月のウサギは微笑む
銀髪の少女・神凪は公園の滑り台の上で、膝を抱えて座り、空を見上げていた。
夜空に輝く満月。月にはウサギがいるというのは有名な話だが、神凪はそれを嘘だとは思わない。
何せ、月のウサギは神凪に喋りかけてくれるのだから。
『どうしました、神凪』
「うん。今日ね、会ってきた」
『というと?』
「天宮葵くん。でも握手会だったし、一葵くんって言うのが正しいかなー?」
『太陽と海が話していた彼ですか』
「あの驚きようからして、本当だったんだね。カンナびっくりしちゃった」
『そうは見えませんけど』
「ぽーかーふぇいす」
指でVの字を作って月に見せる神凪。彼女はHカップの谷間に手を入れ、取り出したのは二枚の写真。そこに映っていたのはワカメ髪ビン底眼鏡の少年と、今をときめくトップアイドル。二人にして一人、天宮葵という男の写真だった。
神凪は知っている。彼の正体を。
「かっこいいなぁ天宮くん」
『太陽と海もそう言っていましたね』
「つきつきは、そう思わない?」
『ノーコメントで』
「ずるいんだぁ!」
『ずるくありません』
「ほんとーのこと言いなさい!」
『いやです』
「ウサギはぜつりんだからせーよくは強いはず!」
『この際私が絶倫どうこうは構いませんけど、神凪にそれを教えた人は誰でしょうか。少しお仕置きが必要では』
「べんきょーした!」
『無駄な勉強でしたね』
「ぶーぶー!」
神凪は頬を膨らませて唇を尖らせながら、写真に視線を落とす。
天宮葵。一葵。
神凪と同じ万象と話せる選ばれた者。
友達と呼べる存在が少ない神凪にとって、天宮葵は無視できない存在なのだ。
友達になりたい。もっと知りたい。
「つきつきに教えてもらったセリフ、ほんとーに天宮くんと会えるセリフ?」
『ええ、恐らく。トップアイドルともあろう者が、ライバルの出現を無視するはずがない。必ずまた会えますよ』
「すごいんだね、とっぷあいどる」
『ええ、彼は第二太陽としての素質があるほどの輝きを持っています。これは宇宙創生以来、初の事例ですから』
「むずかしくてよくわかんない」
『気にしなくて良いことです。たとえそうだとしても、私が神凪の味方ーー友であることに変わりはないのですから』
「そっか!えへへ〜」
『では今日は家に帰りましょう。夜は危ないですからね』
「はーい!」
神凪は滑り台を用途に従って滑り、自分の住む家ーー篠崎病院の近くにあるマンションの一室に帰ってきた。
「ただいまー!」
「あ、おかえりカンナ。体調悪くなったりしなかった?」
「うん!大丈夫だったよーー彩奈お姉ちゃん!」
神凪ーー本名を、篠崎神凪。彼女は両親が経営する篠崎病院で入退院を繰り返す病弱の少女。ゆえに友達が少ない。
そして神凪の姉であり友でもある少女の名はーー
ーー篠崎彩奈という少女である。
 




