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027 『ポーン』の枠

 ファルマたちが宿の外に出てから、ちょうど五分が経ちそうな頃。

 宿の中から小さく悲鳴が聞こえ、直後にサルトビが姿を現した。

 

「終わったぜ。ちょうど五分だろ?」


「ああ。ぴったりだ」


 建物の壁に寄りかかっていたファルマは、咥えていた細い棒のようなものを地面に落とし、足で踏みつけた。

 テトは食べていた肉の骨を、物欲しそうにこちらを見ていた子供に投げて渡す。

 子供は嬉しそうにそれを拾い、どこかへ去って行った。


「お、何咥えてたんだ?」


「そこの路地裏で買った『薬草棒』ってものだ。何でも気分が良くなるらしい。一セット買ってみたが、俺には合わん。欲しけりゃくれてやる」


 ファルマはローブの中から、先ほどの棒が20本ほどまとめられたものを取り出し、サルトビに渡す。

 受け取ったサルトビは、しげしげとその塊を眺める。

 

「……お前、これ吸ったのかよ」


「ん? ああ」


「身体に異常があったりしねぇか?」

 

 サルトビは真顔だった。

 真剣に聞いていることは間違いないだろう。

 しかし、ファルマは異常など一つも感じていないのだが。


「何も感じない。火をつけて煙を吸ったから、やり方は間違っていないはずだ。気分がよくなるなんて嘘っぱちだな」


「……あっち、見てみろ」


 サルトビが別の路地の中を指差す。

 そこには、数人の男女が座り込んでいた。

 総じて口に先ほどまでのファルマと同じ棒を咥えており、ただ無気力に煙を吐いている。

 眼には生気がなく、身体はやせ細り、髪の毛はほとんど抜けてしまい、抜け殻と言う言葉が相応しい風貌だ。


「あれがどうした?」


「どーやら、この街を堕落させた原因らしいぜ。この――――薬草棒つったっけ?」


 サルトビは手で薬草棒を弄ぶ。


「一時的に呆けちまうほどの快楽を与え、効果が切れた瞬間に耐え難い禁断症状に苦しまされ、再び吸わせる……とまあ、こんな感じの悪循環に陥るんだと。ようは強力な依存性があるってこったな」


「ほう」


「あっ!」


 ファルマは話を聞き終わるやいなや、サルトビから薬草棒を奪い取り、一本引き抜く。

 口に咥えて火の魔石で火をつけると、思いっきり吸い込んだ。

 サルトビは慌ててそれを奪い取る。


「何やってんだ旦那! 廃人になられちゃ困るんだよ!」


「――――やっぱりダメか」


 ファルマは呆れたように鼻で笑うと、再びサルトビから火のついた棒を奪い取る。

 慌てるサルトビをよそに、ファルマはそれを地面に叩きつけた。

 先ほどと同じように靴底で踏み潰し、火を消して二度と吸えないようにする。


「どういうつもりだよ旦那ー。旦那が廃人になっちまったらここまでついてきた甲斐がねぇだろ」


「知るか。行くぞ」


「おいおい!」


 突然歩き出したファルマに、サルトビは文句ありありの顔でついて行く。


 ちなみに蚊帳の外にいたテトは、落ちた薬草棒を物欲しそうに見ている先ほどの子供に気づく。

 置いて行かれる前に棒を拾ったテトは、自慢の怪力でそれをバラバラに引き裂いて捨てる。

 残念そうに見ている子供に対して、腕でバツ印のジェスチャーを作ったテトは、振り返ってファルマたちに追いつくため走りだした。


「俺のことはもういい。それより、あの男から何を聞き出した?」


「はぁ……まあ異常がねぇならいいや。簡潔に話すぞ」


 サルトビの話はこうだった。


 この街は、前まで貴族が統治していた。

 それは魔王の軍門に下ったあとも変わらない。

 しばらくは今まで通りの生活を、皆が送っていたらしい。


 それがここ最近、街の貴族が全員殺害されると言う事件が発生した。

 

 統治する人間がいなくなって、当然街の人間は混乱する。

 しかし、街を統治する存在はすぐに現れた。


「魔王軍所属の魔族、階級『ポーン』のブルドー。そいつが今この街を仕切ってるんだってよ」


「知り合いか?」


「まあな。仲はよくねぇけど」

  

 サルトビは笑いながら言う。

 おそらく関わろうともしてなかったんだろうなと、ファルマは予想した。


 ここで話は戻る。


 ブルドーはこの街で実力がある人間たちを囲み、恐怖で民を支配した。

 強者たちに権力を与え、弱者には強制的に肉体労働をさせる。

 使えなくなるほど壊れれば、賃金を与えず適当に捨てておく。

 こうして街はあっという間に廃人のたまり場となっていたのだ。

 さらにその裏では薬物も流通し始め、街はもはや死んでいるといっても過言ではない状態まで堕ちていた。


「だが、ここにはいくつもおかしな点がある。まず、この街の管理は人間がしていく予定だったんだ。魔王様は今出撃してるはずだから、命令が更新されるとは思えねぇ……ブルドーが単独でやってることなら、やつを絞めればいいだけだから簡単だが……」


「何か懸念することがあるのか?」


「――――ブルドーに指示を出せる存在を、一人知ってるんだ」

  

 サルトビは苦々しい表情を浮かべた。


「魔王様の弟、アレグロ様。あの人なら階級が下の魔族になら指示を出せる」


「魔王の弟……? なら大した問題じゃないだろ」


「ところがそうも行かない。アレグロ様は魔王様の世界征服のやり方に不満を持ってんだよ」


 廃れた街の人間たちに眼を向けながら、サルトビはそこで一度言葉を区切った。


「……アレグロ様は、投降した人間たちを軍門に置く魔王様に反対で、どんな人間でも皆殺しにするべきって考えなんだ。それに賛同する魔族が何人かいて、完全に軍の中で派閥が出来ちまったんだよ」


「……」


「だからこの街の惨状は、魔王様の望まない形になっている可能性がある。問題があるとすりゃそこだな」


 サルトビは悩ましげな表情だ。

 珍しく真剣な様子である。

 そこまで聞き終えたファルマはあることに気づき、首を傾げた。


「ん? なら別に俺には関係ないな」


「……ここまで聞いて反応がそれかい」


 今の話は、すべて魔王軍の事情である。

 この街が魔族たちの勝手な争いに巻き込まれていようが、ファルマには関係ない。

 ファルマは、『まだ』魔王軍に所属していないのだ。

 関わるのはこれからでいい。

 問題は、いかにして魔王軍に入るかなのだから。


「――――んじゃ、こうしよう」


 サルトビは頭を掻く。


「オイラは今からブルドーに会いに行く。そこで話を聞き出して、もし魔王様の命令でやつが動いてなければ、その場で始末する」


「勝手にしろ。俺はそいつに用はない」


「……ブルドーが死んだら、ポーンの枠が一つ空くんだよなー。8つしかないポーンの枠が一つ空くんだよなー。そうすると補充しなきゃいけないのに、宛がないんだよー。どうしよっ――――」


「おい、ちんたらするな。その魔族を殺しに行くぞ」


 サルトビが言い切る前に、ファルマは数歩先を歩いていた。

 そしてサルトビを急かす。

 この変わりようには、サルトビも苦笑いするしかない。


「まだ殺すって決まったわけじゃねぇんだけど……」


「殺すことになったときは、俺をその空いたポーンの枠に推薦しろ。いいな」


「はいよ、旦那。んじゃ……行きますか」


 サルトビはそう言って、この街で一番大きい建物を睨んだ。


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