003 ギルド
ファルマが村を出発した翌日、彼は森の中で狩りをしていた。
「ビッグボアか」
ファルマの視線の先には、大きなイノシシの魔物が雑草を食していた。
この世界には魔物という生物が存在する。
動物とは違う生物で、体内に魔石と呼ばれる石を持っており、基本的に友好的ではない。
このビッグボアと呼ばれる生物も、低級ながら魔物である。
「……」
ファルマは息を潜め、ビッグボアの後ろを取る。
少しずつ距離を詰め、一瞬の隙を突いて跳びかかった。
「ブゴォォ!」
「チッ」
手に持ったナイフをビッグボアに突き立てたファルマだったが、暴れられるだけで致命傷にはなっていないようだった。
深く押しこむことには成功したが、暴れられたせいでナイフごと吹き飛ばされてしまう。
「致命傷は取れないか……でも」
受け身を取り、ファルマは綺麗に地面に着地する。
そして血に濡れたナイフを見て、ほくそ笑む。
「『呪殺』レベル1、『バインドエンチャント』」
そのナイフの血を払うと、刀身が若干光っていることが分かる。
ファルマの『呪殺』のスキルが施されているのだ。
この魔法の対象になったナイフで斬られると、身体が動かなくなる効果がある。
現に、ビッグボアは意識があるまま動くことが出来ない。
「ブルルル……」
「ほんとだったら、俺が動かなくても呪いがかけられたらいいんだけど……まあ成長次第だな」
スキルというものは、使えば使うだけ成長する。
そして成長ごとに、そのレベルで習得できる技が増えていく。
ファルマはまだ『呪殺』レベル1。
使える技は、『身代わり人形』と『バインドエンチャント』のみである。
「自力での戦闘では初勝利か、悪くない」
ナイフを逆手に持ったファルマは、動けないままのビッグボアの心臓部にそれを指した。
ビクンと痙攣した後、ビッグボアは絶命して動かなくなる。
絶命を確認して、ファルマはナイフを抜く。
同時にドロっと血が溢れだし、ファルマの手を汚した。
「……そうだ、素材」
ファルマは倒れたビッグボアの牙や、皮を少し剥いでおく。
魔物の素材はそれなりの値段になるのだ。
手の血を払っていると、ビッグボアの巨体が粒子状になって消えていく。
詳しい原因は分かっていないそうだが、身体が絶命すると空気中の魔力物質と混ざって消えてしまうらしい。
取りそこねた素材も同様だ。
そして、その魔物の魔石が残る。
「よし」
地面に落ちていた緑色の石を拾い上げ、リュックの中に入れる。
ビッグボアの魔石は大した金額では売れないが、ないよりはましだ。
再び歩き出し、数日。
道中それなりに多くの魔物を狩り、ファルマの『呪殺』スキルはレベル2へと上がっていた。
スキルレベルは使えば使うだけ上がっていく。
特殊な条件がある場合も存在するらしいが、少なくともファルマは知らない。
それはともかくとして、ファルマはようやく大きな街に到着した。
フレーメルと呼ばれるこの街は、この国の城下町にもっとも近い街である。
そのためさまざまな物資が流通し、人通りも多い。
かなり活気に溢れており、その代わり貧富の差が激しい一面もある。
「まずはギルドか……」
ファルマの最初の目的は、冒険者ギルドへ行くことであった。
冒険者はこの世界での何でも屋である。
ペット探しから、大型の魔物の討伐まで様々だ。
ギルドに登録することで身分証明カードが与えられ、世界共通で使えるために、勇者の職だとしても農民だとしても登録して損はない。
なおかつ、犯罪者以外であれば職業を偽ることも可能だ。
つまり、『呪殺士』のファルマでも冒険者になることが出来る。
「ここか」
ファルマがたどり着いたのは、2階建ての煉瓦で出来た大きな建物。
入り口は開いており、中には武装した男たちや、ローブを羽織った女。
テーブルを囲んで酒を飲んでいる連中もいる。
中に入り、辺りを見渡すと、ファルマは人が並んでいるカウンターを見つけた。
その列をさばいているのが、このギルドの受付嬢だろう。
ファルマもそこに並び、自分の番を待つ。
「――はい、次の方!」
数分後、ファルマの番が回ってきた。
受付嬢の前に立ったファルマは、自分の目的のことを話す。
「ギルドに登録したいんだけど」
「新規登録ですね? ではこの紙に氏名、年齢、種族、職業を記入してください。最低でも氏名と種族は記入してくださいね。職業はあると助かります。ギルドでパーティのマッチングが出来るので」
「なるほど」
紙を受け取ったファルマは、一度列から離れる。
近くのテーブルに置かれた羽ペンを使い、ファルマは氏名から記入していく。
