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016 猿ごっこ

「な――――めるなぁ!」


「うおっ!」


 死角からの攻撃を、ラスロトは自らの剣で完璧にガードする。

 金属音が響き、二人の身体は大きく吹き飛んだ。


「キキッ! まさか反応されるたぁな!」


 サルトビと名乗った魔族は華麗に着地すると、嬉しそうに口角を釣り上げる。

 自分の攻撃が防がれたというのに、楽しくて仕方ないと言った様子だ。

 ラスロトも地面に手をついて体勢を立て直すと、足元に転がっていたレッドモンキーの魔石を蹴り、サルトビに向けて飛ばした。


「キキッ!」


 驚異的なスピードで飛んできた魔石を、サルトビは首をかしげてかわす。

 そして反撃に移ろうとしたところ、横から近づく存在に気づいて視線を向けた。


「くらえや魔族!」


「なんだぁお前は!」


 キースだ。

 その片手剣で、勇敢にサルトビに斬りかかる。

 しかしその剣はサルトビの爪でそらされ、キースはたたら踏んだ。


「おっと……」


「あばよ!」


 その隙を、サルトビは逃さない。

 鋭い爪を、キースの無防備な背中に振り下ろす。

 しかし――――。


「あばよは、こっちのセリフだ!」


「ッ!」


 キースは爪に接する前に、足元に小さな球体を落とした。

 サルトビの手も思わず止まる。 

 

「散開しろ!」


 そしてキースが叫ぶ。

 足元の球体は破裂し、黒い煙を視界いっぱいに広げた。

 これは冒険者御用達の煙玉と呼ばれる道具である。

 魔力を込めて地面に落とすと、かなりの広範囲に黒い煙を吹き出す。

 その煙には匂い消しの効果もあり、嗅覚を頼りにしている生物の追跡を撒くことも出来る。

 主に、大量の魔物に囲まれたときや、自分のランクでは太刀打ち出来ない存在を目の前にしたときに使うことが多い。


「チッ! うぜえ!」


 煙の中、サルトビは爪を振り回した。

 しかし手応えはない。

 

「逃げやがったか!?」


 サルトビは煙の中を駆け抜ける。

 少しは鼻も効く彼だが、この煙のせいで機能していない。

 そこでまず取るべき行動は、煙の中から出ることだろう。


「どこ行きやがった!」


 煙から出たサルトビは、急いで辺りを見渡す。

 しかし、いくら視界がひらけても、あの四人の姿は見当たらなかった。


「……キキッ、おもしれぇ。追いかけっこか!」


◆◆◆

「レベルが違うな……」


 ファルマは姿を消したサルトビを、まだ煙の漂う民家の中から確認した。

 一瞬で消え去ったが、どうやら森の中に消えたようである。

 

「まず森の中を探しに行くと思っていたが、当たったな」


「マスターすごい」


 ファルマの後ろに隠れていたテトが、賞賛の言葉を言う。

 奴隷に何を言われたところで、ファルマは何も感じないが。


「ひとまずやり過ごしたが、いつ戻ってくるかも分からない。さっさと俺たちも逃げるぞ」


「戦わない?」


「当たり前だ。正面から戦って勝てる相手じゃない」


 ファルマは、自分の器を誰よりもよく分かっている。

 相手と自分の差がどれほどのものかということも、はっきりと理解した。

 少なくとも、『正面』からでは勝てないことも。


「さっさと行くぞ。鉢合わせの可能性は充分ある、警戒は解くな」


「あい」


 二人は、素早く民家を出て北の壊れた門へ向かう。

 サルトビが消えた方向も北だが、その門からしか音を出さずに出ることが出来ない。

 最大限の警戒をしつつ、二人はそっと夜の森の中に入っていった。


◆◆◆

「はぁ……はぁ……」


 夜の森の中を、全力で走る。 

 かなりの距離を走ってきたキースは、息を切らしながら後ろを振り返った。


「い、いないか……」


 キースの足の回転が遅くなる。

 やがてその足ももつれ、キースは近くの木にぶつかり、そのまま地面に尻もちをついた。

 その木に寄りかかり、息を整える。


「このまま情報を持ち帰れば、俺の勝ちだ……あいつら大丈夫かな……」


 荒い息が治まってくると、キースは立ち上がる。

 足に疲労が溜まっているが、今は少しでも距離を稼がなければならない。

 一目見て分かっていた。

 あの魔族には勝てないと。

 だから逃げる。

 全力で逃げて、魔族の情報を持ち帰らなければならない。

 それがこの依頼の達成条件なのだから。


「囮になってくれてんなら丁度いいや……頼むぜ」


 聞こえることのない一人ごとを、キースはつぶやく。

 そのとき、キースは突然バランスを崩し、地面に叩きつけられた。


「ぎっ……なんだ――――」


 キースは、慌てて下半身の方を見る。

 そこには、信じられないものがあった。

 

