024 呪詛の教団
「……ッチ」
ファルマは、自分の手から霧散する闘気を見て舌打ちする。
「サルトビ、マスター何やってるの?」
「ちょっとした訓練だよ、嬢ちゃん」
魔王城までの道中にある森の中を、三人は歩いていた。
闘気と言うものを知ってから、ファルマはずっとその訓練をしている。
最初は特に気にしなかったテトだが、さすがに2日も同じことを続けていれば気になってくるというもの。
しかしサルトビに聞いたものの、解答はまったく持って参考にならない。
それ以上聞き出す権限はテトにはないため、そこから彼女はもう気にしないことにした。
「くそっ……」
(――手が半開きまでは維持できているのか……寝るとき以外はずっとしてんだから、当然と言っちゃ当然だけども)
サルトビは、ファルマの訓練の様子を眺めながら分析する。
本来、その領域まで達するには、通常2週間、才能に恵まれても一週間はかかるはずなのだ。
当然のことだが、それらの時間で習得する者は、常にこの訓練をしていたわけではない。
集中力が持たないからである。
ファルマは集中力の限界など気にせず、常に訓練を続けていた。
集中力に縛られない、それもある意味才能だとサルトビは思う。
「っと、そろそろ次の街に着くぜ。旦那、一回中断だ」
「何?」
サルトビの声に反応し、ファルマは顔を上げた。
森を抜けた先、そこには草原が広がっており、そこを進んだ先に街の外壁が見える。
「今のところ魔王城に一番近い街だな。あそこから魔王城までは3日、急げば2日ってとこだ」
「あの街は生きているのか?」
「ああ。魔王様に忠誠を誓ったからな、今はうちの領土ってことになっているぜ。人間は生かしてあるし、街のシステムも普通に動いてる。税も要求してねぇし、強制労働もねぇから不平不満もなくて仲良くやってるよ」
「ずいぶんと好条件で支配下に置いたんだな」
「魔王様の目的は世界の支配だからな、すぐさま降伏して自分の下に着くなら、それなりの待遇を与えるさ。抵抗すんなら……容赦しねぇけど」
ファルマは、その言葉で前の街を思い出す。
あれほどまでに壊滅させられるのと、とりあえず普段通りに生活できるのでは、後者のほうが圧倒的に「マシ」である。
この街に対するファルマの印象としては、賢い選択をしたという一言に尽きた。
「魔王軍に対して物資提供くらいは要求するけどな。つっても、うちの軍のほとんどは魔物だし、オイラたち魔族の嗜好品やら武器くらいだけども」
「なるほど」
「さて、説明もしたし、とりあえず入ろうぜ。オイラがいれば街の施設は利用できるからよ」
「ご飯」
「嬢ちゃんって基本それだよな」
軽口を交わしつつ、三人は街へ向かっていった。
◆◆◆
ファルマが15年間過ごした村。
現在その村は、ここ数日で十人以上の死傷者を出していた。
原因は分かっており、その原因を作った犯人も分かっている。
しかし、村人では到底解決出来ない問題が、目の前に立ちはだかっていた。
「……村長、神父様はまだかよ……」
「……」
絶望を浮かべた生き残りの村人たちが、村長の家に集まっていた。
村長は顔を伏せ、何も言うことが出来ない。
ただ、待つことしか出来ないのだ。
そんなとき、村長の家の戸を叩く音が響いた。
「御免下さい、依頼を承った教会の者ですが」
「!」
反射的に顔を上げた村長が、急いで戸まで駆け寄り、開ける。
そこには黒い修道服を着た男が二人立っていた。
一人は黒髪の40代ほどの黒髪の男。
もう一人は20代ほどの金髪の男だ。
それぞれ十字のネックレスをつけており、この世界の教会の人間であることが分かる。
「ようこそいらっしゃいました! 神父様! どうぞこちらへ!」
村長は二人を家の中に招き入れる。
二人は家の中にいた村人たちを見渡し、早速本題へと進んだ。
「今回は呪いの解呪ということですが、みなさん全員のをと言うことですか?」
「そうですそうです!」
「分かりました。カリス」
「はい」
カリスと呼ばれた金髪の神父は、手の平ほどの十字架を取り出し、黒髪の神父に渡す。
「では、まずあなた」
黒髪の神父は、一番近くにいた村の男を呼ぶ。
大人しく近づいてきた男に背中を向かせ、その服をまくり上げる。
そこには、黒い魔法陣が刺青のように存在していた。
「よし、始めましょう」
神父は片手で十字架を持ち、もう片方の手で魔法陣を触る。
発光する十字架と、魔法陣。
眩い光が中にいた人間たちを包み、やがて光りは収まっていく。
そこに残っていたのは、魔法陣が消えた村の男――――
――――ではなく。
「な、なんだこれは!」
黒い呪印を全身に這わせている、神父の姿だった。
「神父様!」
