028 対面
その建物は、あまりに歪であった。
元は普通の豪邸だったのだろう。
しかし増改築が繰り返された跡が見られ、禍々しい装飾をそこら中に撒き散らし、いかにも『悪趣味』と言った外見だ。
「テト、戦闘になるから武器を構えておけ」
「あい」
「おいおい……まだ戦闘になるって決まったわけじゃねぇぞ?」
呆れ顔でサルトビは言う。
彼らが立っているのは、そんな悪趣味な豪邸の門の前――――から少し離れた家屋の影だ。
「どうすっかなぁ……あの門番ども」
門の前に、二人のガタイのいい男が立っていた。
武装をしていることから、門番であることは明らかだろう。
「真正面から行けばいいだろう。相手は魔族なんだ。お前がそのローブのフードを脱いで近づけばいい」
「うーん……それしかねぇか。変に警戒させなきゃいいけど」
ブルドーとサルトビは、現在魔王軍にある二つの派閥のそれぞれに属している。
つまり、若干の敵対関係にあるということだ。
正面から訪問し、警戒させてしまえば話は聞けないだろう。
しかし他の手段となると、強行突破か潜入だ。
強行突破は一見現実的だが、ブルドーに逃げられる可能性もある。
潜入はサルトビだけなら何とかなるが、単独行動は危険が伴う。
「てか、問題はブルドーがオイラと話をしてくれるかなんだよな……」
「……そいつがだんまりを決め込んだら、俺が手を貸してやる」
「へ? 旦那?」
「行くぞ」
「お、おい!」
ファルマは先行して歩き出す。
慌ててサルトビはそれを追いかけ、テトもそのあとに続いて歩き出した。
「あ? なんだお前ら。ここはブルドー様の家だぞ」
門の正面までたどり着いたファルマは、門番たちの前にサルトビを蹴りだす。
たたら踏んだサルトビは、憎々しげにファルマを睨んだ。
「ほんと人使いが荒い男だぜ……まあいいや」
サルトビはため息をついて、門番たちの方を向いた。
そして、フードを外す。
「オイラも魔族なんだけど、ここ通してくれねぇか?」
「ま、魔族!?」
門番たちは驚き、一歩後ずさる。
逆にサルトビは一歩前に踏み出した。
「いいよな? お前たちはオイラに逆らえないはずだが」
「お、お通りください……」
「おい! いいのか!?」
「仕方ないだろ!」
口論し始めた二人を他所に、サルトビは間を通って門の中に入る。
さらっとそれに続いて、ファルマとテトも屋敷の敷地内に入った。
「難なくクリアだな」
「さっさと行くぞ」
サルトビは屋敷の扉を開け放ち、中に入る。
中にいる武装した人間たちが、驚いて三人に視線を送ってきた。
しかしサルトビの頭にある角を見て、硬直する。
「おい、ブルドーの野郎はどこにいる?」
「な、何だテメェ――――」
「立場を弁えろ、人間。お前らはオイラの問に答えるだけでいいんだよ」
「ひっ」
サルトビは食ってかかろうとした男の首に爪を当てていた。
声を詰まらせた男の頬を、冷や汗が伝う。
「ほら、早く言えよ」
「三階の……正面の部屋に……」
「よしよし、助かったぜ……それじゃ」
鮮血が床に飛び散った。
何が起きたか分かっていない様子の男は、そのまま膝から崩れ落ちる。
彼の首には、深い一本の切り傷が刻まれていた。
「お前は用済み。よし、行こうぜ」
「ああ」
「あい」
屋敷にいた男たちは怯え、三人の通り道を開ける。
それらを気にした様子もなく、三人は階段を上がっていった。
◆◆◆
「ここだぞ」
「あいよ!」
サルトビは目の前にある扉を蹴り開ける。
扉は吹き飛び、部屋の中で転がった。
中は応接間のようで、机を挟んで太った頭に角がある男と、やせ細ったみずぼらしい男が椅子に座っている。
「ヒッ!?」
「……何だ貴様ら」
太った男は部屋に入ってきた三人を睨む。
そして、真ん中に立っていたサルトビに気づいた。
「おや? サルトビ様ではないですか。どうしたのですか? 私に何か御用で?」
「ああ、大有りだぜ。ブルドーよ」
サルトビは椅子に座っていた痩せた男をどかし、その椅子に腰掛ける。
足を組み、挑発的な視線をブルドーに向けた。
「お前、誰の許しを得てこの街を治めてんの?」
「いきなり本題ですか、せっかちなことですね」
ブルドーも椅子に座り直し、正面の視界にサルトビを捉えた。
サルトビの後ろにファルマとテトは立ち、ブルドーの後ろには一際体格のいい冒険者風の男が二人立っている。
どうやら護衛のようだ。
屋敷の中にいた男たちや、宿屋でサルトビに殺害された連中よりも数段階実力は上だろう。
