表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/33

018 チェックメイト

「――――捕らえた」


「キキッ?」


 サルトビの腕が、ファルマの胸を貫いている。

 背中から手の平が出ており、まともな人間であれば即死するほどの重傷だ。

 しかし、ファルマの表情は苦痛に歪んでいる様子もない。

 それもそのはず。

 ファルマは、最後のこの攻撃だけに『身代わり人形』を使用したのだ。


「てめっ――」


「逃がすか!」


 サルトビが腕を引き抜こうとするが、その腕をファルマの手が掴む。

 そのせいかサルトビは腕を引き抜くことが出来ず、硬直する。


「離せよ!」


 サルトビはすぐに意識を切り替え、ファルマの顔面にもう片方の腕の爪を繰り出す。

 かわせないファルマの頭に爪がめり込み、深く抉った。

 しかし、その顔面は無傷。

 肉もめくれず、血も出ない。

 当然、『身代わり人形』を使用していたからだ。


「な、なんだてめぇ!」


「『呪殺』レベル1、『身代わり人形』!」


 サルトビの腕を掴んでいるファルマの手から、黒い刺繍が登って行く。

 それは呪いの呪印。

 残酷で残虐な、死の刻印だ。


 しかし――――。


「き、気持ちワリィ!」


(何……?)


 呪印が侵食するスピードが、圧倒的に遅い。

 今までは、一瞬で相手の身体を侵食しきり、完全に支配していた。

 だが、今回に限り、呪印が肩の前で止まっている。

 少しずつ伸びているのは分かるのだが、止まりそうなほどに遅い。


「さっさと離せや!」


「ッ!」


 サルトビがファルマを揺する。

 左へ右へ大きく振られるファルマは、歪んだ顔でサルトビを睨みつけた。

 身体を貫かれる前に負っていた傷はすべて残っているため、一振りだけで激痛が走っているのだ。

 しかし、手は離さない。


(今離したら呪印が消える……! くそっ!)


 この進行の速さでは、手を離した瞬間に消えてもおかしくない。

 仮に浸蝕が続いたとして、ファルマが脱出したとする。

 しかし、サルトビの全身に呪印が回り切る前に、ファルマは殺しきられてしまうはずだ。

 すべての身代わりを使い切り、あっさりと、死ぬ。


「テト!」


「あい」


 ファルマは苦痛を押し殺して、テトを呼ぶ。

 離れた位置にいたテトは、その声に反応して駆け寄ってくる。

 

「マスター、テトはどうすればいい?」


「そいつのもう片方の腕と身体をホールドしろ!」


「あい」


「なっ、てめぇ!」


 テトがサルトビに飛びつき、その胴体と片腕を両手両足でホールドした。

 ファルマを引き剥がすことに夢中になっていたサルトビは、なすすべなく拘束される。


「ぎゅー」


「がっ」


 テトの怪力により、サルトビの身体がミシミシと音をたてる。

 

(なんだこいつの怪力……!)


 その見た目からは想像できないほどの力に、サルトビは動揺する。

 身体が潰されるほどではなさそうだが、これによってサルトビは身動きが取れなくなった。

 完全な硬直状態。

 着実に動いているのは、ファルマのほどこした呪印だけだ。


(何とか……加速させられないか?)


 ファルマは、浸蝕が遅い理由はサルトビの強さにあると踏んでいた。

 限りなく高位の存在であるサルトビには、呪いが効きにくいと。

 ならば、ファルマがいつもより多く力を注げば――――。

 

「ぐっ……」


 浸蝕の速度をあげるためと力を込めようとすると、ファルマは全身から力が抜ける感覚を味わった。

 一瞬のことだったが、サルトビの腕を逃しそうになる。

 ここでテトが拘束していなかったら、離脱されていただろう。

 しかし、浸蝕を加速させるという目的は、ある程度まで実現できていた。


「うおぉぉぉぉ!?」


 サルトビの肩まで伸びていた呪印は、一気にその速度をあげ、顔まで侵食した。

 半身はすでに呪印が回りきったようだ。


「あと……少し……」


 ファルマの息が切れている。

 一瞬で多くの体力を持って行かれ、意識が混濁していた。

 焦点の定まらない眼で、ファルマはサルトビを見据える。

 その表情には、初めにはなかった感情が混ざり始めていた。

 それは、恐怖。


「はぁ……はぁ……どうした? 余裕がない顔してるぞ」


「そ、それはてめぇもだろうがぁぁぁぁ!」


 ファルマの煽りを受けて、サルトビがまだ自由な足で走り出す。

 そのまま後方の木に、ファルマの身体を叩きつけた。

 痛みは別の人間にすべて移したファルマだが、木と挟まれたことで圧迫感に襲われる。

 

(い、息が……)


 そのまま身体ごと押し付けられ、内臓を圧迫される。

 息も絶え絶えであったファルマは、これによって意識を飛ばしかけた。


「はぁ……はぁ……まだだ……」


「いい加減……離せや!」


 内臓が潰れることはない、肋骨が折れることもない。

 しかし、確かな圧迫感がファルマを苦しめる。


「だめ、マスターいじめないで」


「うおっ!?」


 テトの腕の力が増す。

 さらに強く締め付けられたサルトビは、ファルマを圧迫する力を緩めてしまった。


 ファルマは、その唯一の隙にすべてをかける。


「う……おおぉぉぉぉぉ!」


 意識を捧げるほどに、呪印に力を込める。

 再び体力が持って行かれ、ファルマの意識が一瞬飛んだ。

 身体から力が抜け、サルトビの腕からその手が離れる。

 その瞬間、サルトビは腕を引き抜き、自由になったその腕でテトを振りほどいた。

 

「て、手こずらせやがって……」

 

 サルトビが額の汗を拭う。

 尻もちをついていたテトは、急いで倒れこんだファルマのもとへ走った。


「マスター、起きて」


 テトがファルマを揺するが、深く眠ってしまっているようで、起きない。

 

「はぁ……何をしようとしてたかはしらねぇけど、残念だったな」


 サルトビの身体から、呪印が消えている。

 勝利を確信したサルトビは、ゆっくりと二人のもとに歩み寄ってきた。


「起きなきゃ、だめ」


 その様子を見て危機感を覚えたテトは、懐からファルマに渡されていたポーションを取り出した。

 蓋を開け、そのままファルマの頭にかける。

 ぼたぼたとかけられたポーションは、もちろん効果を発揮しない。

 皮膚にかけただけでは意味がなく、傷口または口から摂取しない限りは効き目はないのだ。

 それに、飲めたところで体力が戻るわけではない。

 この行為は、誰から見ても無駄であった。

 

 無駄なはずであった。


「っ……くそ、寝てた……」


「マスター、おはよう」


「ああ……」


 そのポーションは、ファルマをきつけるのに一役買っていた。

 さながら、寝ている人間にバケツで水をかけるがごとく。

 身体もボロボロ、体力もない。

 しかし、意識が戻った瞬間、ファルマは勝利を確信した。


「起きたところ悪いんだけどよ、さっさと死んでくれねぇかな?」


「――残念だったな」


「あ?」


 テトに身体を支えられ、ファルマは身を起こす。

 その表情は、笑み。


「もう、チェックメイトだ」


 ファルマは、震える手でナイフを取り出し――――。

 

 太ももに突き立てた。


「がっ……」


 サルトビの太ももから、血が吹き出す。

 ファルマの足は、当然無傷。

『身代わり人形』が発動した証拠だった。


「な、何が起きて……」


「教えてやるよ、全部な」


 ファルマは自分の太ももからナイフを引き抜き、サルトビに突きつけた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