村長が叫ぶ。
神父の呪印は全身に回りきり、黒い光を儚げに灯した。
すると、神父の動きがピタリと止まる。
「か、カリス……」
神父は震える声でカリスを呼ぶ。
近くに寄ってきたカリスに、神父は手を伸ばそうとした。
しかし、それは出来ない。
なぜなら、その身体は指の先端から石に変わり始めているからである。
石になっていない部分も硬直しているのか、動かせそうにない。
「助けろ……カリス。これは呪印感染だ、俺たちでどうにか出来るものじゃない!」
「……」
「助けてくれ! 完成しきっていない今ならまだ――――」
「素晴らしい!」
「え……?」
カリスは興奮した様子で、神父に顔を近づける。
「これほどまでに強い呪い! 素晴らしい! やはり我々の推測は正しかった!」
「な、何を言ってい――――」
「呪殺士様が復活している! ようやく確信が持てました!」
カリスのその言葉に、村人たちはビクリと反応を示す。
隠していた事実が、ついに明るみに出てしまった。
しかし、カリスの反応は「喜び」一色。
村人の様子には一切の関心がない。
「呪殺士!? 貴様、それは世界を恐怖で包み込んだ厄災ではないか!」
「厄災? 恐怖? いえ、『救い』ですよ、ファイス神父」
ファイスと呼ばれた石化しかけている神父は、カリスの狂乱の笑みに思わず恐怖を抱いた。
眼を見開き、カリスは漏れだすような笑い声を発している。
「クフフフフフ! ああ、素晴らしい。我々『呪詛の教団』も報われるときが来たようです!」
「呪詛……? 我々は神へ仕える立場のはずだ! 恥を知れ!」
「神? そんなものに希望はありません。私の信仰するものは『呪い』、呪殺士様だけです。この教会に属していたのも、呪いの観点から呪殺士様に近づくためです」
「き、貴様ァ!」
ファイスは激昂し飛びかかろうとするが、当然身体は動かない。
そんな彼を嘲笑うかのように、カリスは近づき、その皮膚に刻まれた呪印を撫でる。
「そのように怒りを体現しても、あなたの運命は変わりませんよ。私にはこれほどに素晴らしい呪いを解く術がありません。あなたはこのまま石になって死ぬのです」
「なっ……何とかしろ!」
「無理です。それに、私が呪殺士様の呪いをみすみす壊すとでも?」
ファイスの表情が絶望に染まっていく。
そして、喚きだした。
「嫌だ! 助けろ! 死にたくない! 私には家族だって――――」
「神様にでも祈ったらどうですか? いつも信仰を注いでいたのでしょう?」
「あああぁぁぁぁぁ! 神よ!」
悲痛な叫びが響く。
しかし、ファイスの身体は無慈悲にも石化が進んでいった。
「さよならですね、ファイス神父。最期に呪殺士様の呪いで死ねたこと、誇りに思って逝ってください」
「そんな……私は……まだ……」
徐々に言葉が細くなっていく。
もはや石化は喉まで進み、やがて頭を侵食し切る。
これにより、立派な石像が一つ出来上がった。
「し、神父様……」
「呪印感染、確か書物によるとレベル3のスキルでしたね……ああ、まだお若い、呪印の速度からしてもまだ力が弱いと推測されます。早くお迎えに上がらなければなりませんね」
カリスは笑う。
そうして、村長宅から出て行こうとした。
「神父様! の、呪いは……」
「はい?」
村長は、咄嗟にカリスを呼び止めた。
村人たちの呪いは一切解決していない。
しかし、村長は呼び止めて後悔した。
「あー、いいじゃないですか? 呪殺士様の呪いで死ねることを喜んでください」
「そ、そんな……」
「死ぬのが怖いですか? ならば――――」
次の瞬間、村人全員の脳天に、黒い杭が突き刺さっていた。
何が起きたか分からない村人たちの意識は、一瞬暗転する。
しかしすぐに回復し、倒れることは回避した。
「あれ……」
村長は困惑した表情を浮かべる。
部屋の中に、人間を象った石像が立っていた。
戸が開けっ放しで、テーブルの上には二つお茶が並んでいる。
今まで客が来ていたことは分かるのだが、それが誰だったのかを思い出すことが出来ない。
「うーむ……おかしなことがあるものだなぁ」
「何で村長の家に集まってたんだっけ?」
村人たちは、揃って首を捻る。
しかし、誰一人として当初の目的を思い出せない。
「出発した子供たちについて話してたんだっけ? 村が有名になるなーって」
「ん? そんな話してたかな?」
村の女が、ふと発言した。
その発言が広がり、全員が勇者として村を出発した子供たちの話をし始める。
「まさか、村の子供二人が二人とも勇者になるなんてな!」
「まったくだよ!」
村人たちは笑う。
一人の少年、そしてその少年に殺された他の村人たちの存在が、記憶から抜け落ちたまま――――。