開け!30歳処女宮の扉!
天宮葵――もとい、一葵は番組の収録を終え、楽屋で一息をついていた。
水を煽る。口元を拭い、今日はとても疲れたと呟いた彼の顔は疲労の色を濃く表していた。
理由は、出演者――、一葵以外は女性アイドルだったのだ。
彼は、根本的に女性が苦手である。それを克服させるために白石真奈によってアイドルデビューさせられ、その結果――。
アイドルモードのスイッチが入れば、女性に対して微塵も抵抗が無くなってしまった。
スイッチがオフになれば、酷く後悔する。だが、もう戻れぬと……否、戻ってはならない。
天宮葵は――、一葵は――、輝き続けなければならない。
それが、トップアイドルの名を背負った宿命なのだ。
そうこう考えていると、楽屋がノックされる。
「どうぞ」
「失礼します!」
入ってきたのは、正統派アイドル・リカだ。一葵の一つ下。売り出し中の新人である。
「あ、あの、お疲れ様でした!」
「お疲れ様。今日はとても頑張っていたね」
「あ、ありがとうございます!」
「気付けばファンになっていたよ。君の可愛さは、ずるいね」
「はうん」
なぜか頭から蒸気を放って気絶したリカを介抱して、一息をつく。
水を煽る。また恥ずかしいことを言ってしまった。
水の飲みすぎで尿意を催す。トイレに行こうと立ち上がると、再びノックが響く。
「どうぞ」
「し、失礼するわよ!」
入ってきたのはツンデレ系アイドル・リナだ。同い年、これまで何度か共演している仲だ。
それゆえか言葉もかなり砕けてる。
「一葵! 今日も良かったじゃない!」
「はは、ありがとう。リナも輝いていたよ、思わずくらっとするところだった」
「にゃ!? べ、別に一葵の為に輝いてるんじゃないんだからね!」
「それは残念……でも俺はリナ為に輝くよ」
「にゃ、にゃに言ってるかわかりませんけど! リナじゃなくてファンの為に輝きなさいバカ!」
そう言い残してリナは楽屋を去っていく。その背中を見送りながら、
「リナはファンじゃないのか……それは本当に残念だ……」
少し時間を空けてトイレへ向かう。用を足し、楽屋へ戻る道中で出くわしたのは低血圧系アイドル・みゅう。
今にも貧血倒れそうな顔で廊下を歩いている彼女を見かけて瞬間、一葵は脊髄反射でお姫様抱っこをしていた。
「世界一快適な送迎車・一葵が到着いたしました。お姫様、どこへ向かわれますか?」
「ふぇ……え、えっと……しょの……むきゅぅ……」
「まさか熱が? 失礼します」
一葵は己の額をみゅうの額にくっ付ける。顔は赤いがどうやら熱ではないようだ。
額を付けたまま、息が触れ合う距離でみゅうの瞳を見つめた。
「綺麗な瞳だ、まるで銀河の煌めき。僕は、君という銀河を廻る星になりたい。それほどに、瞳を奪われる美しさです」
「は、恥ず……かしい……照れ……ちゃうから……ダメだよぉ……」
「おっと、銀河ではなく太陽だったかな? 君の煌めきに照らされた星々に僕は住みたいと願うよ」
「ふにゅぅ……」
「君の照れ顔が鮮明に見える。なぜだ? ……あぁ、あまりの可愛さで視力が回復したようだ」
柔らかく笑いかけ、みゅうを彼女の楽屋へ運び、一葵は己の楽屋へ帰還する。
水を煽る。頼むもう来客はいらないと願ったのも束の間、コンコンと無機質は音が響き渡る。
次は誰だ。これで最後にしてくれと念を送りつつ、現れた人物を見た一葵はため息を吐いてしまった。
白石真奈。一葵のマネージャー兼事務所社長兼養母である。
「なんだ真奈か」
「なんだってなんだ」
「安心感がある。大好きだよ真奈」
「もう揉ませない……からね」
「なにを?」
「は? 自覚がない?」
「え?」
「しばき倒したい」
「なんで」
「ちょっと立って目を閉じろ」
「は、はい……」
言われるがままに真奈の前に立って目を閉じる一葵。
真奈は少ししゃがませて、考える。
揉まれた。恥ずかしかった。忘れて欲しい。
でも、なんか一方的に恥ずかしい思いをしているのは許せない。
理不尽ではないか? コイツも恥ずかしさを背負って生きるべきではないのか?
次の瞬間――。
真奈は自慢の豊満な乳房で一葵の横顔を殴りつけた。
――ぽよよん――
次の瞬間――。
一葵に稲妻が走る。
これは、いつか体験した柔らかさ。未だ掌に残る感触。
SGFW――《ショウゲキノフワフワ》――がに違いない。
正体が掴めなかったそれが、今、そこにある。
今度こそ、掴む。掴み取る。その思いが、一葵の腕を動かしていた。
ぽよよん
ぽよよん
ぽよよん
そして、眼を開く。
眼前の光景を凝視して、数十秒。
一葵は、確かに、こう口にしていた。
「俺はあの時既に……掴んでいたというのか……っ!」
確かめるように、掌を一度開閉させる。
コンコン。
響いたのは楽屋の扉をノックする音ではなく、
それはきっと――。
(私の子宮がノックされる音……私は、葵にイかされてしまった……)
処女宮の扉は己の妄想により一撃で突き破られてしまった。