005 奴隷少女
ギルドから出たファルマは、まず服の店へ向かった。
自分の白い髪を隠すフード付きのローブを買うためである。
店はギルドからそう離れていないところにあった。
中に入り、ファルマは換金した金で迷わず黒いローブを購入。
それを羽織って店から出た。
「これならずいぶんと目立たなくなっただろ」
フードを深くかぶり、ファルマは街を歩き出す。
金はまだ31万G残っている。
これだけあれば、しばらく宿を取って飯を食べることが出来るくらいには大金だ。
当分依頼を受けたりする必要はないのだが、ファルマには別の懸念があった。
(荷物持ちがほしいな……)
そう、あれほどの素材、魔石を入れていたカバンを持ってくれる人材を、今のファルマは欲しがっていた。
正直な話、あれだけの荷物はどういう状況であってもかなり邪魔だ。
戦闘のときは一々下ろさなければいけないし、不意打ちされれば瞬時に動けない。
常に身軽にしてくれる存在が出来れば、ファルマもかなり動きやすくなる。
「となると、奴隷でも買うか……」
この発想に至ったのは、ファルマの目線の先に奴隷商人の店が見えたからである。
使える者は何でも使う主義のファルマは、時間があることをいいことに、中に入ってみることにした。
「いらっしゃい兄ちゃん。本日はどんな奴隷をお求めで?」
店の戸を開けて中に入ると、カウンターにいた男がファルマに話しかけてきた。
身なりは整っているが、その顔にどことなく怪しさを漂わせている男だ。
「荷物持ち用の奴隷がほしいんだ」
「荷物持ちか、それなら力が強い連中がいいだろう。ついてきな」
多少の馴れ馴れしさを感じながらも、ファルマは男の後ろについて行く。
奥の扉を開けて中にはいると、そこには地下への階段があった。
そこも下ると、真っ直ぐ続く廊下にたどり着く。
廊下の壁には牢屋があり、そこには種族も性別も歳も違う奴隷たちが入れられていた。
「力が強いのは、この辺だな」
男が指した場所は、体格が優れている男たちの牢だった。
屈強そうな者から、ただ脂肪がついているだけの者まで様々である。
「確かに使えそうなやつもいるな。この辺りの奴隷は、最低でもいくらで買える?」
「うーむ……」
男は少し考え、指を七本立てた。
「……それは?」
「最低でも70万G。都合のいい労働力は、どこも欲しがる人間が多くてね」
それもそうだと、ファルマは納得する。
しかし、自分の持ち金では到底届かない金額だ。
単純に倍以上を要求されていると考えれば、その差はよく分かるだろう。
「とてもじゃないけど手が出なかった。すまない、邪魔をした」
金が払えないならば、潔く去るに限る。
ファルマは踵を返して、奴隷商店をあとにしようとした。
「――待ちな、兄ちゃん」
「ん?」
そのとき、男がファルマの背中に声をかけた。
振り返ったファルマは、男が先ほどまでとは違って真剣な表情をしていることに気づく。
「一人……安く売れる奴隷がいる。パワーも申し分がないし、見た目もいい」
「……へぇ」
「訳あり、だけどな」
ついてきなと言い、男はさらに奥の方へ進んでいく。
少々興味がそそられたファルマも、それについていくことにした。
「これだ」
男が立ち止まったのは、一人の少女しかいない牢の前。
白い長い髪に、青い眼。
年齢は12歳ほどか。
その顔は整っているように見えるが、全身薄汚れていて分かりにくい。
もう一つ、明らかな特徴をあげるとすれば、その頭の左右に小さい角が生えていることか……。
「こいつは、オーガに孕まされた女の子供でね。運良く人の形で生まれてこれた不幸な子だ」
皮肉染みた言い方に、ファルマは疑問を覚えた。
「運がいいのに不幸というのは?」
