桃色幻想夢心地、そこはきっと異世界で。
一葵が最も苦手とする女性アイドルがいる。
その名は『メルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンヌ・メルヘン・プリンセス』だ。彼女はメルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンヌ・メルヘン・プリンセスである事に誇りを持っており、名を呼ぶ時はシャルルなどではなく、メルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンヌ・メルヘン・プリンセスと呼ばなくてはならない。
業界の暗黙の了解のようなものだ。
一葵が彼女を苦手する理由、それは全く会話がかみ合わない上に中々終わらないことである。
今日も、一葵は出会ってしまった。
一葵の前に現れたまっピンクのドレス一式にこだわり抜いたメイクを施すツインテールの少女、そう――メルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンヌ・メルヘン・プリンセスである。
「おはよう、メルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンヌ・メルヘン・プリンセス。今日の美しいね」
間違えずに言えた。
「おはようございますわ、一葵様。一葵様のお声で呼ばれる私の名は世界で最も美しい響きを奏でてくれる……ふふ、その名があってこその私ですものね」
「そうだね。目に見えない妖精達も君の美しさに舞い踊っているよ」
「いえ、私には見えますわ。世に満ちる妖精は全て私の美の元にあるのですから。一葵様も、その一人ですわよ」
どうやら有象無象の一人のようだ。
「僕は妖精じゃないよ。君の騎士だ」
「ダメですわ。一葵様がナイトになられては、禁断の恋に落ちてしまう……私は皇女。自由な恋は許されませんの」
「禁断だからこそ……破ってみたくはならないかい?」
「その味を知ってしまえば最後。私はメルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンヌ・メルヘン・プリンセスでは無くなってしまう。その時は今ではありませんの。ですが一葵様が望むのなら……」
今ではないと言ったばかりでは。
「君の誇りには感服するよ。世の中の為、君にはメルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンヌ・メルヘン・プリンセスであってほしい」
噛まずに言えた。
「まあ、流石は一葵様。その正義、私は大好きですわ。これから二人きりのパーティでもどうかしら?」
「ごめんね、僕は今から駆け付けなければならない場所があるんだ……」
「ナイト様……どうかお気を付けて……」
妖精からナイトにクラスアップを認められていた。
「大丈夫、僕は負けないよ。君の美が僕を救ってくれるから」
「でしたら、美の根源である私が共に行けば……!」
「イケないプリンセスだ。ナイトの言葉を信じて待つことも、姫の務めでは?」
「私ったら……はい。信じていますわ」
「うん。じゃあね、メルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンズ……」
「…………」
無言の笑顔。言い直せと言外に語っている。
「うん。じゃあね、メルヘン皇国第一皇女シャルル・ド・マリアンヌ・メルヘン・プリンセス」
「はい!」
そうしてナイト様は駆け付けなければならない場所へ歩き出した。
トイレに行くだけでこの有様である。