氏名、年齢、種族まで書いて、職業は記入しない。
パーティを組んで大きな依頼へ行く冒険者もいるが、ファルマは自身はまったく持って興味がない。
それに、『呪殺士』が回りに知られれば、騒ぎになることが分かっている。
「これでよし」
職業欄以外を記入した紙を持ち、再び列に並ぶ。
それからまた数分。
ファルマの番が来て、紙を受付嬢に提出した。
「はい……はい……大丈夫です、ではファルマさんで登録しますね」
「それでお願いしたい」
確認を終えた受付嬢は、カウンターの下から指でつまめる程度の水晶を取り出した。
それをファルマに手渡し、同時に小さな針を渡す。
「そこに血を垂らしてください。それで登録は完了です」
言われた通りに針で指を刺し、水晶に落とす。
すると水晶が光り出し、形を変えて一枚の板になった。
成人の儀で見た板と似た形状だが、サイズは手の平に乗る程度だ。
さきほど記入した項目に足される形で、『F』と言う文字が書かれている。
「あなたのランクは、『F』です。冒険者にはランクがあり、『F』から『A』、その上に『S』があります。ランクは受けられる依頼の難易度に関わり、ひとつ上かひとつ下しか受けられません。『S』だけは『S』ランクの人間でなければ受けられないので、その点だけご注意ください」
「ああ、分かったよ」
「依頼は私の元で受けられます。依頼板に貼られた紙を持って、また並んでくださいね」
そういう言葉を背に、ファルマは礼を言ってカウンターから離れる。
カードを持ってギルド内を歩いていると、やはり人目が集中していることに気づいた。
ファルマのような白い髪を持つものは一人もいない。
この辺りでは相当珍しい髪色であることは間違いないようだ。
(あとでフードつきのローブを買おう……)
ファルマは目立つことをよく思わない。
その必要な服を買うために、ファルマはまず金を工面することにした。
「換金所ってここか?」
「あ、そうです! 魔石または素材をお持ちですか?」
「ああ」
もう一つのカウンターにいた受付嬢に話しかけ、ファルマは背負っていたかばんに入っている素材をゴトゴトと取り出す。
魔石の他に、魔物の爪や角、はたまた内臓までも。
あまりの素材と魔石の量に、思わず受付嬢は目を見開いた。
「こ、こんなに……」
「問題あるか?」
「い、いえ! すぐに鑑定します! 少々お時間をいただけますか?」
「よろしく」
奥に引っ込んだ受付嬢を見送り、ファルマは近くのテーブルの椅子に座る。
ファルマは道中、少し遠回りしてでも魔物を多く狩った。
上がりにくいスキルレベルが数日で上がっているのがいい証拠である。
魔物の魔石や素材が集まっているのも当然だ。
それと同時に、ファルマには相当疲労が溜まっていた。
戦闘続きで、さらに重いかばんを背負い続けていたためである。
ファルマはつい椅子に座ったままボーッとしてしまった。
「おい、てめぇ」
そんなファルマのテーブルを、何者かが蹴りあげた。
大きな音が響き、テーブルが床に倒れる。
ファルマの意識は声をかけられた瞬間に覚醒し、腰元のナイフに伸びていた。
「……何のようだ」
「ちょっと面貸せや」
ファルマが警戒心を表に出しながら睨むと、冒険者らしきガタイのいい男は負けじと睨み返してくる。
その眼は侮辱するように、蔑むように、明らかにファルマを舐めた態度であった。
「何であんたの相手をしないといけない?」
「拒否権はねぇよ!」
男は問答無用で拳を繰り出してきた。
警戒していたファルマは椅子から転がるようにして回避し、膝をついた状態でナイフを抜く。
「何だ喧嘩かぁ?」
「いいぞー! やれやれ!」
周りの冒険者たちは、そんな二人を煽る。
冒険者ギルドにとって、こういった喧嘩は日常茶飯事だ。
ファルマは知らないが、特にこの男、ゴリと呼ばれており、仕事もせずに新人を脅すなり力づくでねじ伏せるなりして金を巻き上げることで有名である。
ランクは『E』。
実力主義の冒険者界隈では、その程度の相手に負けてしまう方が悪いと判断される。
つまり、よっぽど正義感が溢れる人間でなければ、助けに入ることはない。
「へっへっへ、テメェが大量の素材を換金しているところ見てたぜぇ。それをよこせば痛い目には遭わせないでやるよ」
「……」
ファルマは横眼で換金所の様子を見る。
受付嬢はまだ帰ってきていない。
「おら、どうする?」
「……めんどくさいな」
姿勢を低くしてナイフを構えたファルマは、鋭い視線でゴリを睨む。
「でも、せめて殺さないようにしてやる」
「っ! 新人がぁ!」
挑発に乗ったゴリが、ファルマに躍りかかった。