002 反旗の呪殺
そんな生活が続き、早五年が経過した。
「今日はお前たちの成人の儀だ。それぞれ名を」
その日は新しい村長の家に、数人の村人と十五歳になったファルマたちが集められていた。
成長した三人は、それぞれ名乗りながら、一歩前に出る。
「エルです!」
「ジークです」
「ファルマです」
それぞれ歳相応の姿へと成長した三人を見て、村長は頷く。
「では儀を始めよう。一人ずつ、この水晶に手をかざすのだ」
三人は順番に水晶に手をかざして行く。
手がかざされる度に、水晶は淡い光を放つ。
全員がその行為を終えると、村長と数人の村人が驚いたように声を上げた。
「おお……三人とも天職持ちとは……」
「これは村も活気づきますな!」
天職とは、その人間に与えられた人生の職業のことである。
十五歳の成人の儀にてそれを持っているか否かの判断がされ、持っている者はそれに合った職に就くため大きな街に出ることになるのだ。
そこで名を上げれば、必然的に村の知名度も上がる。
村人たちはそれを強く望んでいた。
「まあ喜ぶのはまだ早い。お前たち、天職を確認するのだ」
三人は目の前に指で円を書く。
すると空中に光る円が完成し、ヒールの魔法と同じように魔法陣となる。
一瞬発光すると、魔法陣は形を変え、青白い一枚の薄い板となった。
そこには、それぞれの天職名と名前が書かれている。
「あ! 私『勇者』って書いてある!」
「な、何ィ!?」
エルがそう叫ぶと、村人全員が眼を見開いて駆け寄ってくる。
そして板を覗き込み、そこに書かれている『勇者』の文字を見てさらに驚いた。
勇者とは、聖なる力を宿した伝説級の天職である。
その天職がもたらす恩恵は凄まじく、所有者を人間として最高峰の存在へと引き上げるほどだ。
もちろん、その名の通り、現在この世を統べようとたくらむ魔王討伐隊の一員として、危険な戦場へと送られることはあるだろう。
しかし、それによって得ることが出来る名誉と富は計り知れない。
「……俺も『勇者』だ」
村人たちの絶叫が響く。
ジークの板にも、『勇者』の文字が刻まれていた。
一つの村から二人も勇者が現れるなど、異例なことである。
「よくやった、お前たち! よくやった!」
村人たちが二人を囲み、盛り上がる。
そんな中、一人の村人が、ファルマの板を覗き込んだ。
そして、見てしまった。
「お、おい!」
その村人が叫ぶ。
反応した村長含めた他の村人たちが、ファルマの方を見た。
ファルマは顔を伏せて何も言わない。
「こいつの天職……『呪殺士』だ……」
村人の一言で、空気が凍った。
村長が青ざめた顔でファルマに近づき、板を覗き込む。
「う、うわぁぁぁ!」
村長は腰を抜かし、尻もちをついた。
他の村人たちも恐怖の表情を浮かべ、ファルマから距離を取る。
『呪殺士』――呪い殺すと書くこの職業は、この世の禁忌の一つであり、あってはならない天職の一つ。
かつてそれを得た者は、厄災として世界を震撼させ、それ以来、この天職は見事に禁忌職入りを果たした。
「せっかく勇者が現れたと言うのに……これでは」
村長は部屋の椅子に座り、うなだれる。
結局、それっきり村人たちは何かを話そうとはせず、その日は三人とも村長宅を追い出され、帰宅する羽目になった。
帰り道――――。
「ファルマ、大丈夫?」
「うん、気にしてない」
エルを挟む形で、三人は帰路を歩いていた。
少し重い空気の中で、エルがファルマの顔を覗き込む。
あれだけ恐れられた後だというのに、ファルマの表情は穏やかであった。
「ならいいけど……私は気にしないからね?」
「……ありがとう。じゃあここで」
「あっ――――」
ファルマは早々に会話を切り上げ、自分の家の方へ歩いて行ってしまう。
それを追おうとしたエルの腕を、ジークが掴んだ。
「じ、ジーク?」
「ほっとけ、あんな疫病神」
「そんな言い方は……ないんじゃないかな」
ファルマを疫病神と言ってのけたジークに、エルはムッとした。
しかし、ジークの眼は真剣そのもので、エルも言葉に詰まる。
「あいつのことより、俺たちは準備をしないとだろ? 数日後には村を離れるんだから」
「……そうだね」
ジークはエルから手を離し、自分の家の方へと歩き出す。
エルはしばらくファルマの背中を見つめた後、暗い表情で自分の家へと歩き出した。
◆◆◆
それから、数日が経った。
「エルとジークはすでに馬車で街へと向かったが、お前は徒歩だ。文句はないな?」
「……はい」
村の出口で、ファルマは村長だけに見送られて街へ向けて出発する。
荷物は非常食と毛布くらいで、比較的軽装だ。
そもそも、ファルマは私物が少ないのだが。
「しばらく会うことはないだろう。何か言い残すことは?」
「……いや、いいです。もうみんなに挨拶は済ませているので」
少し含みのある村長の質問にファルマは首を傾げるが、間を置いて答える。
村長はそれを聞くと興味が失せたとばかりに顔を背けた。
「では行け。そして願わくば帰ってくるでない」
「……」
最後まで軽蔑の視線を送られながら、ファルマは無言で街へと旅だった。
「――よし、お前たち、計画通りに頼むぞ」
「はい」
