010 村と勇者
ファルマがギルドでキースと話している頃、ファルマによって呪いをかけられた村の住人たちは、村長の家に集まっていた。
「どうすんだよ……村長」
「……」
村長は頭を抱える。
ここ数日で、村の人間が数人死んだ。
最初は五人の村の男が、森の中で死体として見つかった。
そのうち四人は撲殺された形跡があり、疑問点は多いが、まだ不自然ではない。
問題は残った一人。
彼は、足の腱を切られ、さらに手首と頸動脈に切れ込みを入れられていた。
男たちがファルマと戦闘をし、武器を奪われ撲殺されたなら、まだ理解できる。
ただ、戦闘中に足の腱を切断されるなんてことが、あるだろうか?
……村人の結論としては、彼は弄ばれた、または実験台にされたのではないかというものだった。
ファルマの呪殺スキルによって、痛めつけられたのではないかと。
しかし、被害はそれだけに収まらなかった。
今日の昼間、村の女が突然全身火傷を負った。
治療士のおかげでなんとか一命を取り留め、現在は安静にしている。
しかし、いくら調べても原因が一切分からない。
そんなとき、その女の背中に、小さな黒い魔法陣が刻まれていたのを発見した。
調べてみたところ、その魔法陣は村人ほぼ全員の背中にあり、正体不明とのこと。
――いや、村の人間はすぐにその正体を悟っていた。
それが、呪殺士であるファルマによってもたらされた刻印であることを。
「これって俺たちの命はあの化物の一存次第ってことだろ!? そんなの納得できねぇよ!」
村の男が叫んだ。
それに賛成するように、他の村人も声を荒らげる。
村長はそんな声に囲まれながら、何かを決意したように顔を上げた。
「――――神父様を呼ぶ」
村長のその声に、村人たちは静かになった。
引きつった表情になった別の男が、震えた声を出す。
「そ、村長……神父様なんか呼んだら……」
「お前たちの命には変えられまい。これは必要なことだ」
男は何も言えず、黙った。
この世界では、教会に使える神父という職業の人間がいる。
その能力は、あらゆる魔を払うというもの。
神聖な力によって、生まれつき呪われている人間の呪いを解くことも出来るという。
その代わり、神父の力を借りる場合、教会への多額の寄付金が必要になる。
村の人間が一、二ヶ月は平気で暮らせる金だ。
とてもじゃないが、軽々しく出せる金額ではない。
しかし、そうも言っていられないのがこの現状。
解決するには、教会を頼る他ないのだ。
「すべてあの疫病神のせいだ……絶対に許さんぞ」
村長は、ファルマへの憎しみを込めた拳で、テーブルを叩いた。
◆◆◆
時は数日さかのぼり、ファルマがのちに到着する街よりさらに向こう。
そこはこの国の主要都市となっていた。
中心には国王の住む立派な城が建っており、その下には広い城下町が広がっている。
活気に溢れ、夜も賑やかで開いている店が多い。
その代わりに、貧富の差もまた大きい。
街外れには、貧民街もあるようだ。
そんな国の城の中に、ファルマと同じ村からここへ来た二人の男女、エルとジークがいた。
場所は城の主要部分、国王の間である。
頭を下げ、玉座に座っている国王の話に耳を傾ける二人は、すでに『勇者』としての品格を備えていた。
「よく集まってくれた、勇者諸君。今年は五人もの『勇者』の天職を持つ者が現れてくれた」
国王の前にいたのは、二人だけではない。
その他に、男が一人、女が二人。
彼らもエルとジークと同じく、騎士団の白い制服を着用しており、聞き逃すまいと国王の声に耳を傾けていた。
「諸君らの仕事は主に一つ。この世を支配下に置こうと企む『魔王ベルゼ』を討ち取ることである」
誰かがその名前を聞いて、生唾を飲み込んだ。
魔王ベルゼ――――突如現れた、最強の魔族。
魔物や他の魔族を従え、ベルゼは世界征服に乗り出した。
支配下になろうとしない街や村は、あっという間に壊滅させられている。
その性格は、残忍で残酷。
人間一人であろうとも容赦せず、完膚なきまでに壊滅させる。
すぐさま世界各地から軍が飛び出し、魔王討伐に乗り出した。
――結果は惨敗。
それぞれが完全敗北し、もはや国がいくつか潰されている。
しかし、魔王出現と同時に、勇者の天職も出現した。
魔王に届き得るポテンシャルを持つ人間、それが勇者である。
戦士した者などを引くと、この国が抱えている勇者の数はエルたち含め約30人ほど。
来るべき全面戦争に向けて、勇者たちの育成が早急の課題だろう。
「諸君らには、これから魔王討伐に向けて様々な訓練を行ってもらう。辛いこともあるだろうが、代わりに多くの特権を与える。気兼ねなく使ってくれたまえ。以上だ。詳しい話はまた明日、部屋に向かわせた使用人から聞くがよい」
そこまで言って、国王は退場する。
残された五人の元に使用人が現れ、それぞれの自室へと案内し始めた。
広い城内を歩いている道中、エルは独り言のようにつぶやく。
「……ファルマ大丈夫かな」
「まだあんなやつの心配をしてるのかよ」
「あ、聞こえちゃった?」
エルは焦ってジークの顔色を伺った。
まさか聞いているとは思わずに、油断していたエルの落ち度である。
ジークは、ファルマの話が一番嫌いなのだ。
「あんなやつはもう忘れろよ。どうせ野垂れ死んでるぜ」
「そんな言い方ないじゃん!」
思わず、エルは叫んでしまった。
あらゆる眼がエルに集中する。
沈黙してしまった廊下で、彼女は申し訳無さそうに頭を下げた。
一行が再び歩き出すと、ジークは小さい声でエルに話しかける。
「……どうしてあの化物に肩入れしてんだ?」
「だって白い髪くらいであそこまで避けられるなんておかしいよ! ファルマはすごくいい人だし」
「いい人……ねぇ」
ジークは思い出す。
自分が殴っているとき、殴られているはずのファルマは、それでも視線を向けてきた。
その眼は、可哀想なんて言葉が消えてしまうほどに、黒く、淀んでいたのをジークは覚えている。
いつか殺してやる――――そんな声が聞こえてきそうだった。
「じゃあ、次にあの化物に会ったとき、もしやつが敵として現れたら、エルはどうする?」
「え……?」
あまりに突然の質問に、エルは一瞬何を聞かれているのか分からなくなった。
少しの硬直ののちに、エルは少し考えて質問に答える。
「……どうだろ、説得するんじゃないかな? そんなことやめてって」
「……」
その答えに、ジークは若干の危うさを感じた。
いつか、あの『呪殺士』と相対するときが来るかもしれない。
何と言っても、厄災とまで言われる職業だ。
発見され次第、討伐の指令が出る可能性が高い。
そのときでは、エルのこの考えは命取りになる。
(エルには戦わせられないな)
ジークは少し肩を竦めた。
――――ジークには、野望があった。
魔王討伐よりも果たしたい野望。
それは、ファルマという男を完膚なきまで叩きのめし、そして、殺すことだ。
(あいつは生きてちゃいけない存在なんだ――――なあ、親父)
亡き父親のことを思い出し、ジークは唇を噛み、眼を細めた。