001 忌み子
呪殺――――この世で禁術とされる力の一つである。
あらゆるものを死に至らしめるこの力は、人々から忌むべきものとして言い伝えられていた。
「ファルマ!」
ここは辺境の村。
郷土品を作ったり、農作物を作ることで生計をたてている。
村の人口は50人ほど。
国の役人たちも、ほとんど目をくれないような場所であり、国民もここを知る者は少ない。
「……エル、どうしたの?」
「ご飯! 持ってきた!」
この村には、10歳の子供が三人いる。
一人はこのファルマと呼ばれた白髪の少年。
一人は腕にサンドイッチを抱えた赤い髪の少女。
もう一人はここにはいないが、黒髪でガタイのいい少年がいる。
彼らがこの村の最年少だ。
「また怒られたんでしょ、いいよ、無理しなくて」
「へっちゃらだよ! ファルマだってお腹空いてるんだから遠慮しちゃだめ!」
少し怒った様子で、エルと呼ばれた少女が少年にサンドイッチを押し付ける。
しぶしぶ受け取ったファルマと呼ばれた少年は、困ったようにエルを見た。
「食べて!」
「……はぁ、ありがとう」
最初は拒否していたものの、年頃であるファルマの腹は自重せずに空腹を訴えている。
美味しそうに作られたサンドイッチは、お金を払ってでも食べたいくらいだ。
「……いただきます」
「ふふっ! いただきまーす!」
やはり我慢できずに食べ始めたファルマを満足気に見たエルは、同じように小さな丘に座ってサンドイッチを食べ始める。
「お母さんもね、きっとファルマのこと嫌いなわけじゃないんだよ。だって頼めばサンドイッチ作ってくれるもん」
「だといいけど……」
ファルマは一口サンドイッチを頬張った。
この白髪の少年、ファルマは、この村では忌み子扱いされている。
親はおらず、近くの森に捨てられていたことから、ファルマは村の人間として育てられた。
五歳まで育てたのは、村長である。
村長は不気味とされる白い髪を持つファルマを、孫のように可愛がっていた。
しかし、ちょうど五歳のとき、村長は病で急死してしまった。
原因不明の病であった。
村の人間はファルマをその原因とし、遠ざけ始める。
誰もファルマとは話そうとしない、誰もファルマに触れようとはしない。
ファルマに近づくのは、この幼馴染のエルと、もう一人の幼馴染のみだ。
「……ごめんね、うちに一緒に住めたらいいんだけど……」
「――――いいよ、気にしなくて」
俯いたエルをよそに、ファルマは「ごちそうさま」と言って立ち上がり、背を向けて歩き出した。
「俺と一緒にいると死んじゃうかもしれないから」
「っ……ファルマ!」
慌てて立ち上がり、追おうとするエル。
しかし、ファルマの背中は自分を追うなと言っているようであった。
思わずエルの足は止まり、その後しばらく動くことはなかった。
丘を下り、森に差し掛かったところで、ファルマは足を止める。
「何の用?」
「……」
森の木の陰から姿を現したのは、村のもう一人の子供、ジークだった。
ジークは年齢のわりに作られた肉体を持ち、ファルマよりも頭一つ分大きい。
短髪の黒髪はいかにもな活発さを表し、ファルマに向けられた鋭い眼は、彼に対し良き感情を抱いていないことが伺える。
「俺、お前にエルに近づくなって言ったよな」
「……」
ジークが一歩ファルマに詰め寄る。
「言われたけど、俺はそうしようとしてないのに、エルが近づいてくるんだ」
「うるせぇ!」
「がっ……!」
ファルマは殴られ、地面に尻もちをついた。
殴られた部分は赤くなり、口の中を切ったのか、口の端から血が垂れる。
「来い!」
「や、やめ――――」
髪を掴まれたファルマは、そのまま森の中に連れ込まれ、殴る蹴るの暴行を受ける羽目になった。
一回りも違う二人の体格であれば、ファルマに勝ち目はない。
倒れたところを腹に乗られ、ひたすら顔面を殴打される。
ファルマはただひたすらに殴られるのみであった。
「はぁ……はぁ……もう近づくんじゃねぇぞ、化物」
「……」
殴り疲れて帰って行くジークを見送り、ファルマは口の中の血を吐き出した。
「痛い……」
身体を起こそうとするが、全身が鉛のように重くて動かない。
顔はボコボコで、全身に打撲や内出血の跡が見れる。
これは今に始まったことではない。
ジークは、ファルマがエルに近づく度に、こうして傷めつけるのだ。
村の人間は見てみぬ振りをする。
当然だ、村の子供と他所の子供、大事にするのは前者だ。
受けさせてもらえるのは申し訳程度の治療くらいで、誰もファルマを助けることはしない。
その現実を、ファルマは嫌というほどに受け止め、そして諦めている。
ただ、その眼には憎悪を宿らせて。
「やだ……またあんなにボロボロになって」
「いつも何してるのかしら? 気味が悪いわ」
「……」
ファルマが村の診療所まで歩いていると、村人たちが彼を軽蔑の視線で眺めてくる。
極力その視線を避けるように、ファルマはそそくさと診療所へと走った。
「……すみません」
「はーい……ってあんたかい」
診療所には、初老の女が一人。
入ってきたファルマを見るなり、彼女は不快なものを見たとばかりに顔をしかめる。
「っち……あまり触れたくないから適当に済ますよ」
「……」
ファルマは椅子に座らされた。
女は少し離れたところから、空中に指で円を書く。
その円の中心に手をかざすと、円はたちまち発光し、中に幾何化的な模様を浮かべた。
「『ヒール』」
黄緑色の光が強くなり、魔法陣と呼ばれるそれから光る玉を撃ち出した。
それはゆっくりと進み、ファルマの背中に着弾。
ファルマの身体の中に消えると、彼の負った傷を少しずつ癒やした。
しかし治癒はある程度で止まってしまい、完治には程遠い。
「触れば完治くらいは出来たかもしれないけど、あんたに触るのは金払われても嫌だかんね。無料でそこまでやってあげただけ感謝しな」
「ありがとう……ございます」
女は近くにあった箒でファルマを突っつき、診療所から追い出す。
外に出されたファルマは、閉じられた診療所の扉を一瞥し、顔を伏せて歩き出した。
「ただいま」
ファルマの家は、村はずれにある。
村長が用意してくれていた家だ。
ボロく、隙間風もあるが、住むことは出来る。
そんな家に帰宅したファルマは、藁の上に布切れが置かれただけのベッドに飛び込んだ。
布を強く握りしめ、ファルマはベッドに顔を埋める。
「うっ……うう……」
ファルマは泣いていた。
しかし、その眼には悲しみの他に強い感情が宿っている。
「今に見てろ……」
敷いてある布をギュッと握りしめ、ファルマは歯を食いしばった。