ファルマが見えなくなったのを確認して、村長は隠れていた村の男たちに声をかけた。
男たちは手に多少の加工が施された木の棒を持っており、それなりにがたいのいい者ばかりが集められている。
「やつを始末しろ。村から禁忌職持ちが生まれたなどと上に知られれば、この村も終わりだからな」
村長の指示に従い、男たちはファルマが消えた森の中へと入っていった。
◆◆◆
「……」
ファルマは、森の中真っ直ぐ前だけを見ながら歩いていた。
ただし、後ろに自分をつけている存在には気づいている。
「……何ですか?」
そうファルマが声をかけると、後ろの木の陰から村の男たちが現れた。
それぞれ木で出来た武器を持っており、明らかな敵意をファルマに向けている。
「村のためだ、テメェに生きてられると困るんだよ」
「……」
ファルマは悲しげに男たちを見る。
すべてを諦めたような表情にも見えた。
「ここで死んでくれや!」
「っ!」
一人の男が跳びかかり、ファルマ目掛けて棒を振り下ろす。
鈍い音がして、命中したファルマの頭部から血が垂れる。
「昔から! お前は! 気味が悪かったんだ!」
「死ね!」
「消えろ! 化物!」
男たちの容赦のない暴力が、ファルマを滅多打ちにする。
辺りに鈍い音が響き続け、血が飛び散る。
しばらくそれが続いた後、ついにファルマは倒れて動かなくなった。
「はぁ……はぁ……ざまあみろ」
男たちの中で、比較的若い男が肩で息をしながら笑った。
手に持った棒の先にはべったりと血液がついており、何度も殴打したことが分かる。
「よし! これで村は安泰だ! な! みんな!」
そう言って、彼は笑顔で振り返り――――そのまま笑顔を凍りつかせた。
そこには、血まみれの村人たちが倒れている。
うめき声を上げている者もいるが、ピクリともしない者もおり、もれなく全員に殴られた痕が見られた。
「な、何だよこれ!」
「……最後の最後まで、あんたたちは変わらなかった」
「え?」
再び、男は振り返る。
先ほどまで倒れて動かなかったはずのファルマが、立っていた。
その身体には傷がなく、血も流れていない。
「『呪殺』レベル1、『身代わり人形』」
そう呟いたファルマの声は、酷く冷たい。
「あらかじめ、俺は挨拶という体で村の連中に『呪い』をかけておいた。俺が受けた傷を、全部肩代わりしてくれる呪いだ。相手は選べるけどな」
「何だよ……それ」
ファルマはおもむろにナイフを取り出すと、自分の左手首に当てて引いた。
「ひ、ヒィ!?」
すると、男の左手首に線が浮かび上がり、次の瞬間血を吹き出した。
ファルマの手首には、傷一つない。
「結構深く切った。さっさと村に戻らないと死ぬだろう」
「うわぁ……ああ……」
男は手首を押さえ、うめき声を漏らす。
押さえた手の中から血が溢れだし、地面に落ちる。
それをなんとか止めたい男であったが、到底不可能な話だ。
「そして、これで詰み」
ファルマは自分の足の腱にナイフを当て、切り裂いた。
ついでとばかりに、もう片方のも傷をつける。
「ギャァァァア!」
男の足から血が吹き出し、膝から崩れ落ちる。
彼の回りには、あっという間に血溜まりが出来た。
「最後くらい、何もせず送り出してくれるだけでよかったんだ。そうすれば、こんなことしなくてよかった」
「た、助けて……」
「……俺が十年間、どんな思いで生きてきたと思う?」
ファルマは悶える男の顔を踏みつけた。
「悔しいとか、辛いとか、そんなもんじゃぁない。煮えたぎる溶岩のような憎悪だ。いつか殺してやるってずっと思ってた」
「ぐぅ……」
足を動かし、男の顔が苦痛でさらに歪む。
そのとき、ポツリポツリと雨が降り出し、やがて土砂降りへと移行する。
大量の雨粒に打たれながら、ファルマはなおも続けた。
「十年間、ゆっくりゆっくり積み重なってきて、この天職を手に入れた瞬間、それは許容量を越えた。もう限界だ」
踏みつけた足に、さらなる力が加わる。
痛みのあまり、男の眼から涙が溢れた。
「――俺はこれから、支配者側に回る。ようやく、ようやく立ち向かえるだけの力が手に入った。これからなんだ」
ファルマの口角が釣り上がる。
その口から、小さく笑い声が聞こえた。
「手始めに、魔王軍にでも志願してみようか。支配者になるならその方が早そうだ。呪いをかけて魔王を引きずり落とせばいいだけだし」
漏れる笑い声が徐々に大きくなる。
歪んだ、恐ろしい笑い声だ。
「嫌われ者が、負け犬が、敗北者が、忌み子が頂点に立ったら、きっと面白いことになる。楽しみだ、楽しみだなぁ」
アハハハハハハハハハハハハ――――。
笑い声が森に響く。
狂気の声だ。
踏まれている男は、死の恐怖以前にその笑い声に恐怖を抱く。
「ふぅ……独り言に付き合ってくれてありがとう。じゃあ、さよならだ」
「っ!? ま、待って――」
ナイフは、ファルマの喉に添えられていた。
すっと腕が引かれると、男の喉から血が吹き出す。
それからしばらくたち、男の眼から光がなくなった頃、ようやくファルマは足を退ける。
「――行くか」
それを先ほどと打って変わった冷静な眼で見下ろすると、ファルマは途中で落ちてしまった荷物を背負い、森の中を歩き出す。
彼がこの辺りを訪れることは、二度となかった。