004 白髪の呪殺士
ゴリの繰り出した拳を、ファルマは冷静に見切ってかわす。
天職を持つ者は、その時点で程度はあれど身体能力が向上する。
反射神経も向上し、人型の敵と戦う経験が少ないファルマでもさけることが出来ているのだ。
「すばしっこいな!」
姿勢を低く、ナイフを構えたまま片手と両足で動き回るファルマを、ゴリは追いかけつつ拳を繰り出す。
二人の体型はかなり違う。
ゴリはガタイがよく、ファルマは細身。
一回り以上の違いがあり、圧倒的に不利なのはファルマの方だ。
「おら! その無駄に整った顔面を砕いてやんよ!」
「ッチ……うるさい男だ」
鬱陶しそうに顔を歪めたファルマは、大きく距離を取るため床を蹴った。
それを見て、ゴリは口角を釣り上げる。
「バカが! 俺が近距離しか出来ねぇと思ってたな!?」
「っ!」
ゴリは、ファルマに向けて手の平を見せていた。
その手で円を書き、中心に拳を突き入れる。
「ファイヤーパンチだ!」
拳が円の中心に当たると、拳状の炎の塊が真っ直ぐファルマに向かって放たれる。
天職がない人間、または魔法を扱う天職じゃない人間でも、魔法は使える。
魔力を持つことが条件ではあるが、使えないわけではないのだ。
もちろん、使える魔法の難易度は天職持ちが圧倒的ではあるのだが――。
「直撃ィ!」
ゴリの拳と同じ速度で飛んでいった炎は、床に足をついたばかりのファルマに直撃した。
「はっ! ざまぁ!」
ゴリが嘲笑うかのように言葉を吐き捨てる。
もろに受けたファルマは吹き飛び、煙を上げてテーブルを荒らしながら、床を転がった。
「おい、ゴリラ! ギルド荒らすんじゃねぇよ!」
「うるせぇ! 俺の名前はゴリだ!」
ヤジに向かって声を張るゴリの表情は、言動の割にご機嫌だ。
大金を持った男を倒し、それがもうすぐ手に入るというこの状況で、気分が良くならないわけがない。
「へっ、今日は奮発していい酒でも飲むかな――――」
「――声がでかいんだよ、クソゴリラが」
「っ、おっと」
ご機嫌なゴリの顔の横を、ギルドの椅子が通り抜ける。
それと同時に、テーブルや椅子の木片の中からファルマが飛び出した。
「はっ! 生きてやがったか! あと、俺の名前はゴリだ!」
「もういい、終わりにするぞ」
「なっ、てめぇ……」
素早く動くファルマは、無傷であった。
ゴリには知る由もないが、このときファルマは襲ってきた村の男の中で、生きている者を身代わりとしていたのだ。
こう言ってはなんだが、ファルマには身代わりが村ひとつ分あるということになる。
「くそっ!」
「シッ!」
やけくそ気味に繰り出されたゴリの拳を、ファルマは片手で受け流しながら、懐に潜り込む。
そのまま空いている手で掌底を放ち、ゴリの胸に叩きつけた。
「ナイフ使わなかっただけマシだと思え」
「はっ、はは! 軽いなオイ! 別にナイフでもよかったんだぜ!?」
「はぁ……バカが」
ファルマはゴリの胸を指差す。
そこには、黒い魔法陣が刻まれていた。
「な、なんだこりゃ」
「『呪殺』レベル2、『感覚暴走』」
「うおっ」
ゴリの胸の魔法陣が薄く光り、全身に向けて黒い線が張り巡らされるように広がり始めた。
瞬く間に全身へと回ったそれは、まるで趣味の悪い刺青。
本能的に恐怖を感じさせるような何かが、その模様にはあった。
「あんたはまだ良い方だ。もう少し俺に敵対するようなことをしていたら、それだけじゃ済まなかったぞ」
「何を言ってんだ――」
「ほら」
ファルマが足元の木片を軽く蹴る。
それは弧を描いてゴリの肩に当たった。
「――――――ッ!?」
本来ならば、気も引けないような攻撃。
しかし、ゴリは肩を押さえて膝から崩れ落ちた。
「――ああぁぁぁあぁああああぁあ!」
「痛いだろ? もっとくれてやるよ」
ファルマは、しまっていたナイフを取り出し、ゴリへ向かって放り投げた。
ゆっくりと落ちていくナイフが、ゴリの身体を浅く斬りつける。
「ヒッ」
ギルド内に、大の大人の絶叫が響き渡る。
この騒ぎに関心がなかった者たちも驚き、全員がゴリに注目していた。
だが――。
「なんだあいつ? ナイフが掠ったくらいでわめきやがって」
「耳がいてー」
ギルドの冒険者たちは、ゴリの異常に気づいていない。
全身に伸びた刺青にも、胸元の魔法陣にも。
これは、『呪い』を受けた者にしか見えないのだ。
「へぇ、人間に使うとこうなるんだ」
悲鳴も止め、気絶してしまったゴリにファルマは近づいた。
その様子を観察したあと、再び胸元の魔法陣に触る。
「もう二度とちょっかい出さないようにしとこうか」
全身の刺青が、魔法陣に戻っていく。
最終的に残ったのは魔法陣のみで、刺青などは見る影もない。
しかし、ファルマの意志で再び刺繍は現れるだろう。
「これでよし――」
「鑑定が終わりました――って何の騒ぎですか……?」
「あ、気にしないでくれ、今行く」
ある程度時間が経ったせいか、受付嬢が戻って来ていた。
気絶しているゴリを蹴り飛ばし、ファルマはカウンターへと向かう。
「ま、まあ、ギルドではよくあることですしね……お怪我はないですか?」
「俺も相手もほぼ無傷だ。心配ない」
実質、ファルマは全身火傷を負っているはずなのだが、今のところ誰も突っ込みを入れる者はいない。
「そうですか。ではファルマさんの素材を鑑定したところ、32万ほどになりました。このまま納品していただければ、それだけの金額をお支払いします。もちろん持ち帰ることも出来ますが、どうしますか?」
「ああ、金に変えてくれ。素材も魔石も全部」
了承した受付嬢が、再び奥に戻る。
少し待つと、受付嬢は金の入った袋を持って現れた。
「32万Gになります。ご確認ください」
「ああ」
ファルマはそれを受け取り、中を見る。
ガシャガシャといじくり、大方何枚あるかを見積もって、ファルマは袋を閉じた。
「よし、確認した」
「はい。また素材、魔石があれば、ぜひギルドへお持ちくださいね」
「ああ、また来る」
ファルマは戦いの中で落とした自分のカバンを拾い、その中に金の袋を放り込んだ。
最後にゴリを一瞥したあと、ファルマはギルドから出て行く。
◆◆◆
「おい……さっきの白髮のガキ、何かやばくないか?」
「確かに、不気味だぜ」
騒ぎが去ったあとのギルドでは、さきほど暴れん坊のゴリと喧嘩をした男の話で持ちきりであった。
酔っていた者や、実力のない者たちはほとんど気づいていないが、いくつもの戦いを乗り越えてきた冒険者たちは、先の戦いの異常性に気づいている。
「なあ、思い出さねぇか? あの話」
「……お前も思い出してたか」
ギルドで飲んでいた男たちは話す。
言い難いことなのだが、話さなければいけないという使命感が男たちを動かす。
「――遥か昔の『呪殺士』って、白髪頭だったって話」
男たちの表情が、一気に青ざめた。