる。

 カバンを背負ったテトを見て、ファルマはあることを思い出した。


「そうだった」


「あう」


 ファルマの手が、テトの頭を掴む。

 視界を塞がれたテトは小さく声をもらし、驚いた様子で固まった。

 直後、テトの身体から何かが割れる音が響く。


「……今の何?」


「何でもない」


 疑問を投げるテトをよそに、ファルマは振り返ってしまう。


 今のは、テトにかけていた呪いを解呪した音である。

『呪殺』スキルは、かけるときはともかくとして、解呪するには直接触れなければならない。

 他人にかけた呪いを解呪することなど滅多にないため、デメリットというほどのものでもないが。

 

 ファルマがテトにかけていた呪いは、スキルレベル2で覚えた『魔除け』である。

 魔力が弱い生物が近づけなくなる呪いだ。

 それがもたらすデメリットは、弱い魔物や動物、はたまた人間と出会うことが出来ないというものだが、使い方によっては安全を確保するというメリットが発生する。

 これにより、テトは水浴び中に襲撃されるということがなかったのだ。

 

「行くぞ――――ん?」


 出発しようとした、そのとき。

 ファルマは自分たちへの視線を感じ取った。


 それも、複数の――――。


「なるほど……見張られていたわけだ」


 川の対岸に、多数の眼が確認できた。

 それらはファルマたちの元へ近づいてきており、やがて全貌が明らかになる。


「多いね」


「多すぎだ」


 現れたのは、見たところ百匹近い小柄な鬼のような生物。

 耳障りな声を発し、獲物を目の前にして、元から醜い顔をさらに醜態に歪めている。


 大規模なゴブリンの群れ――それが、まるで波のごとくファルマたちに押し寄せた。

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