「誰の許しと言ってもですね……私の口からそれを言うことは出来ませんよ。指示内容は極秘のものですからね」
「はぁ? んなので許されるとでも思ってんのかよ。さっさと誰の指示か言えよ、殺すぞ」
「我々は同じ魔族じゃないですか。殺意は人間に向けるべきだと思いますが?」
「……誤魔化すなよ」
サルトビは殺気をブルドーに向けて発した。
すると、ブルドーの眉間にシワが寄る。
同じ魔族とは言っても、階級が一つ違えばそれなりの差が出るものだ。
先ほどから話を茶化しているブルドーも、さすがにここまで脅されてしまえば冗談も言うことが出来ない。
「お前なんかいつでも殺せる。あんまりオイラを怒らせんな」
「……あなたが怒りを覚えたところで、どうしようもないですよ。私は何も言うことが出来ませんからね」
「……それは忠誠心から来るものか?」
「さあ? どうでしょう」
ブルドーは不敵に笑ってみせた。
それによってサルトビの表情は冷えていく。
話の外にいるファルマとテトは、あまりの退屈さにあくびを噛み殺していた。
「アレグロ様の指示か?」
「答えられません。違うと言っても、あなたは信じないでしょう?」
サルトビは舌打ちをする。
これでは拉致があかない。
今のままでは、サルトビは動けないのだ。
(めんどくせぇな……今の反応からしてアレグロの指示ってことは確かなのに……確証が持ちきれねぇ)
サルトビには、懸念していることがあった。
ここでブルドーを始末することは簡単である。
しかし、もし仮に、アレグロからの指示ではなかった場合。
ブルドーを殺したことで、魔王軍が何かしらの不利益を被る可能性がある。
それはサルトビの本意ではない。
サルトビは本来慎重な男だ。
人に使われるだけのマヌケな人間相手なら、そこまで考える必要はない。
ただ、ブルドー相手にはそうはいかないのだ。
(何かあれば……何か証拠が――――)
「――――ちんたらするな」
「へ?」
そのとき、サルトビは襟を掴まれ、強制的に立たされた。
そのまま横に引っ張られ、椅子の前から退かされる。
「手を貸すと言っただろう。代われ」
「お、おう……」
代わりに、ファルマが椅子に腰を掛けた。
フードを取り、真っ直ぐブルドーを睨みつける。
「貴様……人間ではないか。どういうことですか? サルトビ様」
「……今、オイラはこの人間の下についてんだよ」
「それは魔王様への反逆ですか? そうですよね? 到底許されることではありませんよ」
サルトビの弱みを見つけたとばかりに、ブルドーは早口でまくし立てる。
「すぐに魔王様に報告を――――」
「黙っとけ」
それを、ファルマが強い口調で遮った。
「お前は今からする俺の質問に、ただ答えたらいい」
「人間ごときが……誰に口を利いて――――もがっ」
「黙れと言ったんだ」
ファルマは、ブルドーの口に手を突っ込んでいた。
それによってブルドーは喋ることが出来ない。
ブルドーは驚愕した表情で、ファルマを見た。
「ブルドー様!」
「サルトビ!」
「おうよ!」
ブルドーに危害を加えたと判断した護衛二人が、剣を抜こうとした。
しかし、その前にファルマの指示が飛ぶ。
それに従い、サルトビは瞬く間に護衛に距離を詰め、その首に爪を当てた。
「動くんじゃねぇぞ。すぐに死にたくなけりゃな」
「「ッ……」」
護衛たちは息を飲んだ。
ブルドーさえ眉をひそめた殺気に当てられ、護衛たちはその身体を完全に硬直させてしまった。
彼らの頭は、もはや恐怖一色である。
「むごふぉ!」
ブルドーは口に手を突っ込まれたまま、ファルマを殴るために拳を振り上げようとする。
しかし、手がピクリとも動かない。
『呪殺』レベル1、『バインドエンチャント』。
対象の身体の動きを封じる呪いである。
本来、このスキルはブルドーには通用しないはずであった。
サルトビに身代わり人形が効かなかったときと、原理は同じである。
それが、通用した。
これは単に、ファルマのスキルレベルが上がったことが由来している。
呪殺レベル3になった呪いは、魔族にすら通用するのだ。
「汚いな……テト」
「あい」
ファルマが、ブルドーの口から手を引き抜く。
唾液のついた手を、テトに差し出した。
テトは背負っていたカバンから綺麗な布を取り出し、ファルマの手を拭き始める。
「――――よし、それじゃ……お前の口から語ってもらうか。洗いざらいすべてを」