023 特訓
廃墟と化した街を探索した日の夜、すでに深い眠りについているテトをよそに、ファルマとサルトビは開けた広場のような場所に来ていた。
「――んで、話したいことってなんだよ?」
サルトビは訝しげな視線をファルマに向けていた。
ファルマはそんなサルトビの身体を指さす。
「お前の身体、俺と対して変わらないほど細い。なのになぜあれだけの力が発揮できる?」
「……は?」
その質問に対して、サルトビは疑念しか湧かなかった。
たった一つの回答で、解決してしまう話だったからだ。
「そんなもん、俺が魔族だからに決まってんだろ?」
魔族と人間では、圧倒的に身体的パフォーマンスに差がある。
同じ筋肉量であっても、質が違うのだ。
単純に二倍、下手すればそれ以上の格差がある。
しかし、ファルマは「天職」の恩恵で身体能力が一般人よりも高い。
それも含めた質問内容なのだ。
「俺には天職の恩恵がある。だがお前には見たところそんなものもなさそうだ。それなのに、なぜあれだけの差があるんだ? 答えろ」
「……なるほどねぇ」
サルトビは、品定めするようにファルマを見る。
そして何かに気づき、サルトビは呆れた様子で自分の頭を掻いた。
「はぁ……まさか「闘気」も知らずに冒険者になるやつがいるとはな。キキッ、やっぱお前面白いわ」
「闘気?」
見てろよ――――。
そう言ったサルトビは、拳を前に突き出した。
「……何をしている?」
「この拳に、「闘気」を纏わせてんだ」
ファルマには何も見えていないが、サルトビには何かが見えているようだ。
実際、サルトビには拳を包み込む赤いオーラが見えている。
「闘気っつーのは、魔力とは真逆に存在する力のことだ。魔力が魔法を使用するのに必要な力だったら、闘気は身体能力を上げる力だな」
そこまで説明したサルトビは、空いている手で落ちている瓦礫を一つ拾った。
そして突き出した拳を戻し、上に向ける。
「あー、でも身体能力を上げるってのも少し違ってだな……まあ見せれば分かるべ」
サルトビは、瓦礫を闘気を纏わせた拳の上に落とした。
すると、破砕音とともに、瓦礫は粉々になって地面に落ちる。
「……どういうことだ?」
ファルマは、恐る恐る同じ材質と思われる瓦礫を拾う。
かなり堅い。
もとはかなり加工された石なのだろう。
しかし、この石はサルトビの拳に触れただけで破壊された。
「闘気ってのは、物に破壊力を付与するイメージなんよ。この拳でお前を殴れば、ガードしても相当吹っ飛ぶだろうな」
「つまり、闘気の使えない俺は、お前のその拳に触れるだけでダメージを負うってことか?」
「ま、そう言うことよ」
サルトビは闘気を納め、手を下ろす。
「近接戦闘をメインにしてる連中には、必須の技術だと思うぜ」
「……それは俺でも使えるのか?」
「訓練すりゃな」
サルトビ曰く、闘気は魔力と同じく誰でも持っているものらしい。
しかし、訓練をしなければ使いこなせないのも魔力と同じ。
今闘気をしったばかりのファルマが使いこなすには、相当な時間が必要だ。
「おい、俺に闘気を教えろ」
「教えろったって……まあいいか、俺には拒否権ないみたいだし」
ファルマは自分の首にナイフを当てていた。
それは、断れば殺すと言っているようなものである。
いや、殺されはしないだろうが、痛い眼は見るはずだ。
サルトビとしても、苦痛は遠慮したい、
「いいぜ、じゃあレッスン1だ」
サルトビは、もう一度拳を握って突き出す。
「闘気のイメージだが、まず魔力は内側から沸き出させるように使用するのは分かるな?」
「ああ」
突き出した拳を開く。
そこには青い魔力が少しずつ沸き出ていた。
その手で円を書き、魔法の名前を言えば、魔法が発動するだろう。
魔力を使えるファルマは、それが見えている。
「これが魔力。こうやって沸き出すイメージだ。んで闘気ってのはかぶせるイメージ……ほっ、よく眼をこらして見ろよ!」
「……」
ファルマは、サルトビの拳に意識を集中する。
最初は何も見えなかったが、徐々に赤い靄のようなものが見え始めた。 力の塊、そんな印象を受ける。
「見えたか?」
「ああ……少しな」
「こいつが闘気だ。拳の上から力で包み込む感じでやってみな。最初は魔力で包み込む感じでもいいぞ」
「……」
ファルマは黙って拳を握りしめ、言われたとおりに集中する。
初めは何も起こらなかったが、少しずつ赤いオーラが手に集まり始めていることに気づいた。
「くっ……」
しかし、維持が難しい。
最初は何とか形に出来ていたものの、ほんの少しの気の緩みで分散してしまう。
ファルマは全神経を集中させて、拳の闘気の維持に努めた。
「よしよし、そのままキープだ」
「こ、このあとはどうすればいい!」
「ゆっくり手を開け。闘気を維持したまま開き切れれば、レッスン1は終了だぜ」
額に汗を浮かべながら、ファルマはその手を開こうとする。
しかし、指が少し浮いた時点で闘気は霧散して消えてしまった。
「……難しいな」
「キキッ! そうだろ? ゆっくりでいいから、まずそれが出来るようになることだな。スムーズに出来るようになれば完璧だ」
「分かった」
夢中になって闘気の訓練を始めたファルマを、サルトビは意外そうな眼で見つめる。
「何だ、言いたいことでもあるのか?」
「いや、もっとプライドが高いやつだと思ってたからよ、俺の指示なんて聞かねぇだろうなって」
サルトビの見立てでは、ファルマは指示をされたり命令されたりすることが大の苦手だと感じていた。
何を言っても聞かないような、傲慢な性格だと思っていたのだ。
しかし、蓋を開けてみれば、真逆もいいところ。
サルトビの指示を貪欲に吸収しようとし、今も指示通りの特訓を一人で繰り返している。
これがサルトビには意外だった。
「プライドなんて必要ない。俺の目標は、そんなものに囚われたまま達成できる物じゃないから、吸収できるものは何でも吸収しなきゃならないんだ。一々反抗する気なんて起きるわけがない。それとも何だ? 嘘を教えてたとでも言うのか?」
「……キキッ! やっぱお前おもしれぇよ、旦那。安心しな、ここまでの説明で嘘は一つも混ぜてないぜ」
「ならいい」
そう言って、ファルマは特訓に戻る。
サルトビは下を向き、笑いをかみ殺していた。
それは、歓喜の笑い。
彼の思う、最高に面白い人間に出会えたことへの、歓喜。
(おもしれぇ、やっぱこいつについてきて正解だったぜ……こいつなら、きっとあいつを――――)
まだ日も昇る気配のない深夜の廃墟。
二人の人影は、辺りが白み始めるまでその場を動かなかった。