表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/33

010 村と勇者

 ファルマがギルドでキースと話している頃、ファルマによって呪いをかけられた村の住人たちは、村長の家に集まっていた。

 

「どうすんだよ……村長」


「……」


 村長は頭を抱える。

 ここ数日で、村の人間が数人死んだ。

 最初は五人の村の男が、森の中で死体として見つかった。

 そのうち四人は撲殺された形跡があり、疑問点は多いが、まだ不自然ではない。

 問題は残った一人。

 彼は、足の腱を切られ、さらに手首と頸動脈に切れ込みを入れられていた。

 男たちがファルマと戦闘をし、武器を奪われ撲殺されたなら、まだ理解できる。

 ただ、戦闘中に足の腱を切断されるなんてことが、あるだろうか?


 ……村人の結論としては、彼は弄ばれた、または実験台にされたのではないかというものだった。

 ファルマの呪殺スキルによって、痛めつけられたのではないかと。


 しかし、被害はそれだけに収まらなかった。

 

 今日の昼間、村の女が突然全身火傷を負った。

 治療士のおかげでなんとか一命を取り留め、現在は安静にしている。

 しかし、いくら調べても原因が一切分からない。

 

 そんなとき、その女の背中に、小さな黒い魔法陣が刻まれていたのを発見した。

 調べてみたところ、その魔法陣は村人ほぼ全員の背中にあり、正体不明とのこと。

 

 ――いや、村の人間はすぐにその正体を悟っていた。

 

 それが、呪殺士であるファルマによってもたらされた刻印であることを。


「これって俺たちの命はあの化物の一存次第ってことだろ!? そんなの納得できねぇよ!」


 村の男が叫んだ。

 それに賛成するように、他の村人も声を荒らげる。

 村長はそんな声に囲まれながら、何かを決意したように顔を上げた。


「――――神父様を呼ぶ」

 

 村長のその声に、村人たちは静かになった。

 引きつった表情になった別の男が、震えた声を出す。


「そ、村長……神父様なんか呼んだら……」


「お前たちの命には変えられまい。これは必要なことだ」


 男は何も言えず、黙った。


 この世界では、教会に使える神父という職業の人間がいる。

 その能力は、あらゆる魔を払うというもの。

 神聖な力によって、生まれつき呪われている人間の呪いを解くことも出来るという。

 その代わり、神父の力を借りる場合、教会への多額の寄付金が必要になる。

 村の人間が一、二ヶ月は平気で暮らせる金だ。

 とてもじゃないが、軽々しく出せる金額ではない。

 しかし、そうも言っていられないのがこの現状。

 解決するには、教会を頼る他ないのだ。


「すべてあの疫病神のせいだ……絶対に許さんぞ」


 村長は、ファルマへの憎しみを込めた拳で、テーブルを叩いた。

 


◆◆◆

 時は数日さかのぼり、ファルマがのちに到着する街よりさらに向こう。

 そこはこの国の主要都市となっていた。

 中心には国王の住む立派な城が建っており、その下には広い城下町が広がっている。

 活気に溢れ、夜も賑やかで開いている店が多い。

 その代わりに、貧富の差もまた大きい。

 街外れには、貧民街もあるようだ。


 そんな国の城の中に、ファルマと同じ村からここへ来た二人の男女、エルとジークがいた。

 場所は城の主要部分、国王の間である。

 頭を下げ、玉座に座っている国王の話に耳を傾ける二人は、すでに『勇者』としての品格を備えていた。


「よく集まってくれた、勇者諸君。今年は五人もの『勇者』の天職を持つ者が現れてくれた」


 国王の前にいたのは、二人だけではない。

 その他に、男が一人、女が二人。

 彼らもエルとジークと同じく、騎士団の白い制服を着用しており、聞き逃すまいと国王の声に耳を傾けていた。


「諸君らの仕事は主に一つ。この世を支配下に置こうと企む『魔王ベルゼ』を討ち取ることである」


 誰かがその名前を聞いて、生唾を飲み込んだ。

 

 魔王ベルゼ――――突如現れた、最強の魔族。

 魔物や他の魔族を従え、ベルゼは世界征服に乗り出した。

 支配下になろうとしない街や村は、あっという間に壊滅させられている。

 その性格は、残忍で残酷。

 人間一人であろうとも容赦せず、完膚なきまでに壊滅させる。

 

 すぐさま世界各地から軍が飛び出し、魔王討伐に乗り出した。

 ――結果は惨敗。

 それぞれが完全敗北し、もはや国がいくつか潰されている。

 

 しかし、魔王出現と同時に、勇者の天職も出現した。

 魔王に届き得るポテンシャルを持つ人間、それが勇者である。

 

 戦士した者などを引くと、この国が抱えている勇者の数はエルたち含め約30人ほど。

 来るべき全面戦争に向けて、勇者たちの育成が早急の課題だろう。


「諸君らには、これから魔王討伐に向けて様々な訓練を行ってもらう。辛いこともあるだろうが、代わりに多くの特権を与える。気兼ねなく使ってくれたまえ。以上だ。詳しい話はまた明日、部屋に向かわせた使用人から聞くがよい」


 そこまで言って、国王は退場する。

 残された五人の元に使用人が現れ、それぞれの自室へと案内し始めた。


 広い城内を歩いている道中、エルは独り言のようにつぶやく。


「……ファルマ大丈夫かな」


「まだあんなやつの心配をしてるのかよ」


「あ、聞こえちゃった?」


 エルは焦ってジークの顔色を伺った。

 まさか聞いているとは思わずに、油断していたエルの落ち度である。

 ジークは、ファルマの話が一番嫌いなのだ。


「あんなやつはもう忘れろよ。どうせ野垂れ死んでるぜ」


「そんな言い方ないじゃん!」


 思わず、エルは叫んでしまった。

 あらゆる眼がエルに集中する。

 沈黙してしまった廊下で、彼女は申し訳無さそうに頭を下げた。


 一行が再び歩き出すと、ジークは小さい声でエルに話しかける。


「……どうしてあの化物に肩入れしてんだ?」


「だって白い髪くらいであそこまで避けられるなんておかしいよ! ファルマはすごくいい人だし」


「いい人……ねぇ」


 ジークは思い出す。

 自分が殴っているとき、殴られているはずのファルマは、それでも視線を向けてきた。

 その眼は、可哀想なんて言葉が消えてしまうほどに、黒く、淀んでいたのをジークは覚えている。

 いつか殺してやる――――そんな声が聞こえてきそうだった。


「じゃあ、次にあの化物に会ったとき、もしやつが敵として現れたら、エルはどうする?」


「え……?」


 あまりに突然の質問に、エルは一瞬何を聞かれているのか分からなくなった。

 少しの硬直ののちに、エルは少し考えて質問に答える。


「……どうだろ、説得するんじゃないかな? そんなことやめてって」


「……」


 その答えに、ジークは若干の危うさを感じた。

 いつか、あの『呪殺士』と相対するときが来るかもしれない。

 何と言っても、厄災とまで言われる職業だ。

 発見され次第、討伐の指令が出る可能性が高い。

 そのときでは、エルのこの考えは命取りになる。

 

(エルには戦わせられないな)


 ジークは少し肩を竦めた。

 

 ――――ジークには、野望があった。

 魔王討伐よりも果たしたい野望。

 それは、ファルマという男を完膚なきまで叩きのめし、そして、殺すことだ。


(あいつは生きてちゃいけない存在なんだ――――なあ、親父)


 亡き父親のことを思い出し、ジークは唇を噛み、眼を細めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