029 伏兵
「わ、私に何をした!」
「喋るな」
「ッ!?」
叫んだブルドーの口が、勢い良く閉じる。
自分で声を発することを封じられ、四肢も動かせない。
このような状態になったことがないブルドーの頭は、完全に混乱して機能しなくなっていた。
「サルトビ」
「お、おう」
「こいつに聞きたいことを、俺に教えろ」
「あ……じゃあ、『この街の実権を握ったのは、誰の指示だ?』って」
質問の内容を聞いたファルマは、そのまま言葉を繰り返す。
それは、ブルドーに向けての言葉。
すると、それまで開かなくなっていたブルドーの口が、突然開いた。
「あ……アレグロ様だ……」
「っ! ……驚いたぜ、こりゃ」
ブルドーは、今自分がなぜアレグロの名前を口にしてしまったかを、理解していない様子だった。
つまりは無意識。
ブルドーの意思とは関係なく、口が動いてしまったと言うことになる。
「次だ」
「ああ! 『アレグロ様の目的は?』」
「アレグロの目的は?」
再びの質問。
するとやはり、ブルドーの口が動く。
「姉の魔王様を殺し……王の座に就くこと」
「この答えで合ってるのか?」
「いや、質問の仕方が悪かったみてぇだな。旦那のその能力はよく分かんねぇけど、多分質問の範囲が広かったんだろうぜ。これはアレグロ様の最終的な目的だからな。オイラが聞きてぇのは、なぜブルドーにここの実権を握らせたかだ」
「分かった。なぜお前にアレグロはこの街の実権を握らせた?」
「っ……」
ブルドーは汗だくであった。
その様子から、かなり焦っていることが見て取れる。
しかし、身体は逆らうことが出来ない。
同じように口は開いてしまう。
「この街から……薬草棒を世界中に送り出し、人間の中毒者を大量に作り出す。そしてその過程で金を絞りとり、人間の戦力を低下させる」
「ほう、そのアレグロってやつは冴えてるな」
「感心している場合じゃねぇよ……」
サルトビは呆れたように、自分の頭を押さえる。
「ま、いいや。これで大体聞きたいことは聞けたぜ」
「殺すか?」
「ああ、完全に『黒』だからな。やっちまっていいぜ」
「面倒くさい。お前がやれ」
「ええ……いいけど」
了承したサルトビは、まず押さえ込んでいる護衛の男二人の首を切り裂く。
声も出すことが出来ず、男たちは命を落とした。
血だまりが広がる床の上を、サルトビは歩いてブルドーに近づく。
「ほれ、言い残すことは?」
「っ!」
血に濡れた爪が、ブルドーの首に当てられる。
表情が引きつるブルドー。
ファルマは、そんな彼に施した呪いを解除していやった。
「っ! こいつらを殺せ! 魔人ども!」
「なっ!? こいつ!」
サルトビは素早く腕を引き、ブルドーの喉を引き裂いた。
血飛沫を上げながら、ブルドーの身体が床に倒れる。
しかし、その顔は少し笑っていた。
「貴様らは……ここで……殺す……」
「っ! この豚が!」
サルトビは、倒れたブルドーの頭を踏み潰した。
頭部が靴の形に凹んだブルドーは、そのまま動かなくなる。
「くそ! めんどくせぇものを飼ってやがった」
「魔人と叫んでいたが、何の話だ?」
「今に分かる!」
直後、部屋の窓が大きな音を立てて吹き飛ぶ。
ガラスが部屋中に散らばり、3つの影が入ってきた。
一つは、顔の半分と足が狼のものに変形している男。
一つは、腕と足が鳥のものに変形している女。
一つは、右半身がゴリラのものになっている男。
それらは、目の前に立ち尽くすファルマたちに、明らかな敵意を向けている。
「何だ……こいつら?」
「場所が悪い! 逃げるぞ!」
「お、おい!」
「あう」
サルトビが、ファルマとテトの襟を掴んで床を思いっきり踏み抜く。
轟音を上げて床が抜け、三人の身体が下の階に落ちていった。
『『『ガァ!』』』
「ぐっ」
ファルマの頭上で、閃光が走った。
耳をつんざくほどの爆音が響き、ファルマの意識が揺れる。
「あぶね! 間一髪!」
「何が起きたんだ!?」
ファルマが真上を向くと、自分たちが落ちた穴から上の階の様子が見えなかった。
煙が立ち込め、先ほどの三人の姿も見えない。
「走りながら説明する! 今はとにかくずらかるぞ!」
「チッ!」
「耳が痛い」
三人は一斉に、自分たちが落ちた部屋の窓に向けて走り出す。
ここから飛び出すことが出来れば、最短ルートで屋敷から脱出することが出来るはずだった。
しかし――――。
「――――っ!」
突然、ファルマの頭が危険信号を発した。
目の前の窓の外で、何かが動いたような気がしたのだ。
それに反射的に反応出来たことが、彼らの命運を分ける。
「伏せろ!」
「なっ」
「あう」
ファルマは、サルトビとテトの頭を掴んで床に押し倒す。
その頭上を、再び閃光が走った。
閃光は彼らの真後ろにあった扉を貫通し、その奥の屋敷の壁すら爆音とともに吹き飛ばす。
ファルマが窓の外に眼を向けると、そこには羽を広げている先ほどの女が浮いていた。
「おいおい……殺意がすげぇな」
「どうなってる……」
上の階の穴から、ゴリラの男と狼の男が降りてきた。
丁度挟み撃ちにされる形になっている。
ファルマたちの逃げ場はない。
「えい」
「ぬおっ! 嬢ちゃん!?」
冷静に動いたのは、テトだった。
サルトビが三階の床をぶちぬいたように、テトも床を殴って破壊する。
屋敷全体が大きく揺れ、その部屋の床が崩壊した。
反射的に跳んだ獣人間たち以外の三人は、そのまま重力に従い下の階に落ちる。
「今度こそ!」
下の階に足をつけた瞬間、今度は逆方向に走り始める。
三人が目指すは、屋敷の玄関。
長い廊下を走りぬけ、悪趣味な玄関から外に転がり出る。
次の瞬間、屋敷が爆ぜた。
「うおぉぉ!?」
衝撃が彼らを襲い、その身体を大きく吹き飛ばす。
幸いなことに受け身を取れた三人は、すぐに後ろを振り返った。
崩れ落ちる屋敷の中から、『奴ら』がその姿を現す。
「おい……そろそろ説明しろ」
「……あいつらは、アレグロ様が指揮を取っている生物兵器の研究の実験体だ」
サルトビは、憎々しげに異形の姿をした連中を睨んだ。
「人間と魔物の融合体、通称『魔人』――――単純な力量だけなら、『ビショップ』にも匹敵する連中だ……」
サルトビの口から語られたその事実は、ファルマの眼を見開かせるには十分な衝撃を含んでいた。