015 ナイト担当
「何だってんだよ!」
「嫌な予感が当たったか……」
村へ走る三人は、到着と同時にあることに気づく。
「おいおい、マジか」
村の入口の門が、閉まっていた。
悲鳴は先ほどから継続的に聞こえ、中で何かが起こっていることは確かだろう。
「テト、壊せるか」
「やってみる」
「な、何する気だ――――」
キースに疑問を抱かせる前に、テトが先頭を走りぬけ、壁の前に立つ。
そして腰を落とし、拳を振りかぶった。
「どーん」
爆音が響く。
拳が叩きつけられた門は軋み、ミシミシと嫌な音を立てた。
しかし閉じられた門は分厚く、壊れない。
「壊れるまでやれ」
「あい」
ファルマの命令通り、テトは門を殴り続ける。
その度木片が飛び散り、門どころかその周りの壁まで軋み始めた。
同時に、テトの拳から血が滴り始める。
しかし、殴るのは決して止めない。
門を壊すことが、ファルマの出した命令であるから。
「おい! あれじゃテトの腕が壊れる! 止めさせろ!」
「知るか。テト、ちんたらするな」
「あい」
キースの静止も聞かず、テトは門を殴り続ける。
その速度はどんどん上がり、テトの血がさらに多く飛び散った。
肉が潰れているのか、その拳はもはや歪な形になっている。
「マスター、壊れない」
「足でも使ったらどうだ」
「名案」
テトは足を振り上げ、そのまま歪んだ門に叩きつける。
一段と大きい破砕音が響き、門の木を蹴り砕いた。
「出来た」
「よし、行くぞ」
「……おい」
壊れて穴の空いた門へ向かうファルマを、キースが止める。
呼び止められたファルマは、鬱陶しそうに顔だけ振り向かせた。
「お前、テトにこんなことさせてなんとも思わねぇのかよ……! そんなボロボロの手になってまで門を壊したんだぞ? せめて何か声かけねぇのかよ!」
「……何言ってるんだ? お前」
キースの言葉に対し、ファルマは心底意味が分からないと言った表情を浮かべる。
そして、テトの髪を掴んで持ち上げた。
「こいつは道具だ。俺の言うことには従うし、壊れたって直せばいい」
そう言って、ファルマは懐からポーションを取り出す。
そしてテトの口にそれを突っ込み、そのまま飲ませ始めた。
「んぐ」
「武器と一緒だ。刃こぼれするなら研ぐ、そして折れちまったら――――」
髪から手を離し、ファルマはテトを地面に落とした。
地面に落ちたショックで、テトは咥えていたポーションの瓶を落とす。
まだ少々液体が残っており、何を思ったか、テトはそれを拾って最後の一滴まで口に流し込んだ。
「こうして捨てればいいだけだ」
「あう」
ファルマはテトの頭を蹴って転がす。
キースはそれを見て、怒りを通り越し、なぜか恐怖を抱いた。
テトを蹴ったファルマの眼が、何も写していなかったからだ。
「――――狂ってるよ、お前……」
「……行くぞ」
キースはそれしか言うことが出来ず、大人しく先頭を走りだしたファルマの後を追うことしか出来なかった。
◆◆◆
村に入り、まず眼にしたものは、人間の腕だった。
「どうなってる……?」
さすがのファルマでも困惑し、すぐさま辺りを見渡す。
そこら中に血が広がっており、ところどころに人間の『パーツ』が落ちていた。
「や、やめろぉぉぉ!」
「! あっちだ!」
そのとき、民家の向こうから叫び声が聞こえ、三人はその方向へ駆け出した。
裏に回りこんでみると、そこにいたのは赤い影。
レッドモンキー――――森の中で襲ってきた赤い魔物が数匹、若い男の冒険者の肉を、貪り食っていた。
「このやろッ!」
キースがそれに駆け寄り、レッドモンキーたちを一太刀で切り捨てる。
血しぶきを上げて倒れる魔物たちを退かすと、中心には原形のない冒険者の肉体が残っていた。
「な、何だってこんなことに……」
「来るぞ、俺たちも捕食対象に入ったようだ」
ファルマが指した民家の上に、数匹のレッドモンキーの姿があった。
獲物を見つけた喜びからか、小躍りしながらこちらに走ってくる。
「くそったれが!」
「テト、腕は動くか?」
「あい、血は止まってる。殴れる」
「それでいい、寄ってきたやつは自分で処理しろ」
「あい」
キースが先頭のレッドモンキーの首を刎ねる。
