020 始まり
「いっつも思うけど、姉さんはいっつもちんたらしているよね。もっと攻め込めばいいのにさ」
アレグロは、腕を組みながらそう言った。
現在、彼の姉である魔王は、ほぼ全勢力を持って他国に攻め込んでいた。
その国の抵抗が激しく、やむなく大幅な戦力をつぎ込んでいるのだ。
しかし、アレグロはそれに対してもどかしさを感じている。
「あんな国、姉さん本人が力を振るえば圧倒出来るのにさ、わざわざ部下に戦わせることもないと思うんだよね」
「……王が動き、万が一があっては困ります。慎重になるのも仕方がないかと」
「それくらいは分かるけどさー、なら本人がわざわざ行く必要はないと思うんだよ」
正論ではあるため、家臣は言葉に詰まる。
前々から、自ら戦場に立つ魔王のことを心配していたのだ。
「はぁ……ま、死んでくれるなら僕が魔王になれるから助かるんだけどね」
アレグロは、それなりに野心家であった。
自分が魔王になれば、世界征服など容易いと思えるほどに、腕にも自信がある。
しかし、家臣は納得していない様子であった。
「何? その眼。文句でもあるの?」
「い、いえ……」
「ムカつくなぁ」
「ッ!」
家臣は自分に起きたことが理解出来なかった。
気づけば、強烈な圧力とともに壁に押し付けられ、自分の骨の軋む音を聞いている。
壁が凹み、自分の周りにヒビが入っていくのが分かった。
「かっ……はっ……」
「文句があるならはっきり言いなよ、僕の気が短いことは知ってるだろ?」
アレグロは、家臣に手を向けていた。
それだけで、家臣は指一本として身体を動かすことが出来ない。
徐々に圧力は増していき、呼吸することすら困難になる。
「や……め……」
「やめて? 僕が何で君の言うことを聞かないといけないの? ポーンごときが生意気だよね」
圧力がさらに増す。
そして――――。
「ぷぎゅっ」
家臣は潰れ、壁全面に血の壁紙が広がった。
濃い血の匂いが部屋に充満する。
「はぁ……ポーンの枠が一つ空いちゃったね、そうなると……」
アレグロは顎に手を当てる。
一つの命を奪ったことに対して思うところは何もないようで、その表情には変化がない。
「新しいポーンでも募集しようかな」
◆◆◆
「生き残ったのはお二人だけですか……」
「ああ、あとは全員魔族の手によって殺された」
「……」
翌日、ファルマはギルドへの依頼達成の報告をしていた。
サルトビの情報を濁して伝え、犠牲者の話も同時にする。
事情を知った受付嬢は、悲しそうに眼を伏せた。
「あ、すみません……ラスロトさんたちとはかなり長い付き合いだったもので」
「それは仕方ない、とりあえず報酬を受け取っていいか?」
「はい、こちらになります」
ファルマは、今回の報酬を受け取る。
一人になったからと言って取り分が増えるというわけではないようで、本来の金額だけを渡された。
今回は金以上に役に立つ存在を手に入れたため、ファルマとしては報酬はどうでもいい。
本来はギルドに来る必要もなかったのだが、死傷者扱いにされるのも困るため、しぶしぶ訪れただけである。
「それじゃ」
「はい、またのご利用をお待ちしております!」
ギルドから出ると、そこにはフードをかぶった人間が二人。
もちろん、テトとサルトビである。
「おいおい、旦那。何でオイラがこんなもんかぶんねぇといけねぇんだ?」
「お前の角は目立つ。騒ぎになるのはごめんだ」
「へーい、人間ってのは面倒クセェな」
魔族であることを隠すため、サルトビにはファルマとテトと同じフード付きローブが与えられていた。
はたから見れば、かなり怪しい三人組となっている。
意図せぬ形で目立ってしまっているが、これがなければ騒ぎになってしまう。
多少人目を集めているが、仕方がない。
「さっさと出発するぞ、もうこの街には用がない」
「あい」
「へいへい」
三人はそのまま街を出て、街道沿いを歩いて行く。
街道は整備されており、魔物は出にくい。
馬車が横を駆け抜けていく中、三人は雑談しながら歩いていた。
「――――つーわけで、今魔王様は城にいないんだわ。まあオイラが一緒にいるから、中には入れるだろうけどな」
「すぐには魔王と会えないということか」
「そゆこと。まあ弟様はいるはずだし、先にそっちに挨拶しておくべきかもな」
サルトビはそう言いつつ、退屈そうにあくびをした。
道中魔物も出ず、ただ歩くだけと言う行為に飽きてしまったらしい。
「おい、サルトビ。魔王城まではどれくらいの距離があるんだ?」
「んー……二週間とちょっとってとこだな。途中魔王軍の滅ぼした街があるけど、寄ってくか? 休む場所くらいにはなると思うぜ」
「滅ぼした街? 廃墟か?」
「そうそう。魔王様の配下に入らず、最後まで抵抗した連中の街だ。あんとき降伏しときゃ、ああはならなかったろうに」
相当悲惨な状態になっているのか、サルトビの眼には同情の色が入っていた。
「一応魔王の領土内って扱いになっているから、下手に人間も近づいてこないし、魔物も人がいないことを知っているから近づかない。通り過ぎるだけでもいいけど、拠点にするにはうってつけだぜ」
「……そうか、じゃあ寄ることにする。案内しろ」
「旦那の命令とあればよろこんで」
サルトビは少し先まで走って行き、振り返ってファルマに頭を下げた。
その顔は皮肉の混じった笑みであり、ファルマはそれを鼻で笑い飛ばす。
「ほんじゃ行こうか、こっからだと明日にはつくな」
「マスター、お腹すいた」
「……知るか」
ファルマとテトのやり取りに、サルトビは笑う。
奇妙な三人の旅が始まり、ファルマも野望への一歩を踏み出した。