026 命乞い
「ぶちのめす!」
「キキッ!」
トンガの大振りな剣を、サルトビは身体をそらしてかわす。
あえて寸前のところまで引きつけ、最小の動きでかわすという余裕すら見せていた。
そんなサルトビを、トンガの仲間が取り囲んだ。
「俺たちに喧嘩売ったことを、後悔させてやるぜ!」
「そうかい!」
剣を抜いた取り巻き二人が、サルトビに向かって攻撃を仕掛ける。
それすら、サルトビからすれば止まっているようなもの。
ゆっくりした動きで、剣を空振りさせた。
「どうなってんだこいつ!」
自分たちの攻撃を、すべて紙一重でかわすサルトビ。
トンガは汗だくになりつつも、剣を振る腕を止めなかった。
しかし、身長が三メートルを超える巨人でも、歴戦の剣士でも、体力と言う限界を取り払える者はいない。
トンガは徐々に腕が重くなっていくのを感じ、最終的には床に突き立てて、肩で息をし始めた。
取り巻きたちはとっくに疲れ果てて、床を這っている。
トンガは、汗塗れの顔をサルトビに向けた。
「キキッ! 汚ねぇ」
「ぐえっ!」
その顔を、サルトビは「優しく」蹴り込む。
鼻が折れる音がして、トンガは後ろの壁に背中を打ち付けた。
床を汚すほどの血が鼻から流れ落ち、トンガはそれを押さえてうずくまる。
「ヒィ!」
「おーい旦那ァ。こいつら殺しちゃってもいいと思うか?」
「知らん。ここは魔族が占領したんだろ? なら魔族のお前の方が、この街のルールには詳しいはずだ」
「ま、魔族!?」
取り巻きたちは尻もちをつき、サルトビを見上げた。
「あー、それもそうだな。俺もよく知らねぇけど」
サルトビはフードを取る。
魔族特有の頭の角が、その姿を現した。
その場にいた、ファルマとテト以外の人間の顔が蒼白になる。
「な、なんで魔族がここに!」
「おいおい、そんなにビビんなくていいじゃんかよー」
サルトビはしゃがみこんで、取り巻きの頭を掴む。
怯えた様子の取り巻きの頭を、サルトビはそのまま床に叩きつけた。
床に使われている木の板が割れる音が響き、取り巻きの男は痙攣を起こした後、動かなくなる。
頭が割れたのか、床に血が広がり始めた。
「キキッ、やっぱ人間て脆いな」
「悪かった! 俺たちが悪かった!」
「お? 命乞いか?」
残った取り巻きが、両腕を上げて降伏の姿勢を取る。
サルトビと眼が合い、取り巻きは息を飲んだ。
全身が振るえ、吐き気がこみ上げる。
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことだ。
「……オイラさ、すげぇ嫌いなんだよな」
「ひ、ヒィ!」
サルトビは立ち上がり、上から取り巻きの頭を掴む。
魔族の驚異的な身体能力により、握力の数値も人間とは比べ物にならない。
それに掴まれた取り巻きの頭は、ミシミシと鳴ってはいけない音が鳴っていた。
「あ……が……」
「自分の力量も見極め出来ねぇで、調子に乗ってるやつがよ」
サルトビが、腕を捻り上げる。
一気に首を巻かれた取り巻きは、首を反対に向かせ、見開いたまま動かなくなった眼を天井に向けながら、前のめりに倒れた。
「――――ふぅ、わりぃな、店汚しちまってよ」
「い、いえいえ! 魔族様に謝罪していただくことなど何一つございません!」
限界まで腰を低くした食堂の男を見て、サルトビはため息をついた。
(人間ってのは大体がつまらねぇ人間なんだな)
食堂を汚してしまったのは、理由はどうあれサルトビである。
サルトビならば、部屋を汚さずに全員始末することだって出来た。
ただそれをしなかったのは、出来る限りの恐怖を与えて殺すためである。
汚さなくていいものを汚したサルトビは、本来であれば許される立場ではない。
何かしらの弁償をするのが道理だ。
(ファルマの旦那についてきて正解だぜ。やっぱりこいつが一番面白い)
もし食堂の男がファルマだったら、容赦なく弁償するよう怒鳴ってきただろう。
力の有無は関係あるだろうが、どの道サルトビに呪いさえかかっていなければ、どちらも赤子の手を捻るようなものだ。
それでも、ファルマならば恐れを知らず弁償を請求して来た。
サルトビはそう思っているのだ。
「おっとそうだ、詳しい内容を聞き出さねぇとな。あえて殺してないんだし」
「はにゃが……はにゃがぁ!」
鼻を押さえてうずくまるトンガを、サルトビは無理やり起こして、今度は仰向けに押し倒す。
首を腕で押さえつけ、もう片方の手の爪を首筋に置いた。
これにより、もうトンガは動けない。
そこまで見届けたところで、ファルマは席から立ち上がった。
「拷問を見る趣味はないんでな。おい、金はここに置いておくぞ」
「あ、ありがとうございました!」
頭を下げる食堂の男を無視して、ファルマは食堂の外へ向かう。
肉を食って満足したのか、テトもそれについて外へ歩き始めた。
「サルトビ、ここの街の事情を聞き出すだろ? なら五分で終わらせろ。それ以上は待たない」
「あいよ!」
「ま、待っ――――――」
後ろから、制止の声をかけられた気がした。
ファルマはそれも無視し、食堂の外へ出る。
テトも外へ出てきて、その直後に、静かに扉が閉まった。