033 到着
忌み子であったファルマは、幼少期依頼ろくなものを食べていなかった。
精々、幼なじみの少女のおこぼれをもらっていたくらいか。
だからこそ味覚は衰え、いや、ある意味何でも食べられるように進化したとも言える舌は、現在味を感じなくなっている。
美味いものも不味いものも、等しく無味。
そんなファルマでも、どうしても消しきれないものがあった。
「――――これは不味いな」
目の前にあるのは、巨大ムカデの丸焼き。
足を千切って食べたファルマだったが、外は硬く、中は粘着性の肉の食感には耐えることが出来なかった。
味覚やらそう言った感覚の領域を超えている。
生理的に嫌悪感しか湧かない食材だった。
「いや……旦那、よくこれ一口でも食えたな」
「珍しく後悔している。二度と食わん」
ファルマは一口だけ欠けたムカデの足を、適当なところに放り投げる。
すると、それは地面に落ちる前に何者かによって掻っ攫われた。
犯人はそれを口に押し込んで、咀嚼していく。
「……なぁ嬢ちゃん。やっぱり食わねぇ方がいいと思うんだけど……不味いだろ?」
「不味い。すごく不味いけど、食べなきゃ動けない」
ボリボリと、テトはムカデを片っ端から食している。
不味いと言いながらも、その手は止まっていない。
このペースでは、あと数分ほどで食べきってしまうだろう。
「嬢ちゃんの燃費、最近著しく悪いよな」
「私もびっくり。一食抜かすだけで倒れるとは思っていなかった」
テトの食欲は、あの麻薬の街を出発してからどんどん増幅していた。
今日の昼はファルマが急ぐあまり抜かしてしまった結果、テトが日が暮れる前に倒れてしまったのだ。
そのため残り半日と言ったところで、彼らは停滞を余儀なくされた。
「そう言えば、嬢ちゃんって半分魔物だよな」
「そう」
「んじゃそれが原因かもな」
「何?」
反応したのはファルマだった。
少し興味が湧いたらしい。
「魔物ってな、魔王城に近づくに連れて強くなってくんだよ。これは魔王様から漏れ出す魔力が原因なんだけどな。だからこの森の魔物なんてバケモノ揃いだぜ? こいつも強かったし」
サルトビは不気味に揺れる木々の奥を差す。
ここは森の外れで、出現する魔物はそこまで強くない。
しかし、奥から感じる大きな気配たちが、サルトビの言葉の信憑性を上げていた。
「んで、外から来た魔物や魔族も、魔王様の影響を受けるんだわ。だから嬢ちゃんも力が増してると思うぜ?」
「へー。じゃあ――――」
「おいバカ!」
テトはおもむろに近くの木に拳を叩きつける。
かなり大きな音が響き、木が根元から折れて地面に落ちた。
その音に反応したのか、森の奥が何やら騒がしくなってきている。
「ほんとだ、つよい」
「バカこの! 逃げるぞ!」
「チッ」
サルトビはテトを脇に抱え、ファルマは荷物を背負ってその場から走り出す。
ざわざわと木々が揺れ、地鳴りのような音が響いてきていた。
確実に、彼らのもとへ何かが迫っている。
「軽率な行動はやめてくれ! ここの連中は夜だとオイラにも手に負えないんだから!」
「ごめん」
「口より足を動かせ、逃げ切るぞ」
三人は、慌ただしくその場を後にした。
森を抜けて、ようやく息を吐く。
後ろで揺れている木々を背に、三人は腰を落とした。
夜はまだ長い――――。
◆◆◆
「……ようやくか」
翌日、日が登り切って、ちょうど昼飯時。
三人は雲を貫かんとばかりにそびえ立つ城の前に立っていた。
見た目だけでなく、空気までも禍々しい。
常人が長居すれば、それだけで気が狂ってしまいそうな空気である。
「久々に帰ってきたぜぇ……」
「おっきい」
満身創痍と言った様子のサルトビ、特に何も感じていなさそうなテト。
あれから森の外へ逃げた三人は、翌朝に再び森の中を進んだ。
昼間は魔物の動きも少ない。
最低限の戦闘で走り抜け、ようやく魔王城へとたどり着いたのだ。
「はぁ……さっさと入ろうぜ。もうクタクタだわ」
「サルトビだらしない」
「誰のせいだと思ってんだろうな……」
「無駄口はもういいだろ。行くぞ」
ファルマが先を行き、三人は魔王城の巨大な門の前に立つ。
門の扉は開いていた。
魔王城の中はどうやら閑散としているようで、静寂が包んでいる。
「おい、サルトビ」
「何だ?」
「魔王城はこんなに寂れているのか?」
「いや、今は強い連中が全員出払っているからな。残ってんのは低レベルのやつらばっかだ。弱い連中は目立つと食われたりするからな、大体静かに暮らしてんのよ」
「なるほどな」
つまり、人がいないわけではなく、隠れているだけらしい。
「んじゃ、行こうぜ」
「ちょっと待ちなよ」
『ッ!?』
三人に強大な魔力がぶち当たる。
テトに至っては、身体を抱き込めるようにしてしゃがみこんでしまった。
かろうじて立っていられる二人が顔を上げると、そこには少年のような見た目をしたバケモノが浮かんでいた。
魔王城周辺の森の魔物が霞むほどの威圧感。
ファルマは察してしまった。
今、自分の命はこの少年に握られてしまっているのだと。
「アレグロ……様」
「どういうことだい? サルトビ。魔王城に人間を連れてくるなんて」
「こ、これは――――」
「何でもいいけど、そこの彼は殺してもいいよね?」
ファルマに、アレグロは手を向けた。
手の先にいるファルマは冷や汗を吹き出しながら、武器を構える。
しかし、そんな彼をあざ笑うかのように、アレグロの魔法が放たれた。
全身を衝撃が襲う――――。