その後ろに控えていたサルたちの身体に、ファルマの投げたナイフが突き刺さった。
致命傷には程遠い位置に刺さったナイフだったが、『呪殺』スキルによりレッドモンキーたちの身体の自由を奪う。
そこにキースが距離を詰め、瞬く間に数体のレッドモンキーを切り捨てた。
「お前たち! 無事だったか!」
戦闘を終えた三人の元に、聞き慣れた声が近づいてきた。
冒険者の代表、ラスロトだ。
その後ろに、ローブの魔術師もいる。
「ラスロト! どうなってんだこりゃ!」
「魔物が村人に化けていた! 食事や酒に混ぜられていた薬のせいで、ほとんどの冒険者たちは寝こみを襲われて敗北している……!」
他の冒険者も、薬の影響で上手く動けず、武器も構える前に殺されているとラスロトは語った。
それを聞いて、ファルマは独りでに納得する。
(村を出るときに飲んだ酒か……どうりですぐ起きられなかったわけだ)
思いの外寝てしまった件が、ようやく解決した。
あれもすべて、この村に仕組まれたことだったのだ。
あのままもし村に滞在していれば、ファルマやテトの命は危うかったかもしれない。
「ラスロトさん……次来てる!」
「チッ! 細かい話はあとだ! とりあえず今は眼の前の敵を殲滅するぞ!」
ローブの魔術師の声かけで、ラスロトが剣を構える。
村の中心の方角から、およそ10匹のレッドモンキーがこちらへ向かって来ていた。
「レッドモンキーが人に化けてただぁ? んなことが起こり得るのかよ……!」
「考えてる暇はないぞ」
「ああ! うっせぇ! 分かってんよ!」
ファルマとキースも、ラスロトたちに加勢する形で、レッドモンキーたちとの戦闘に臨んだ。
◆◆◆
「あらかた片付いたな……」
辺りに散らばったレッドモンキーたちの死体を見て、ラスロトは呟いた。
その身は返り血に染まっており、息は少し荒い。
「もう近くに魔物の気配はありません、とりあえずこの辺りは安全ですよ」
ローブの魔術師はそう言って警戒を解く。
大量のレッドモンキーを相手にし、もはや肩で息をしているキースは、それを聞いて地面に座り込んだ。
「うへぇ! 疲れたぞ……」
怪我はないが、キースの額には汗が滲んでいる。
体力は相当消耗しているようだ。
「マスター、テトの肩ちょっと食われた」
「無駄にポーション使わせるなよ、もう少し気をつけろ」
「あい」
肩から血を流すテトに、ファルマはポーションを渡す。
キースはまだ何か言いたげだったが、ポーションを惜しもうとはしないファルマを見て、今は言葉を飲み込んだ。
「……それにしても、村人が魔物だったってんなら、本物の村人はどこに行ったんだ? 魔族の情報自体は本物なんだろ?」
「まともに考えれば、魔族の情報を出したあとに魔物に食いつくされ、入れ替わられたということだろう。しかし、村人が全滅したというのも信じ難い。レッドモンキーは大した魔物じゃないし、一人くらい逃げおおせた可能性は高い。それならばギルドに情報を持ってくるはず……」
「――――いいや! 全滅したぜ! オイラがいたからな!」
その声は、どこからともなく聞こえた。
三人はそれぞれ別の方向に視線を向ける。
しかし、声の主はどこにも見当たらない。
『三人』は――――。
「ラスロト! 逃げ――――」
「はい、一人目」
全員の真後ろ、魔術師が立っていたところから、その声はした。
振り返ると、そこには眼も覆うような光景が広がっていた。
「厄介そうな魔術師には死んでもらったぜ、邪魔だからな。キキッ!」
「ッ! マーリン!」
ラスロトが叫ぶ。
胴体は下、首は上。
マーリンという名だった魔術師の男の首が、もがれる形で取れていた。
その頭を持っているのは、角の生えた赤い髪の男。
今回の依頼のターゲットである、魔族だった。
「オイラは魔王軍『ナイト』担当のサルトビってもんだ。以後よろしく!」
そう名乗った魔族の男、サルトビの姿が消える。
ファルマは焦った。
その姿が眼で捉えられなかったからだ。
次に姿が見えたのは、ラスロトの背後。
ラスロトの首筋に向けて、手に装備した鉤爪を振り下ろそうとしているところだった。
「ま! 『以後』はないけどな!」
驚異的な速さで繰り出された攻撃が、ラスロトの死角から襲いかかる――――。




