春の予感と思いきや、迫っていたのは世界の危機でした。
時間は経ち、昼休み。朝から正体がバレる危機に肝を冷やしていた葵は、校内で唯一誰も立ち寄らない屋上で寝そべっていた。通常なら鍵が掛かっているのだが、彼にはとあるコネがある。というのも。この高校――紅学園の理事長は、『一葵』が所属する芸能事務所の社長の父であり、葵は昔からお世話になっている人物。その関係上、彼はこの学園に入学した――それも間違いではない。だがそれ以上に、葵にはこの学園でないとダメな理由がある。
それが明かされるのは少し先の話。
春の空。程よく照り付ける太陽の陽射しに、葵は苦笑をもらした。
「輝きすぎだっての。自己主張の激しい奴だ」
――でも、悪くない輝きだ。
その言葉に、太陽が不服そうに陽射しを強めた……気がした。
もしこのまま葵が太陽と語らいを続ければ、世界の温暖化は加速してしまうだろう。それを危惧した葵はそれ以上言葉を紡がずに、ビン底メガネを取っ払う。
カツラを取り、鮮やかな銀髪が陽射しを照り返して、煌めく。
そして、――太陽へウインクをした。
「これが本物の輝きだよ、太陽くん。いや、ちゃんかな? はは、君の性別はどっちだい?」
太陽の陽射しが強まることは無かった。むしろ、弱まったとさえ感じる。
これは、葵の――『一葵』の本物の輝きに、太陽が降参したとみて間違いない。
彼の、トップアイドルの輝きは、恒星すら黙らせる真理の輝きなのだ。
そんな折、葵の意識に、声が届いた。
『数十億年の時、私は、私を超える真の輝きの誕生を待ち侘びていました』
「……もしかして、太陽……ちゃんか?」
『はい。私に性別という概念は存在しませんが』
「いいや、君は女の子だ。だって、惚れてしまいそうな魅力が溢れている」
『ふえ!? そ、そんなことは……!』
「ははは、照れ屋さんだね。だからいつも顔が真っ赤なんだ、可愛い」
『も、もう! 馬鹿にしないでください!』
「ごめんごめん。で、語り掛けてきてくれたのはなぜかな?」
『は、はい。実は、私はもうすぐ寿命を迎えるのです。その時、第二の太陽となってくれる存在がいなければこの星は氷河期に突入してしまいます。ですが、貴方が現れた。第二の太陽となってくれませんか?』
「それは出来ないよ」
『……ッ!』
「君が死ぬ? 許さないよ。僕が愛した女の子を、そう簡単に死なせない。例えそれを世界――宇宙の神が望んでいようと、僕は君を生かし続ける」
『そんなこと出来るわけが!』
「――僕のキッスは、不老不死の秘薬なのさ」
葵は、口元に人差し指をあてがい、弾いて、太陽へ投げキッスを飛ばした。
瞬間、葵の指から伸びた一条の光が、太陽へ、届く――。
『こ、これは……』
「どう? まだまだ、生きていけそうだろ?」
『すごい……生命力が沸いてきます……』
「また僕の愛が欲しくなったら言いなよ」
『にゃ!? も、もう大丈夫です!』
「そう? なら僕がキスしたくなったら言うね」
『か、勝手にしてください! じゃあね! バカ!』
「おてんばな太陽だ、嫌いじゃないよ」
そうして葵は眠りにつく。
彼は知らない。
太陽へ伸びた一条の光が、地球へ接近しつつあった隕石を粉砕し、世界滅亡の危機から救っていたことを。
――《救世主》。
それはまさに、彼の為にある言葉だと言って過言はない。