「意思を持って人の形で生まれてきたのはいいんだが、それが原因でオーガの連中からは捨てられた。同じく捨てられた生みの親に育てられたはいいが、精神崩壊を起こした母親から散々なぶられて、挙句の果てにポイだ。終いにゃたび重なるストレスで、あっという間に白髪頭。これじゃだれも拾ってくれねぇ」
「……」
白い髪の毛は、この世界で忌み嫌われている物である。
本能的に、人々は白い髪を不気味がるように出来ているのだ。
そのせいか、後天性の白髪でも、周りとの関係が壊れるほどに影響力がある。
ファルマも、それが一つの原因で忌み子扱いされてきたこともあり、表情が引きつっていた。
「しかも、最近神父様に見てもらって分かったんだが、どうやら『呪い』持ちらしいんだわ」
「……なるほど」
呪い持ちとは、そのままの意味で呪われている人間のことを差す。
生まれながらにして呪いを持つ者が、この世界には存在する。
程度はあれど、基本的にはその呪いは災いしか引き起こさない。
呪い持ちと診断されたものは、人生を呪うのだ。
「たちが悪いことに、近づいた人間を不幸にしちまう呪いなんだとさ。こいつに親切にしたやつ、買っていったやつ。どいつもこいつも死んだり、没落したりで、こいつを手放す。んで、結局はまたここよ」
男はやれやれと言った様子で首を振った。
「処分はしないのか?」
「処分しようとはした。けど、処分しに牢屋に入ったやつが死んじまった。振り下ろした剣が外れて、床に当たって折れた剣の先が脳天へ直撃さ。それ以来恐ろしくて手が出ねぇ」
男の話を聞き、ファルマは難しい顔をして腕を組む。
呪殺士という天職になり、ファルマも『呪い』と言うものが見えるようになっていた。
その眼で少女を見ると、身体から黒い瘴気が立ち上り、確かに呪われていることが分かる。
相当強い呪いであることも分かった。
「こいつなら1万Gでいい。ただし、返品してきても金は返さないし、何が起きてもこっちは一切保証はしない」
「言い方に売る気を感じないな……売る気がないのか?」
「客に死なれたら困るだろ? 中でも兄ちゃんは、今は無理でも金が貯まり次第また来てくれる客だ。そこで死なれたら、奴隷一体分の利益が減るんだよ。だから出来れば買わないで金を貯めてきて欲しいもんだね」
「的を射ているな」
商人側からしても、客のニーズに応えられないのは気に入らないのだろう。
ファルマの注文に出来る限り応えようとしているのは、ファルマ自身にも伝わっていた。
「呪い、ね」
ファルマは、再び少女を眺める。
ふと、少女が顔を上げ、ファルマを見た。
曇っている、悲しい眼だ。
ファルマに、幼い日の光景が思い出される。
(ああ……確か、俺もあんな眼をしていた)
力がない頃の、屈辱の過去。
歯を食いしばって生きてきて、ようやく反逆する力を手に入れた。
しかし、ファルマは思う。
この少女には、まだ、それがないんだと。
(……単純に、こいつの呪いとやらにも興味があるしな)
男の紹介では、力は申し分ないという。
環境に多少の同情があったのは事実であるが、本命は荷物持ちである。
ファルマは少々の迷いを漂わせつつも、金の入った袋から金貨を取り出した。
「分かった、買わせてもらおう」
「そうかい、まいどあり」
ファルマが投げた金貨を、男はキャッチした。
「これで商売成立だ。ほれ、ご対面だ」
男が牢の鍵を開ける。
開いた扉から、ファルマは中に入った。
少女が顔を上げる。
ファルマと眼が合った。
「……名前はあるか?」
「――――テト」
その声は澄んでいて、とても美しかった。
「そうか。行くぞ、テト」
迷わず近づき、ファルマはその手を差し出した。
テトと名乗った少女は、恐る恐るその手に自分の手を乗せ、立ち上がる。
この日、ファルマは初めて仲間と呼ばれる存在を手に入れた。