 自分の――――足だけが、地面に立っている。


「ひっ」


「キキッ、お前との追いかけっこは飽きちまったよ」


 そんな声を最後に、キースの意識は途絶えた。

 

「まず一人、キキッ」


 闇夜に紛れたサルトビの気配が、この場から消える。

 残されたのは、首が落ちた男の死体だけであった。

 

◆◆◆

 キースの倒れた場所から少し離れた場所。

 そこでは、先ほどから戦闘音が続いていた。


「鬱陶しいぞ!」


「キィー!」


 ラスロトは、眼の前のレッドモンキーたちをまとめて切り伏せる。

 森の中へ逃げ込んでからしばらくしたあと、ラスロトの前には、こうして数匹のレッドモンキーが常に現れ続けていた。

 その行為は、明らかな足止め。

 ランクの差から大した壁にはなっていないが、確実にラスロトの足を少しずつ止めていた。


「マーリンのためにも、早くここを抜けてギルドへ戻らなければならないというのに……」


 ラスロトは仲間を殺され、気が立っていた。

 あのままサルトビと斬り結ぶ勢いであったが、理性がそれを止めた。

 ナイトの魔族と戦うには、B級の冒険者が二人以上は必要になる。

 出来て足止め、たった数分間その場にとどめておくことくらいしか出来ない。

 ならば感情に身を任せず、ここは引いて次の機会にさらなる戦力で挑む。

 それを、ラスロトは最善と判断した。


 しかし、現状はこのざま。

 あの村からギルドのある街までは、乗り物がなければ数日かかる。

 先が長いと言うのに、ラスロトは森を半分も進んでいなかった。


「キィー!」


「退け!」


 何度も剣を振り、レッドモンキーたちを片付けていく。

 苛立ちからか、力任せに剣を振ることが多くなってきた。

 それにより、ラスロトの体力はいつもの数倍の速さで消費されて行く。


「はぁ……はぁ……くそッ」


 斬っても斬っても、どこからかレッドモンキーたちが現れる。

 思うように進めず、苛立ちは募るばかりだ。


「キキッ! おうおう、だいぶ苦戦してんじゃん!」


「なっ」


 いつの間にか、レッドモンキーの肩にサルトビが乗っていた。

 ラスロトすら気づかないほどの高速。

 それが、確実にある実力差を証明していた。


「いく匹かオイラの子分を向かわせといてよかったぜ。あんたの身体能力じゃすぐに逃げられちまいそうだったからな」


「……感謝するぞ」


「へ?」


 それでも、ラスロトは笑った。

 友の敵が目の前に出てきてくれたことに対して、最大限の感謝を捧げつつ、剣を構える。


「これでマーリンの敵が討て――――」


「盛り上がってるとこ悪いけどさ、足元見たほうがよくね?」


「何を言って……え?」


 ラスロトは、ふと、足元を見てしまった。

 そこには、赤く毛の生えた、醜い猿の足がついている。

 人の足ではなく、猿の足が。


「う……うわぁあぁぁあぁぁ!」


 尻もちをついたラスロトの足は、あっという間に猿のそれになる。

 そしてその『浸蝕』は止まらず、腹から伸びてきて、徐々に頭に近づいて行く。

 

「オイラと視線を合わせ続けると、実力差がありすぎるやつはそうなっちまうんだよなぁ。ま、制御はできっけど」


「い、嫌だ!」


 ラスロトはもがく。

 しかし、その手ももはや猿と化し、思うように動かせない。

 

「そうなるともうおしまいだ。頭まで猿になって、そのままこっち側。まあ歓迎してやるよ、どうせただの猿になるんだしな」


「あ……あぁ……」

 

 もはや顔はほとんど猿になり、ラスロトの頭は変形している。

 しかし、意識が消えかかる直前、ラスロトはとある考えに行き着いた。

 

 ラスロトの冒険者ランクはB。

 そのランクの冒険者二人でナイトを相手に出来るなら、サルトビとラスロトの実力はそこまで離れていないのではないか。

 しかし、サルトビは言った。

 

『実力差がありすぎるやつはそうなっちまうんだよなぁ』


 ――――と。

 つまり、ラスロトとサルトビには、想像以上に大きな差があるということになる。


「オマエ……ホンとはナイトじゃ――――」


「――ようこそ、こちら側へ」


 夜の森に、鎧の落ちる音が響く。

 そこには、一匹の赤い猿。

 その赤い猿は、金髪の髪の毛を一本散らしながら、他の猿とともに暗い森の中に消えていった。


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