知ってる?あの海には妖精がいるんだって
5
若き星は嫉妬の対象になるも少なくない。
特に男性アイドル。一葵はたびたび陰湿な行為に晒されることがあるのだ。
男性アイドルが集結した特番『ドキッ!イケメンだらけのPARADISE!肌色成分が多いかもよ?』の収録が終わり、上半身裸でスポーツ対決したアイドル達が着替えを始める。
だが、なぜか一葵の服だけがどこかに消えてしまっていた。即座に察する、誰かが意図的に隠したのだと。
「ったく……」
仕方がないので裸のまま楽屋へ戻る。道中で女子アナや女子アイドルとすれ違ったが、皆頭から蒸気を噴出して倒れていく。
一人一人を介抱しながらようやく辿り着いた楽屋。部屋に入ると、そこにはボロボロに引き裂かれた一葵の服が捨てられていた。
それはもう無残に。これではどうすることも出来ない。そこで一葵が取った行動は、
「海、行くか」
初夏。スタジオの近隣にあるビーチには海水浴客で賑わっており、そこならば裸でも浮くことは無い。
真奈が新しい服を持ってくるまではしばしの休暇を楽しむのも悪くないだろう。
そう思ってビーチへ向かった一葵は、あろうことか、遊びに来ていたクラスメイト達を発見する。
とは言え正体がバレていない以上、気付かれる心配は無い。
何食わぬ顔で砂浜にパラソルとビーチチェアをセット。パラソルから僅かに覗く太陽に声をかけた。
「絶好調だな、太陽ちゃん」
『貴方のおかげです』
「はは、何もしてないよ。ただ、君にキスしたくなっただけさ」
『ふえ……えへへ』
相変わらず可愛い太陽に微笑みながら、一葵は蒼い海を眺める。
「綺麗だな。女の子もいいけど――僕は美しい海とイチャつきたいよ」
すると突如海面が大きく噴き上がる。
「まさか……、そこにいるのは海ちゃんか?」
『……海ちゃんなんていないですもん』
「あ、やっぱり海ちゃんだ。初めまして」
『いないですもん!』
「あはは、こっちも照れ屋さんか」
『むむう……』
海と話していると陽射しが強くなった気がする。
「ごめんごめん太陽ちゃん。君に妬かれてしまうとシャレにならないよ」
『妬いてなんかいません!』
『わー、太陽ちゃんの嫉妬! 珍しい』
『余計なことを言わないで海!』
『ごめんなさーい』
そうこう、話しているとき、ビーチに悲痛の叫びが響き渡った。
「誰か! 娘が沖に流されてしまって! 誰かーーーー!」
次の瞬間には、一葵は海の中に飛び込んでいた。
沖で小さな子供が溺れている。このままでは、あの子の命は永遠に失われてしまう。
そんなこと――
「許さねえッ! 海ちゃん! 力を貸せ!」
『分かったですもん!』
海流が不自然に流れを変え、溺れている子供と一葵の距離を近づけていく。
腕を掴む。子供の意識は朦朧としており、岸に戻るまでの時間すら危うい。
どうすれば――そこで、一葵は名案を思い付いた。
「海ちゃん、さっきみたいに海面を噴き上げて俺達を岸に飛ばしてくれ」
『い、いきなり言わても難しいですもん……あれはびっくりと恥ずかしい感情に呼応して起こる現象ですもん……』
「そうか。なら――」
一葵は、海面に口づけた。
すると、凄まじい勢いで海面が噴き上がり、子供を抱えた一葵の身体は砂浜に落下。全員を強打するが、砂浜だったことが幸いし打撲程度で済んだ。
即座に人工呼吸。心臓マッサージ。子供は、息を吹き返した。
母が駆け寄り、涙を流しながら一葵に頭を下げている。注目が集まったせいか、周囲の人間が囁きだす。
あれ、一葵じゃね? と。
この混乱を避けるために、一葵は一つの決意をした。
「僕は海の妖精。困った時は、助けに来ますよ」
そう言い残して、海の中へ飛び込んだ。