025 証し
「……」
「お? どうしたよ、旦那」
「いや、罠にかかった間抜けが見つかってな」
ファルマははるか遠くにある自分の育った村の方を見る。
そこでは今まさに教会の人間たちが、呪いを解くべく村人に接触したところだった。
呪殺レベル3、呪詛感染。
ファルマのかけた呪いを解こうと近づいた者に、間接的にかかる呪いである。
呪いの症状はその都度変わり、指定は出来ないため使い勝手はあまりよくない。
しかし命に関わる呪いが大多数であることにより、その後呪いを解こうなどとは誰も思わないだろう。
ちなみだが、効果は一回のみ。
二人目が呪いに触れても、このスキルは発動しない。
一人を犠牲にすれば、呪いには触れるようになるということだ。
だからといって、本命の呪いが解けるとは限らないのだが――――。
「そんなことも出来るんだな」
「最初から使えたわけじゃない。お前との戦闘を経験したからだ。『呪殺』のレベルがあの戦闘だけで一つが上がった」
サルトビとの死闘。
あれを経験したファルマは、レベル2の段階を大きく飛ばし、レベル3へと辿りついていた。
レベル3になったことで手に入ったスキルも相当優秀で、この先もファルマの助けになるだろう。
「それより――――だ」
ファルマは今日泊まる宿屋の貸し出された部屋の窓から、外を眺める。
部屋は二階にあるため、魔王軍の領土となったこの街の雰囲気がよく分かった。
「俺の想像していた街の雰囲気とずいぶん差異があるんだが、どうなってるんだ?」
街の人間たちは、誰もが疲れ切った顔をしている。
肉体的にも、精神的にも疲れていると言った様子だ。
「街の住人の生活は、ほぼそのまま残ってるんじゃなかったのか?」
「うーん……オイラはそう聞いてんだけどよ、どうにもちげぇみたいだな」
少し視線を向ければ、民家の間で縮こまって震えている家族。
ボロ切れのような服を着て徘徊している中年の男。
やせ細り、もう動くことすら出来ない様子の女。
誰もが、彼らに手を伸ばそうとしない。
そんな余裕すら、ないように見える。
「……まあ、どうでもいいか」
ファルマは、すでに見飽きたとばかりに窓を閉めた。
もともと、この街は魔王城へと辿りつくための通過点でしかない。
その時点で、ファルマの興味はこの街にない。
「マスター、お腹空いた」
「お前はそれしか言えないのか?」
「キキッ、まーいいじゃんか。情報収集がてら飯食おうぜ?」
食事を取ることに賛成の二人に囲まれ、ファルマは渋々といった様子で財布を手に取った。
宿屋の一階には、食堂があった。
人はまばらで、座席を確保することに対してなら困ることはないだろう。
ただ、難点は――――。
「……すごい地味」
「申し訳ありません……お客様。現在当店ではこれが限界でして」
テトは、目の前に置かれた料理に不満を漏らした。
豆のスープに、堅いパン。
付け合わせでサラダが置かれているのだが、みずみずしさのかけらもない。
「金は払ったんだ、文句を言わずに食え。いらないのか?」
「いる、お腹は減った」
ファルマに下げられそうになり、テトは慌ててそれを口に含む。
それを見たサルトビは苦笑すると、自分の前にあるパンを差し出した。
「ほれ、嬢ちゃん。食べていいぜ」
「ありがとうサルトビ。たまにはいいとこあるんだね」
「キキッ、たまにはかよ!」
そんな二人のやりとりに呆れ、ため息をつきつつ、ファルマは何気なく食堂の入り口に視線を向けた。
この食堂の扉はそのまま外に繋がっており、宿屋の入り口とは別である。
突然その扉が、大きな音をたてて豪快に開いた。
「おう! オヤジ、用意出来てんだろうな!」
「と、トンガさん! は、はい! もちろんです!」
食堂を任されている男は、怯えた表情を浮かべながら、奥へ戻っていった。
「なんだぁ? あの連中」
入ってきたのは、三人の屈強な男。
剣やハンマーを携えて、いかにも冒険者と言った風貌だ。
(見たところ、Dランク……くらいかねぇ? 下手したらCかもな)
(あいつらの実力か?)
(そうそう。全員でかかればポーンクラスなら倒せるだろうさ)
小声で話しつつ、サルトビと同じようにファルマも男たちを観察する。
すると、先頭のトンガと呼ばれていた男がそれに気づき、ファルマを睨みつけた。
「あ? 何見てんだてめぇ」
「……別に」
「おいおい、睨みつけといてそりゃねぇよなぁ?」
トンガは三人のもとまで来ると、その手をテーブルに叩きつけた。
「てめぇら見ねぇ顔だな、外の冒険者か?」
「トンガさん、じゃあこいつ『中のルール』知らないんじゃないですかい?」
「なるほどなぁ」
トンガは、自分の胸元のドクロのバッチを見せてきた。
「こいつはなぁ、この街で好き勝手出来る証しなんだよ。だからてめぇらも俺たちの言葉には絶対服従な?」
男たちは笑う。
ファルマは無視することに決めて、目の前の食事を口に入れた。
サルトビは苦笑いで受け流している。
それが、トンガの逆鱗に触れた。
「……舐めてんじゃねぇぞ!」
トンガがテーブルを蹴り飛ばす。
大きな音をたてて、テーブルは乗っていた料理ごと倒れた。
スープを飲もうとしていたテトの表情が固まる。
「てめぇら間抜けか? ここじゃ俺らに逆らったやつは生きていけねぇんだぞ?」
トンガは、ファルマに剣を突きつける。
無視することに決めたファルマも、さすがにトンガのことを再び睨みつけた。
一発触発の雰囲気の中、奥にいた食堂の男が戻ってくる。
「お、お待たせしました!」
その手には豪華な肉や魚料理が乗っており、食欲を誘う香りを漂わせている。
「お! 待ってました!」
トンガを含めた男たちは、別のテーブルにつく。
そこに料理が置かれ、四人は食器を手にとって食べ始める。
食堂の男は、申し訳なさそうにファルマたちを見ていた。
どうやら、彼らに豪華な料理を出すために、ファルマたちへ出した料理は質素になっていたようだ。
「……」
「嬢ちゃん、抑えなくていいぜ」
「いいの?」
「いいよな? 旦那」
「……好きにしろ。俺は手を貸さないが」
テトはそれを聞いて、四人のもとへ歩み寄っていく。
四人がテトに気づいたときには、テーブルの上から肉料理が消えていた。
「うまい」
「……てめぇぇ!」
男たちが激昂する。
肉を頬張っていたテトは、四人が立ち上がる前にサルトビの後ろへと逃げた。
サルトビは微笑を浮かべて、四人の前に立ちはだかる。
「キキッ! いい大人が揃いも揃って小さな子供をいじめんなよなー。まあいいや、代わりに遊んでやる」
「ざけんなぁ!」
トンガを先頭にして、男たちはサルトビへ躍り掛かった。